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16話 聖女昇華審査

 聖女昇華審査日の早朝。

 修道院前にはシスタークレアと聖女見習い約二十名。そして聖騎士の教官らしき強面の中年男性と聖騎士見習い約二十名が集まっていた。

 テレジアの目の前には簡素な荷馬車が四つ並んでいる。

 修道院に来た時の馬車よりもかなり老朽化が進んでいる様子だった。

 座り心地は最悪だろう。

 

「ねえ、あちらが聖騎士見習いの方々かしら?」

「ええ、ええ、そうみたいですね。まあ、なんと男らしい」

「あちらの方なんてどこかの国の王子様みたいですね!」


 三人組がきゃっきゃと騒ぎながら、聖騎士見習いたちが並んでいる姿を見ている。

 全員ががっちりとした体格であり、精悍な顔つきをしている。

 腰には安物っぽい剣とやや大きめの鞄が備え付けられている。

 全員が聖女見習いと似たような白い簡素な服を着ていた。

 その中でかなり目立っていたのはユリウスだ。

 容姿は整っているし、姿勢も正しい。

 長身で、体格もよく、貴族と言われても違和感がないほどだった。

 そのユリウスがこちらを見た。


「きゃあ! あの殿方、私を見ているわ!」

「いいえ、いいえ、私の方を見ているのかと!」

「お二方とも勘違いなさっているわね。私を見ているに決まっています!」


 ユリウスの視線は三人組の斜め後ろにいるテレジアに向けられていた。

 真剣な顔つきでありながら、どこか懐疑的な視線。

 テレジアはじっと見られることに気づき、そわそわとした後、緩慢に目を逸らした。


(あ、あたし何かしたかな? な、なんだか怖いんだけど……)


 人の視線を真っ向から受け止めた経験が薄いテレジアにとって、ユリウスの目は怯えの対象だった。

 そんなテレジアの元にベロニカが近づいてくる。

 彼女はちらっとテレジアを一瞥すると、何か言いたげな顔をしていたが、結局何も言わずに立ち去ってしまった。

 テレジアが小首をかしげる中、シスタークレアの声が響き渡る。


「そこ! 気を抜かない! もう審査は始まっていますよ!」


 叱られたのは三人組だが、近くにいたテレジアも叱られた気分になってしまう。

 三人組とテレジアはあわあわとしながら、姿勢を正した。


「それでは今から出立します。全員、気を引き締めなさい!」

「我々も同行する! 聖女見習いの方々を全身全霊でお守りしろ! 傷一つつけることは許さんぞ!」


 シスタークレアに続き、聖騎士見習いの教官が叫んだ。

 怒号とも言える声に一部の聖女見習いたちが僅かに怯えてしまう。

 それに気づいた教官は、少しだけ困惑するも咳払いをすると。


「……落ち着いて行動するように」


 声量をかなり抑えて、補足した。

 聖騎士見習いたちは返答するのではく、敬礼で返す。

 見習いと言えど、すでに訓練はかなり進んでいるらしく、見事に揃った敬礼だった。

 頼りがいがあると感じた聖女見習いも多いようで、聖騎士見習いたちを見ながら思わず感心していた。

 逆にテレジアは自分のことで精一杯だった。

 今日ですべてが決まる。

 頑張らないと!

 気負い過ぎて目がぐるぐると回っているのだが、当の本人は気づいていなかった。


   ●◇●◇●◇


 聖女昇華審査における慰問とは。

 簡単に言えば、教会に来られない人々の下へ聖女たちが赴くことである。

 教会自治区はもちろんのこと、各都市や街に教会支部や修道院は点在している。

 だが聖女の数が圧倒的に足りておらず、教会がない場所も少なくない。

 特に都市部から離れた田舎、僻地の村々には存在しておらず、病気や怪我を負った場合は自分たちで対処することが多い。

 教会まで行くには距離があるし時間がかかるため、そうなりがちだ。

 そのため教会では慰問と称して、定期的に聖女たちを派遣し、治療に当たらせているのだ。

 聖女の中には自ら慰問を行い、世界中を聖騎士と共に旅をしている者もいるらしい。

 慰問は聖女として大事なお役目であることは間違いない。

 

 教会から馬車に乗って一週間ほど。

 途中、昼食と夕食、就寝、朝食以外はほぼ休みなしで移動を続けたため、全員の体が悲鳴を上げていた。

 しかしテレジアや聖女見習いたちより、聖騎士見習いたちの方が圧倒的に負担が大きい。

 なんせ食事時の周りへの警戒や哨戒、そして就寝時には交代で見張りをしていた。

 僻地の村への道中は宿泊する施設も村もなく、必然的に野営をすることになるので警戒が必要になるのだ。

 しかし聖騎士見習いたちは疲れを顔に出さず、常に真顔だった。

 彼らも審査中だから、余計に気を張っているのだろう。

 そのおかげか聖女見習いたちは道中を安心して過ごすことができていた。

 その弊害か、気が抜けてしまう者も出てしまう。


「さすがに暇ですね」

「移動するだけですからね」

「揺れがひどくてお尻も痛いし」

「ほんと……風景もずーっと岩か木ばかりで飽きちゃいましたね」

「これも聖女の審査に必要なのかしら。慰問は聖女のお役目だとは言うけれど、こんなに大変だとは」

「……こんなのを毎回しなければならないなんて、はあ」


 そんなことをこそこそと話す聖女見習いたちもいた。

 しかしテレジアは会話に参加せず、というか参加する勇気なんてなく、黙して視線を床に落とし続ける。

 馬車に長期間揺られて移動するなんて、黒魔女時代にも数え切れないほどあった。

 テレジアにとっては慣れたことだが、聖女見習いたちにとってはそうではないようだ。

 馬車に乗っている十人中半分は手持無沙汰できょろきょろしたり、隣の人と話したりしている。

 もちろん、移動中に会話をしてはいけないとは言われていない。

 周りに患者も信者もいないのだから、多少は気を抜いても仕方がないだろう。

 テレジアの乗る馬車の御者台にはシスタークレアが乗っている。

 彼女の隣には御者が座り、馬車を操っていた。

 車輪の音はけたたましく、会話は聞こえていないだろう。

 聖女見習いたちもそう思ったのかギリギリ聞こえない声量で会話を続けていた。

 次第に会話をする人数が増えていく。

 話していないのはテレジアと、その隣にいるベロニカだけだった。

 

(みんな話してるけど……ベロニカさんに話しかけてもいいのかな? 仲良くなれるかも)


 なんて淡い期待が浮かぶも、すぐに諦めた。

 ベロニカは真っすぐ前を見て、微動だにしない。

 馬車内部は左右の壁にベンチが二つ並んでいるだけ。

 ベロニカの正面には壁しかないのだが、彼女は一点を見つめたまま動かない。

 彼女の周りには越えられない厚く高い壁があるように見えた。

 そんなベロニカに話しかける勇気がテレジアにあるはずもなく。

 結局、テレジアとベロニカ以外が常に会話をし続けることになる。

 それはこの慰問中、ずっと続いた。

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