14話 二か月の努力
そして約二か月が経過した。
「だはああああ! やっぱりなんにもできなーい!!」
テレジアは自室のベッドに倒れ込んだ。
枕に顔をうずめてぐりぐりと顔を押し付ける。
うっすらと香るお日様のニオイが少しだけ気持ちを落ち着かせてくれた。
この二か月と少しの期間、テレジアはシスタークレアに言われた通り、日々頑張った。
入会から一週間後に始めた頑張りをさらに超える頑張りで、日々の生活や奉仕活動を全力で行った。
最早夜とも言える朝三時に起き、修道院周りを掃除、料理の下ごしらえ、お祈りは熱心に、朝食は必死に覚えたレシピを完全に再現し、隅々まで掃除をした。
白魔術の修練は限界まで全力で行い、白魔力を増やそうと頑張ったし、シスタークレアの授業もまじめに聞いていたし、復習も何度もして完璧にしていた。
白魔術の知識は確実に増えた。
治療も頑張った。患者を怯えさせないように笑顔を浮かべるようにした。なぜか患者は怯えず、今度は引きつった笑みを浮かべるようになったのだが。
治療の速度も速くなった。ほんの少しだが。
しかし。
「だめだ! 肝心の白魔術が上手くいかない!」
白魔力の量も増えた。光は蝋燭一本分から、二本分くらいにはなった。
だがそれだけ。
約二か月を費やしてたった蝋燭一本分くらいしか光量が増えていない。
三人組には馬鹿にされ、ベロニカには辞めた方がいいとやんわりと言われ、シスタークレアには呆れた顔をされてしまった。
絶望的に白魔術の才能がないのである。
「ああああ! 黒魔術は簡単にできたのに! 白魔術難しすぎる!」
黒魔術には幾つか種類があるが、テレジアが使うのは『影』だ。
『影』は一人で研究し、修練し、完結できる。
白魔術のように対象が必要な魔術ではないため、気遣いは必要なかった。
だが白魔術は人を癒す魔術。
当然、誰かと接する機会が多く、相手との会話も必要になる。
だが大抵の患者はテレジアを見ると悲鳴を上げ、怯えてしまう。
それは三白眼になるレベルで目をかっぴらいて、ギロリと蛇のように睨んできたら、誰だって固まるだろう。
テレジアにも自覚はあった。
だがそう簡単に直せるものでもない。
黒魔女としてテレジアはずっと演技をしてきたのだ。
魔女然とした睨みは、まあほぼ無意識にやっているのだが、溢れる陰のオーラやゆらゆらと不気味に動いたり、声が妙に低かったり、地獄の底から聞こえる笑い声を発したりと、我ながらあまりにひどいと感じていた。
だが、黒魔女を演じなければ人と接することは不可能。
授業のような形式であれば比較的まともに会話できるのだが、日常会話や相手を気遣う場面ではおかしくなってしまう。
入会から三か月、まともに会話をしてくれたのはベロニカとシスタークレアくらいである。
特にシスタークレアの優しさに何度も救われた。
むしろ彼女がいなければこの三か月を乗り越えられなかったと思う。
それに。
「三か月で友達一人もできないなんて……あたし、本当にダメダメだ」
誰も彼もがテレジアから距離をとっている。
修道院始まって以来の落ちこぼれであるからという理由もあるが、主たる原因はあまりに禍々しいその容姿と所作だろう。
両手をだらりと落とし、前髪で顔を隠しながらちょこちょこと歩き、左右にゆらゆらと不安定に揺らめいている、それがテレジアの通常の体勢である。
実際は前髪が邪魔で良く見えない時があるのでやや前傾姿勢になってしまい、バランス感覚が乏しいため身体が揺れてしまうだけなのだが。
黒魔女というか、もはや幽霊である。
シスタークレアの言葉通りなら、もうすぐ聖女昇華審査の日だ。
審査と言われても何をするのかわからない。
そしてその審査は厳しいものになると、シスタークレアは言っていた。
自分が乗り越えられるとは思えない。
聖女となる条件は十八歳以下。
今回の審査を合格しなければ、次の審査まで半年。
その時にはもう十九歳になっている。
終わりである。
友達もできない。誰にも頼られない。
人に恐れられ、疎まれ、忌み嫌われていた黒魔女の時と変わらない。
いや、あの時に比べればまだまともに関わってくれる人は増えている。
シスタークレアは良くしてくれている。
彼女に報いるためにも頑張らねば。
「うん、うん! そうだよね。諦めたらそこで黒魔女に逆戻りだよね。頑張ろう、あたし!」
無理やりに奮起し、テレジアは毛布を被って、目を閉じた。
きっとなんとかなると思い込みながら。