17話 これが理由
教会出立から十日が経過。
ようやくついた最初の村に入ると、テレジアたちは馬車を下りた。
閑散としている。
家の数は二十ほど。
それが家三個分ほど離れて点在しており、間には広大な畑が並んでいた。
「よ、ようこうそおいでくださった、教会の方々」
慇懃に頭を下げたのは老夫婦二人だった。
恐らくこの村の村長夫婦だろう。
シスタークレアは両手を胸の前で握り、目を閉じてやや頭を下げる。
教官は胸の前に右手を添えて、同様に頭を下げた。
「慰問に参りました。私はシスタークレアと申します。本日はよろしくお願いいたします。こちらは聖騎士見習いの教官を務めます、レイモンドと申します」
「よろしくお願いいたします」
レイモンドと呼ばれた教官は柔和な笑みを浮かべる。
「聖女の見習いが多いですが、私は正式な聖女として奉仕活動をした経験がありますので、ご安心ください。それでは聖女見習いの方々。治療と診断にあたりましょう。やり方はあなたたちに任せます。決して村の皆様に失礼のないように。でははじめ」
シスタークレアの言葉を受けるも、聖女見習いたちは動き出さない。
まさか全部任せられるとは思ってもみなかったのだ。
教会での治療と同じように、すでに村人が集められ、ただそれを治療すると勘違いしていた聖女見習いは多かった。
それはテレジアも同じだった。
そんな中、一人だけ素早く動き出したのはベロニカだった。
即座に村長らしき男性へと話しかける。
「患者様たちはどこかに集まっておられますか? それとも家に?」
「そ、それぞれ家におります」
聞くとすぐに移動を始めるベロニカ。
彼女の行く先は近場の家だった。
その瞬間、聖女見習いたちが一斉に動き出す。
家は畑を介在して点在しており、一軒一軒の間隔が広い。
その上、見える範囲の家は二十ほど。
そして聖女見習いの数は約二十。
つまり一人で訪問できる家は限られているということだ。
それにテレジアも気づいたが、みんなから後れを取ってしまう。
ベロニカ以外は即座に気づけなかっただろうが、ベロニカが動いたことで反射的に移動を始めたのだろう。
考えて行動するタイプのテレジアにとっては痛手だった。
全員が走って移動しているが、テレジアは最後尾だ。
「すみません、教会の者です!」
「こちら、ご在宅ですか?」
同期たちが次々に家を訪問する中、テレジアはまったく追いつけなかった。
なんせテレジアはおっちょこちょいな上に、運動神経が皆無なのだ。
何かにつけて黒魔術を使ってきた手前、身体を動かすことははっきり言って苦手である。
影の中に入って高速移動なんてこともできてしまう。
しかし、ここで黒魔術を使って移動なんてしたら黒魔女だとバレてしまうだろう。
走るしかない。
他の聖女見習いたちはどんどん先へ行ってしまい、近場の家を次々訪問していく。
(ぜえはあ! ま、まずいまずい! これじゃ、治療なんてできるわけがないよ!)
シスタークレアが言っていた。
審査は厳しい内容になるという言葉。
その意味が分かった気がする。
僻地にある村では人口が少ない場合が多い。
必然的に治療にあたれる聖女見習いの数は限定される。
その上、治療速度や治療効果が低い場合は、一人の患者にかかる時間が多くなる。
必然的に治療できる患者の人数は減ってしまう。
しかも田舎の村は畑があったり、家は点在していたりする。
移動距離がある分、走らなければならないわけで。
運動神経が鈍いテレジアにとってはこれ以上ないほどに不利な条件だ。
それをシスタークレアは見抜いていたらしい。
テレジアはよろよろとしながら走る。
前方の同期たちとは距離がぐんぐん離れていく。
そんな中、後ろから誰かが一気に追い抜いて行った。
それは聖騎士見習いたちだった。
彼らは聖女の護衛が任務。
バラバラになった聖女たちのもとへと馳せ参じるべく走り出したのだろう。
その速さたるや、まるで駿馬のようだった。
彼らに比べればテレジアは歩いているのかと錯覚するくらいに遅い。
(お、お腹痛い……喉の奥がごろごろする……あ、足の感覚がもうない!)
テレジアは必死に走った。
走り続けた。
しかし結局、一人の患者も診ることなく、その日は終了した。