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15話 呪視


「――怪我の治療に関しては、表面的な傷であれば白魔力を接触させるだけでよいですが、内部の傷に関しては診断が必要です。その原因が病気や呪いであれば、白魔力を触れさせることで悪化することもある。そのため、正確な診断が必要なわけです。いいですか? 素人判断で勝手に白魔力を接触させてはいけません。まずは診断を行いなさい。『診断魔力』による患部の診断と、そして知識による特定が重要です」


 修練場でシスターが教科書片手に授業をしている。

 席に座った聖女見習いたちは真剣な様子で羊皮紙にペンを走らせていた。

 しかし内容が難しいため、聞き流している聖女見習いも多い。

 テレジアとベロニカは真剣に聞いているが、三人組や他数人は眠そうに瞼を擦っている。


「病気の場合はまず、症状からどういう病気かの診断をし、白魔力を用いて問題のある状態を正しく戻すようにします。主に病気は身体構造的問題と目に見えない生物……病生物びょうせいぶつと呼ばれる存在によって起こされるもので、前者の場合は正しく治療することで健康状態になり、自然に治る場合もありますが、後者の場合は病生物を除去することが必要です。そのためにはまず、どのような病生物かを見極め、適した処置を行う必要があります。処置方法は白魔力の変異性を用いて、病生物のみを除去するという方法がありますが、このやり方は聖女によって違い、また怪我の治療に比べ圧倒的に難しいことから、専門の聖女がいるほどで」


 くわあ、とあくびをしてしまう三人組の内のぽっちゃり聖女見習い。

 その所作に気づいたシスタークレアはくわっと目を見開いた。


「そこのあなた、授業は退屈ですか?」


 シスタークレアの鋭い言葉に、ぼっちゃり聖女見習いは思わず席を立ちあがった。


「い、いえ! そ、そんなことは」

「退屈しのぎに質問しましょう。聖女の治療項目は主に三つあります。一つは怪我、一つは病気、そして残り一つはなんでしょうか?」

「え、ええと、ええと……あ! 呪いです!」

「正解です」


 ぼっちゃりは、自分の答えが間違っていないことにほっと胸をなでおろした。

 緩慢に席へと座り、落ち着かない様子できょろきょろと周りを見渡している。

 どうやら目は覚めたようだ。


「病気は他者に感染することがある。特に疫病は危険です。感染速度と範囲は圧倒的で、経路も予測が難しく、治療は困難。病気で亡くなった聖女も少なくはありません。聖女と言えど、病気への対策を正しく行っていなければ、自身も病に侵されるのです。そしてそんな病気よりもさらに危険なのが『呪い』です。ではベロニカさん、なぜそう言われているのでしょうか?」


 指されたベロニカが席を立った。

 立ち上がる姿も無駄が一つもなく美しい。


「はい。呪いは千差万別で種類を特定するのが困難な上に、治療方法は無数にある。まず、呪いだと診断することさえ難しいとされています。大抵は病気や怪我と誤診されてしまう。もしも正しく診断できても、呪いを解くには膨大な知識と精緻な技術が必要です。聖女の大半はそれを持ち合わせていないと聞いたことがあります」

「その通り。もちろん病気も無数にあり、その診断も治療も難しい。ですが呪いは、そもそも治療できる聖女が限られています。呪いへの知識だけでなく、診断する鋭い観察力、そして治療するための繊細な白魔力の操作、そして何より……呪いの原因は人であることがほとんどであること。呪いそのものの危険性や治療の困難さもさることながら、呪いを受けている患者の環境も考慮しなければならない。そういった時のためにも聖騎士が存在します。呪いは……悪意そのものですからね」


 ごくりと誰かが喉を鳴らした。

 聖女見習いたちが行っているのは怪我の治療だけ。

 それも目に見えて怪我だとわかるものだけだ。

 例えば切り傷、裂傷、打撲、骨折程度の表層的な怪我を対象にしている。

 お腹が痛む、頭痛がする、関節が痛むなど、目に見えない場合は治療できない。


 例えば、怪我だと勘違いしてただ放出した白魔力を接触させると、肉体は勝手に正しく元に戻ろうとする。戻る力が働いているだけで、仮に血管が破裂しそうな時に正しく元に戻ろうとすると、強引に血管だけが治療され、血の流れは阻害されてしまい別の箇所に負荷がかかり、余計に危険な状態になったりもするのだ。

 

「眠い人もいるようですので、簡単にまとめます。一つ。怪我以外は正確な診断を行うこと。二つ。できない場合は無理に治療しないこと。三つ。病気は危険で、呪いはさらに危険であること。呪いに遭遇することはあまりないですが、もしも遭遇したら気をつけなさい。それはあなたの手には負えません。どの呪いも完全に治療できるのは……それこそ大聖女ベアトリス様くらいでしょう」


 先ほどまで漂っていた生ぬるい空気は存在しない。

 聖女見習いたちは全員、真剣な様子でシスタークレアの言葉を聞いていた。

 そして。


「さて、今日の授業はこれくらいにしておきましょうか。それと最後にみなさんへ連絡があります。明日、聖女昇華審査を行うことが決定しました」


 突然の連絡に聖女見習い全員がざわつく。

 しかしテレジアとベロニカだけは動揺が薄かった。

 テレジアは知っていたからだが、ベロニカは常に覚悟していたのだろうか。


「早朝に修道院を出立。馬車に乗車し、僻地の村々を慰問します。各地の怪我人、病人などを治療し、聖女として正しい振る舞いをすることが審査対象となります。具体的な審査方法や評価の内容に関しては周知しません。また、当日は聖騎士見習いたちも同時に審査を行うため、同行する予定です。何か質問は?」


 同期の一人がおずおずと手を上げる。


「私たちの大半は怪我の治療しかできません。診断や病気の治療はどうすれば?」

「診断は私が行います。あなたたちはその補助と患者たちの世話をしてもらいます。聖女に正式採用されてから、怪我以外の治療を学んでいく形です。もちろん、診断や病気の治療ができるというのであれば、助力をお願いしますが」


 本来、見習い時期に聖女の知識や技術を学ぶべきだが、いかんせん聖女の数が足りていない。

 そのため実地訓練が聖女として基本的な流れとなっている。

 ただ大半の聖女や聖女見習いは自主的に勉強しているものだ。

 シスタークレアはそういった部分も見られる、と暗に言っているわけである。

 病気の治療ができる聖女見習いは審査で有利になるのだろう。


「……他に質問はないようですね。では明日に備えて今日はここまでとします。午後は自由時間としますので、家族や友人に手紙を書いておくといいでしょう。実地訓練は慰安地区での治療とはまったく違います。心しておくように」


 シスタークレアは言うだけ言うと修練場を後にした。

 残された聖女見習いたちは、堰を切ったように騒がしくなる。


「あ、明日審査なんて。急すぎるわよ!」

「でも、半年に一回くらいに審査がくることは知っていたし……」

「審査は危険だって聞いたんだけど。本当? 以前受けた人、誰かいる?」

「ダメダメ。審査内容を話したらもう聖女になれないらしいよ。もしも情報が広まってたら、前回審査受けた人、全員が連帯責任で減点だって」


 ざわめく室内で、一人冷静な様子のベロニカ。

 テレジアはベロニカの様子が気になり、ちらちらと見ていた。

 するとベロニカが立ち上がり、テレジアのすぐそばまでやってきた。


「あなた、まだ続けるおつもり? 聖女昇華審査は実地の審査。聖女たちが実際に行っている慰問と同じ。危険なことも少なくない。あなたも知っているでしょう? 旅の道中での事故や山賊の襲撃、何より治療で聖女自身が被害を受けることもあるのです。あなたのような実力のない方だとより危険になるはず。今回の審査は辞退された方がいいのではなくて?」


 神妙な顔つきのベロニカ。

 嫌味や皮肉というより忠告といった雰囲気。

 それでいてテレジアとは違う、何か別のものを見ているような所作も見せた。

 テレジア自身もベロニカの違和感に気づいていた。

 彼女はテレジア以外の同期に辞退を勧めてはいない。

 何か理由がありそうだった。

 だが、テレジアにはテレジアの理由がある。

 テレジアはベロニカの険しい顔つきをじっと見つめ。

 そして首を横に振った。


「……辞退はしません」


 テレジアの声は小さく、低く、いつもの黒魔女然としたものだったが、どこか清涼で覚悟を滲ませていた。

 きっぱりと返されたベロニカは僅かに眉根を寄せた。

 そして視線を落とすと。


「そう。勝手になさい」


 吐き捨てるように言うと、早足で部屋を出て行った。

 テレジアはベロニカの立ち去った方向を見つめ続ける。

 理由はわからないが、ベロニカのことが気になってしょうがなかった。


「あらあら、あのお優しいベロニカさんを怒らせてしまいましたね」

「ええ、ええ、本当に。よほどひどいことを言ったのかしら? それともその不気味な姿で呪いでもかけたのかしら?」

「やだ、怖い怖い。あの姿なら呪いもかけられるでしょうね」


 三人組の嫌味も聞き慣れた。

 というか普段から「災厄の黒魔女」だの「呪いの権化」だの「幽霊か魔物、はたまた悪魔」だの言われて、恐れられてきたテレジアからしたらどうということはなかった。

 さすがに白魔術ができない時は、追い打ちを掛けられてへこんだこともあったが。

 しかし、多少の悪口は慣れている。

 むしろ黒魔女の時と比べたら涼しいくらいだ。

 国民全員に嫌われて、恐れられて、目もあわせてくれなかったのだから。

 ただ気分はよくない。

 さすがに一方的に叩かれ続けるのは我慢の限界だった。


(ここは一つ、久しぶりにアレをやるか)


 テレジアがすっくと立ちあがると、三人組がびくっと肩を震わせた。

 ゆらりと揺れながら、ちらっと三人組を見つけるテレジア。

 じーーーーーーー。

 三人組の様子がおかしい。

 視線をきょろきょろと動かし始めた。

 じーーーーーーーーーーーーーーー。

 三人組の顔色は徐々に青白く染まっていく。

 明らかに怯えている。

 ついでに「呪呪呪呪呪呪呪呪」とか言ってやろうかと思ったが、さすがにやめた。

 まあ、これくらいで勘弁してあげるか。

 おもむろにテレジアは三人組から視線を逸らし、そのまま修練場の入り口まで移動した。

 ほっと安堵した音が背後から聞こえる。


「な、なんですかね、今の。まあ、恐ろしい」

「え、ええ、ええ本当に。呪われるかと思いました」

「あ、あの本当に呪われませんよね? あの人、本当にそんなことできちゃったり」


 三人組の間に、一瞬だけ冷たい空気が流れる。

 そして三人組はテレジアの方を恐る恐る見た。

 目が合った。

 何かを呟いている。

 その口元に視線が吸い寄せられる三人組。

 その口は。


「呪呪呪呪呪呪呪呪」

「ひいいいいぃぃぃぃ!? 呪われるぅぅぅ!?」


 三人組は同時に叫び、部屋の端っこへと逃げていく。

 がたがたと震えながら、肩を寄せ合う三人。

 それを見てテレジアは小さく鼻を鳴らす。


「ふん、呪いなんて使えるわけないでしょ。あたしは影使いなんだから」

 

 テレジアは誰にも聞こえないように呟くと部屋を出た。

 以前、同じような目に合った時にやった対策だが、これは諸刃の剣だ。

 だってやってしまうと必ず、周りからの視線が以前にも増して恐怖で染まるから。

 こんなことやるから余計に黒魔女になっちゃうんだよな、とテレジアは少しだけ反省するのだった。

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