2話 呪いの権化
長きに渡るバファリス王国を巡る侵略戦争は終わりを告げた。
黒魔女テレジアの功績により、複数の侵略国家は幾たびの侵攻を阻まれ、甚大な被害を受けたのだ。
国土、軍事力、経済力あらゆる要素で圧倒的に勝る敵国がバファリス王国を侵略しようとした当初の理由は、大陸中央に位置していたからだったが、その理由は途中から変わった。
黒魔女テレジアの存在があったからである。
彼女が存在するバファリス王国を放置し、他国に攻め入れば背後から奇襲を受ける可能性がある上に、自国が手薄になることで侵略の可能性があがる。
黒魔女テレジアが一人で攻め入るだけで国一つが奪われる、あるいは滅ぶ可能性があった。
ゆえにどこの国もバファリス王国をまず支配し、黒魔女テレジアを手に入れる、あるいは処理してから他国の侵略を開始しようとした。
近隣諸国は黒魔女テレジアをあなどっていたのだ。
結果、バファリス王国は無傷のまま健在している。
ここはバファリス王国王都。中央大通り。
普段は露店がずらりと並び、活気に溢れている場所だった。
英雄の凱旋。
王都へ攻め入らんとやってきたルーロンド帝国七万の兵たちを退けた黒魔女テレジアと五千の兵たちの帰還である。
戦争後だというのに、兵士たちは身綺麗なままで疲弊も大してしていない。
遠征の疲れしかたまっておらず、健康そのものだった。
彼らは徒歩、あるいは馬にまたがり大通りを闊歩している。
戦勝の帰途であるにも関わらずなぜか表情は硬い。
おかしいのはそれだけではなかった。
自国の兵士たちが勝利し、帰還したとなれば国民は盛大に喜び、感謝し、声を上げるものだ。
だが、中央大通りはしんと静まり返っていた。
数万に及ぶ国民たちが大通り際に並んでいるにも関わらず、ほぼ全員が黙して、頭を下げていたのだ。
異常な光景。
まるで葬送の儀を執り行っているかのように、閑寂な空間。
国民たちは全員地面を見続け、僅かに震えていた。
誰かが言った。
「ひ、一人で七万の兵を殺したんだろ?」
「ありえねぇだろ……化け物以外のなにもんでもねぇ」
「味方じゃなかったらと思うとぞっとするぜ。あの黒い馬車に乗ってるんだろ?」
「バ、バカ! 見るんじゃねぇ! 目が合うと呪われるぞ!」
若い男たちの声が群集の中から聞こえる。
その中の一人の若い男が僅かに頭を上げ、ちらっと正面を見ていた。
そこにあったのは黒に染められた豪奢な馬車だった。
貴族が乗るような屋根と扉付きの高級馬車でありながら漆黒に染まっており、窓からは中がうっすらと見える。
そこには黒い何かが馬車の振動にあわせてゆらゆらと揺れていた。
まるでこの世に存在しない何かがそこにいるようで、若者は身震いしながら再び頭を下げた。
「こ、この世のものじゃねぇ」
「なんだ、あの重い空気は……本当に人間が乗ってんのか?」
「や、やっぱり噂通り、魔物か幽霊……いや、死人なんじゃあ」
恐怖のせいか上擦った声を出してしまう若者。
その声は静まり返った大通りではよく響いた。
声は辺り一帯に広がり、その場にいた全員に怖気が走る。
だが、馬車の車輪の音と馬や兵士の闊歩する音が響き渡るだけで何も起きなかった。
全員が呪い殺されるかと考えたはずだ。
「よ、余計なことを言うな。殺されるぞ!」
「わ、悪ぃ……」
それ以降、若者たちが話すことはなくなった。
静寂な光景の中、ひたすらに漆黒の馬車は進んでいく。
その先には簡素な城が聳え立っていた。