22話 三人の思い
テレジアの手元を凝視しながら、ベロニカは複雑な感情を抱いていた。
(なぜテレジアさんが、こんな技術を持っているの……?)
恐ろしいほどの繊細な動き。
これほど精緻な白魔術は初めて見た。
今まで様々な聖女を見たことがある。
その中には高名な聖女もいた。
彼女たちは圧倒的な白魔力量で怪我や病気を治してしまった。
だが、その聖女たちとテレジアは違う。
通常、白魔術は白魔力の量によって治療力に差が出る。
怪我はもちろんのこと、病気も全身に行き渡る病生物を白魔力を用いて消滅させるために、膨大な白魔力が必要になるためだ。
診断により、怪我であれば基本的には患部を、病気であれば全身を巡る病生物を見つけ、適した白魔力を流すことで治療する。
もちろんこれらにも専門的な知識や技術が必要である。
だが呪いに比べると、必要な精密さは大したことはない。
呪いの治療が難しい理由は診断と呪いの特定の難しさ、治療方法の知識が必要であること、何よりも治療には繊細な白魔力操作が必要であるからだ。
呪いの大きさに合わせて白魔力量を調整し、それを維持し続ける集中力。
極小の白魔力を正確に動かし、呪いそのものを順番通りに浄化させる操作力。
そして何よりも問題なのが、呪いを視認するには特別な才能が必要だということ。
非常に特異な能力で、聖女の中でその力を有する人間はほとんど存在しない。
そしてベロニカには呪いの姿はまったく見えていなかった。
ベロニカは歯噛みし、悔しさに耐える。
自分の不甲斐なさとそして自分の愚かさに。
テレジアを見下していた。
才能がないと決めつけ、聖女になるのを諦めろと言ってしまった。
テレジアはあの人とは違うのに、勝手に重ねてしまった。
ベロニカは自分の驕りに苛立ち、そしてその感情をすぐに飲み込んだ。
今はそんなことをしている場合ではない。
(テレジアさんの姿を目に焼き付ける……見えなくても、いつか呪いと対峙した時に少しで立ち向かえるように……!)
●◇●◇●◇
シスタークレアはテレジアの横顔を一瞥する。
いつも真剣で真面目な少女。
けれど今はいつもと少し違う。
とても遠い存在に思えてしまうほどに大人びた顔だった。
彼女の手元は僅かな震えもなく、精緻な動きをしている。
恐ろしいほどの集中力と正確さ。
元々その才能は片鱗を見せていた。
白魔力の修練時に集中していたこと。
治療の時に患者を治療した際に、綺麗に怪我が治されていたこと。
けれどそれが呪いの治療につながるとは思いもしなかった。
しかしシスタークレアは素直に喜べなかった。
(……まさか彼女に呪いが見えてしまうなんて。多くの聖女が歩む道ではなく……茨の道を行くことになるとは)
呪いが見えるということがどういうことなのか、シスタークレアにはわかっていた。
テレジアは白魔力が少ないため、聖女になれる可能性は非常に低かった。
だが呪いが見えるとなれば、しかもそれが治療できるとなれば、その上、呪いの知識があるとなれば、もう誰も抗えないのかもしれない。
聖女の中でも呪いを治療できる人間は僅か。
しかしそれは呪いが見えるということではない。
常識を超える白魔力量で強引に呪いを浄化するに過ぎず、完璧に治療できるわけではないのだ。
それは……すべての聖女に対して言える。
そう、あの大聖女ベアトリスでさえ。
けれどまだわからない。
なぜなら治療はまだ継続中だからだ。
(テレジアさん……頑張って)
この場にいる全員の未来はテレジアの肩にかかっていた。
●◇●◇●◇
ユリウスは困惑しながら状況を見守っていた。
これは一体どういう状況なのかと、戸惑わずにはいられなかった。
あの災厄の黒魔女が、呪いを治療しようとしている。
聖女としての才能はなかったと思っていたが、それは違っていたのだろうか。
いや、黒魔女である彼女であるからこそ、黒魔術の呪いを解く方法を知っていたのだ。
だとしたらこの展開をテレジアは予想していた?
もしかしたら、劇的な展開で聖女としての立場を確立し、教会中枢に入り込もうとしているのか?
ユリウスはこの三か月のテレジアの姿を思い出す。
あれほど必死に白魔術と向き合い、日々の奉仕活動を行っていた日々。
ユリウスは隠れてテレジアの様子を探っていた。
そして結論を出す。
恐らく、いやほぼ間違いなく、テレジアという人物は噂のような人物ではない。
真面目で、おっちょこちょいな人物。
友人を作りたいのか、同期に話しかけようとするも勇気が出なくて諦める様子を何度も見てきた。
必死で患者を治療し、上手くいかず落ち込んでいる姿を見ては、なぜかこちらがやきもきした。
周りから馬鹿にされ続けても無視していたが、最近はやり返す姿を見て、そうだ頑張れと思わず応援してしまっていた。
そんな彼女が、謀略など巡らせるはずがない。
国や教会を支配し、国民を虐げるような人には決して見えなかった。
ただ不器用で一生懸命な少女にしか見えなかったのだ。
(だとしたらこれは……彼女が積み重ねてきたものが形になっただけ。彼女の努力が実を結んだということだ)
ユリウスはテレジアを見つめる。
真剣に患者と向き合う姿勢は、ユリウスの知っている災厄の黒魔女とは違っていた。
そこにいたのはただ一人の聖女だ。
ならば彼女の聖騎士となる自分は傍にいなければならない。
例え、この命を落とすことになっても。
そこまで考えてユリウスは疑念を抱いてしまう。
その考えはバファリス王国の騎士としてのものなのか、それともユリウス個人の感情なのか。
一瞬、鎌首をもたげた邪念をユリウスは振り払う。
どちらにしても、テレジアを放ってはおけない。
彼女の姿を最後まで見届けなければならないのだから。




