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 呪いを治療できるのはあたしだけ? ~忌み嫌われた災厄の黒魔女ですが、世界初の呪い治療専門の聖女になります~  作者: 鏑木カヅキ


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24話 呪いの正体

「の、呪いを治療できたですって!?」

「いいえ、いいえ、そんなことできるはずがありません!」

「落ちこぼれの無能魔女ですよ!?」

 

 施設の外で三人組が驚愕の表情を浮かべている。

 その周りでは他の聖女見習いたちも同じような顔をしていた。


「う、嘘でしょう? 本当に治したの?」

「シスタークレアでさえ診断もできなかった呪いを?」

「な、なぜテレジアさんが治療できたの?」


 テレジアやシスタークレア、ユリウスとベロニカ、そして患者の少女とその父親は、すでに施設の外に出てきていた。

 シスタークレアが簡単に何があったかの説明をするとにわかに騒がしくなったのだ。

 聖女見習いたちはもちろんのこと、聖騎士見習いたちにも動揺が広がる。


「呪いは治療が非常に困難なんだろう?」

「ああ、聖女様の中でも極一部の方しか治療できないとか」

「それをあの方が……?」


 聖騎士見習いたちの視線が一斉にテレジアへと注がれる。

 テレジアは視線から逃れるように顔をそむけた。


「ありがたやありがたや。聖女様たちのおかげで村は助かりました」

「おお、なんという奇跡。これも女神シア様のお導きですな!」


 村中の人間が集まり、テレジアに向けて祈りを捧げ始める。

 思わずぎょっとしてしまうテレジアだが、先程まで呪われていた患者の少女やその父親まで、テレジアに祈り始めた。


「ありがとうございます、聖女様!」


 村人たちが祈りを続ける中、テレジアの足は震えていた。

 こんな大勢の人間に注目されることは初めてだったからだ。

 黒魔女時代は全員が視線を落として、目を合わせないようにしていたのに。

 今はみんなテレジアの姿や目を見つめ、感激しながら祈りを続けている。


(な、なに!? なんなのこれ!? どうしたらいいの!?)


 テレジアは困惑した。

 どうしたらいいかわからなかった。

 とにかくこの状況から逃れたい一心で、シスタークレアに助けを求めるように視線を向ける。

 なぜかシスタークレアは柔和な笑みを浮かべているだけだった。

 まるで、よかったわね、テレジアさん、と言っているかのように。

 よくはない!

 ならばとベロニカを見ると、なぜか目を細め、少し寂しそうな笑みを浮かべていた。

 まるで、あなたを認めますわ、と言っているかのようだった。

 今はそんな状況ではない、助けてほしい!

 テレジアは助け船はどこにも存在しないことに気づいた。

 自分でどうにかするしかない。

 と、思わず閃き、俯いたまま口火を切った。


「……まだ終わっていません。呪いの原因を調べなければなりませんので」


 少女の呪いは完全に浄化し、治療済みだ。

 しかしなぜ呪われたのかは調べなければならない。

 心酔していた様子の村人たちがはたと我に返ると、祈りを止めた。

 テレジアは胸中でほっと胸をなでおろした。

 そして少女と父親に話しかける。


「ま、まずはご自宅へ案内していただけますか?」

「は、はい。こちらです」


 先行く父親の後を追うテレジア。

 テレジアに崇敬の視線を向け続ける村人たち。

 気まずさを感じつつもテレジアは足早にその場を後にするのだった。


   ●◇●◇●◇


 少女の家は一般的な家と同じだった。

 木造建築の一軒家。

 二階建てでそれほど広くないが最低限の設備は整っているようだった。

 玄関を入るとすぐに四人掛けのテーブルと椅子があり、その横に台所があった。

 奥に二階への階段と小さな居間があり、ソファと暖炉がある。

 家の中には少女と父親とテレジア、他にはシスタークレアとベロニカ、ユリウスがいる。

 施設内にいた面子だ。

 テレジアは辺りを見回す。

 呪いのような特殊な気配を探るのは非常に困難だ。

 少女にかかっていた呪いでさえ、触れてようやく気付けるほど。

 それは黒魔術の天才であるテレジアでも、感知するのは困難であるということだ。

 だから呪いの根源を感じ取るのは難しい。


「あの、呪いの原因について何か心当たりはありませんか? 例えば、誰かに恨まれているとか、不審な人物がいたとか、何か罰当たりなことをしたとか。簡易的かつ弱い呪いだったので、恐らく直近の……一か月以内に起こっていると思うのですが」

「い、いえ。私たち親子はこの村から出たことはありませんし、村人全員が顔見知りで、比較的仲がいいですから。それに村人の中で呪いをかけられる人間はいないと思います。全員、村から出たことがないですし」


 ふむ、とテレジアは思考する。

 父親の話を鵜呑みにするのは危険だ。

 後ろ暗いことを簡単に他人に話す人間は少ない。

 なぜか過去の過ちを自慢げに話す愚かな人間もいるが、そのような無知蒙昧な人間ばかりではない。

 教会関係者相手となれば余計に慎重になるだろう。


(でも嘘をついているようには見えないんだよね……あたしの勘だけど)


 父親はテレジアに恐縮している様子だった。

 彼の顔には謀ろうという感情は微塵も見えない。

 それに呪いの治療をしている時、少女の傍にいた彼の姿を見ている。

 あれほど娘を心配していた人間が、完璧な嘘の演技ができるとは思えなかった。

 嘘や演技については多少、経験がある。

 絶対ではないが、父親に身に覚えはなさそうだ。

 テレジアは少女に視線を移した。

 彼女は目を見開きながら、首を横に振る。


「わ、わたしも同じです。そもそも、村の人以外と接したことはほとんどないです。精々がたまにいらっしゃる商人さんや、教会関係者の方々くらいで。誰かに恨まれるなんてことはしていないと思います」


 呪われる人間は誰かから恨みを買っている可能性が高い。

 だがそうでない場合も、もちろんある。

 この親子が誰かから恨みを買うようには見えなかった。

 少なくとも、今の段階では。

 シスタークレアはおずおずとテレジアに声をかけた。


「……テレジアさん、無知で申し訳ないのですが、教えていただけますか? どうやって呪いの原因を探すのでしょう?」

「基本的には呪われた方から経緯を聞くか、呪いの形状や濃さから原因を特定する流れになります。呪いというのは実は案外面倒なもので、大抵はそれぞれに条件がありますし、呪いの効果や形式は、その条件の難易度によって強弱が決まるとされています。先ほどの呪いはそれほど効果が強くなかったので、恐らく術者は大した黒魔女ではないでしょうし、呪物であればそこまで呪いが強いものでもないと考えられますね」

「あ、あれが大したことがないのですか」


 シスタークレアは明らかに動揺していた。

 呪われた対象が時間経過で死に至り、その周りにいる人間に感染する。

 これだけ聞けばよほど強い呪いなのかと想像するのが普通だ。

 それが大したことがないと聞けば、驚くのも無理はない。

 その場にいたテレジア以外の人間は誰もが驚き、怯え、そして狼狽した。

 しかしそんな反応に気づいた様子もなく、テレジアは言葉を繋げる。


「呪いをかける主な方法は三つあります。一つ目は黒魔女が呪いをかける方法。二つ目は呪物と言われるいわく付きの物を所持し、条件を満たして呪いをかける方法。三つ目は呪物を特定の方法で対象に使わせる方法です。まあ、特殊な方法もありますが、ここでは割愛して……一つ目や二つ目である場合は、痕跡を見つけるのは簡単ではないので後回しにしようと思います。まずは三つ目の呪物が自宅にないかなと思いまして。そちらには何か心当たりはありませんか?」


 父親と少女は困ったように顔を見合わせる。

 心当たりはなさそうだった。


「呪物という名称ですが、実際はそれっぽくないものが多いです。本や石、家具や絵、あと多いのは……装飾品ですね」

「装飾品でしたら部屋にありますけど……こちらです」


 二階に上る少女に続き、テレジアたちも二階へ。

 廊下には二つ部屋があり、奥の方の部屋へと入った。

 簡素なベッドとクローゼット、机と小さな姿見があるだけで飾り気は薄い。

 少女は姿見の前にあった小箱から一つの首飾りを取り出す。

 小さな赤い宝石が施されていた。

 ベロニカがそれをまじまじと見つめる。


「綺麗な首飾りですわね。紅玉ルビーかしら?」

「みたいです。かなり安価で売られていて、思わず買っちゃいました」

「まあ、それは幸運でしたね」


 光を反射しキラキラと光っている首飾り。

 テレジアは宝石を前に談笑をしている二人の間に割って入った。

 そして。

 強引に首飾りを奪い取った。


「テレジアさん!?」

「な!? な、何をなさるのですか!? 返してください!」


 少女には目もくれず、テレジアは手元の首飾りを凝視した。

 そして緩慢に顔を上げると言い放つ。


「これが呪物です」


 驚きに声を失う面々。

 テレジアを除く全員が一斉に首飾りを見つめる。

 ただの綺麗な首飾りにしか見えない。


「そ、それが呪物? ですがたまたま商人さんから購入しただけのものですよ? それが呪物だなんて。こんなに綺麗な紅玉ルビーなのに」

「これは紅玉ルビーではありません」


 テレジアは全員を見渡す。


「これは血石ブラッドストーン。血を固めたものです」

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