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13話 頑張って


 今日も今日とて、シスタークレアはテレジアと白魔術の修練を行っていた。

 修練場の自分の席に座っているテレジア。

 手のひらを上に向けた状態で白魔力を放出している。

 顔は真剣そのもの。

 かなり疲労している様子だった。


(毎日、限界まで努力していますが、やはり厳しそうですね……)


 シスタークレアはテレジアを正当に評価する。

 努力家であることは認めるが、結果が伴っていない。

 このままでは聖女になることは難しいだろう。

 だがシスタークレアは聖女見習いを導く存在。

 教会内で、唯一『シスター』を名乗っているのは、誰の傍にも存在する、親しき人物であり、慈愛をもって接する導き手であるからである。

 そんな彼女が諦めるわけにはいかない。

 少なくとも導くべき存在である、聖女見習いが諦めない限りは。


「いいですか? 白魔力を増やすやり方は普段の行い以外にも、継続的に使用する方法があります。常に白魔力を使い、少しずつ増やすのです。辛いでしょうがこれが確実な方法です」

「ぐぬぬぬぬ」

「ほら、頑張りなさい!」


 シスタークレアが励ますも、テレジアの白魔力は消えてしまう。

 限界を迎えてしまったテレジアは疲弊し、机に突っ伏した。

 テレジアは本当に極限まで耐えたのだろうが、たった五分程度で限界だったようだ。

 この程度の白魔力量では、軽傷を治すにも時間がかかるのは当然だ。


「なんと少ない白魔力……ここまでダメな人は初めて見ました」


 シスタークレアは諦観の面持ちのまま、いつものようにため息を漏らす。

 嫌味ともとれるが、彼女の表情にはテレジアへの苛立ちはなく、強い困惑が滲んでいる。

 シスタークレア自身もどうしたものかと悩んでいた。

 言葉通り、ここまでの落ちこぼれは見たことがなかったのだ。

 シスタークレアは考え込んでしまう。

 どうすればテレジアが聖女になれるのか。

 どうすればもっと成長できるのか。

 それとも……もう引導を渡すべきなのか。


 どう見てもテレジアには才能がない。

 その上、性格や姿勢も聖女に向いているとは思えない。

 努力はしている。真面目でもあるだろう。その姿勢は好ましくはあるが、しかし絆されてはいけない。

 ここで同情して夢を見させて大事な彼女の時間を奪ってしまったならば、導き手として失格だろう。

 聖女としての未来がないのならば、諦めさせるのも導き手の仕事だ。

 それが『シスター』としての本分なのだから。

 シスタークレアは覚悟を決め、口を開こうとした。

 と、不意にテレジアの姿が目に入った。

 今まで思考に耽っていたため気づけなかったが、どうやらテレジアは自らまた白魔力放出を始めたようだった。

 真剣な様子で白色の光を睨んでいる。

 なぜかその様子は禍々しさを感じ、黒い大気の幻覚さえ見てしまうほどだった。

 それにはシスタークレアもまだ慣れず、少し引いてしまう。

 しかし。


(いつも真剣ですね、彼女は。それにどこか……)


「ぐぬぬぬぬぬぬ……ぶはぁ!」


 限界を再び迎えたテレジアは、息を大きく吐きながら突っ伏した。

 そんなテレジアにシスタークレアは近づくと、口腔を開く。


「……辛いでしょう? 毎日地味で苦しい修練を続け、聖女としての役割を完全に果たさなくてはならない。それも誰もが当然として考え、当たり前にできなくてはならない。できなれば見下され、疎まれ、蔑まれる。それでも常に人のよりどころにならなければならない。正式に聖女となれば、よりそれは強くなるのですよ。それでもあなたは聖女を目指しますか?」


 重苦しい声音で語りかける。

 それはシスタークレアの持ちうる最大限の誠意であった。

 彼女は知っている。

 聖女がどれほど大変なのかと。

 その重さを少しでもテレジアに伝えたかった――。


「え? はい」


 ――のだが、当の本人であるテレジアは軽い調子で答えた。

 それはそれは軽い口調だった。

 日常会話のそれだった。

 シスタークレアは思わず、ん? あれ? 今、神妙な話をしたはずでは? 軽すぎでは? と考えてしまった。

 突然、大して仲良くない人に「うっす、元気?」と言われて「え? はい」と答えるくらいの軽さと何言ってんだこいつ感が出ていた気がする。

 戸惑うシスタークレアを気にせず、テレジアは再び、白魔力を放出し始めた。

 白魔力放出はただ光を発しているようだが、全力で運動するような疲労感がある。

 スタミナや筋力があれば長時間の高負荷運動できるみたいなものだ。

 すべてが足りていないテレジアにとっては、かなりきついはずだった。

 それでもテレジアは躊躇うこともなく、自ら修練を続けている。

 それほど強い理由があるのだろうか。


 ふとシスタークレアはテレジアの顔を見た。

 さっき感じた違和感はやはり間違いではなかった。

 テレジアは笑っていた。

 いつもの不気味な感じではなく、純粋に笑っていたのだ。

 それは微かな変化だが、何度も見ていたシスタークレアは気づいた。

 再び限界を迎え、机に突っ伏すテレジアの後頭部に、シスタークレアは声をかける。


「そんなに楽しいですか?」

「はあはあ! え? は、はい。まあ、そうですね。楽しいです」

「なぜ? 辛い上に、苦しい環境でしょう?」

「少しずつできるというのは初めてですし、それに……この力はありがとうをくれるので。今まで誰かに感謝されることなんてなかったから。いつも……あたしの前にあったのは」


 テレジアはそこで言葉を止め、頭を上げる。

 彼女の顔は前髪で見えない。

 しかし恐らくは先ほどとは違って、笑みを浮かべてはいないだろう。

 

「あたしは人の役に立ちたくて、人を笑顔にしたくてここにきたので。たくさんの人を助けられたら……そうしたらきっと」


 テレジアはそれ以上は何も言わなかった。

 シスタークレアは彼女の生い立ちを知らない。

 そもそも聖女見習いたちの経歴は、シスターでさえ知らないのである。

 言動から多少は生まれを推理できるが、それだけだ。

 聖女は生まれ、経歴、肩書に捕らわれずなれるものである。

 肝要なのはその資質と性格、そして何よりもひたむきさである。

 人々の寄る辺となり、篝火となって照らす。

 光り方は聖女によって違う。

 同じ道ばかりではないことをシスタークレアは知っている。

 楽しむこともまたその一つであり、誰かのために頑張りたいという純粋な気持ちもまたその一つである。

 シスタークレアは自嘲気味に笑った。

 こんなことを言おうとするなんて、私も歳かもしれませんね、と胸中で呟く。


「今から約一か月後。聖女への正式昇華の審査が行われます。その際の成果と普段の行いの総合評価で、聖女になれるかどうかが決まるのです。審査は半年に一回行われるのですが、あなたの場合は途中で入会しましたから期間が短いですね。審査は十八歳までに合格する必要があります。あなたは十八歳なのでギリギリです。今回の審査に合格しなければ、聖女になるのは難しいでしょう」

「それは……あたしに話していいのですか?」

「審査日時に関して話すのはまずいですね。ですから誰にも話さないでください」


 シスタークレアは唇の前に人差し指を立てた。

 テレジアは目をぱちくりとさせていた。

 いつもの何だか禍々しい感じではなく、素の少女然とした反応に見えた。

 シスタークレアはなんだかそれがおかしくて、ほんの少しだけくすりと笑った。


「いいですか、試験の内容まではさすがに話せませんが、あなたにとっては厳しい内容になるでしょう。ですから、その時までに必死で頑張りなさい。決して手を抜かず、何があっても負けず、そして聖女としての振る舞いをし続けなさい。日常における評価で、聖女になれる可能性はあります。ほんの僅かですが」


 シスタークレアはテレジアの目の前まで移動し、そして肩にそっと手を置いた。


「頑張って、テレジアさん」


 いつもの厳しい感じではなく、優しい笑みを浮かべた。

 テレジアは驚きに目を見開きながらも、何度もコクコクと頷く。

 

「さっ、今日の補習は終わりです。沐浴し、身を綺麗にしてお祈りを捧げなさい」

「は、はい。失礼します」


 テレジアは落ち着いた様子で席を立ちあがるとそのまま部屋を出て行こうとした。

 しかし、その手前で躓いて、倒れそうになる。

 左右の手を横に伸ばし、バランスをなんとか保った。

 ほんの数秒、気まずい空気が流れたが、テレジアはシスタークレアに背を向けたまま走り去ってしまった。


 やれやれとシスタークレアはまたため息を漏らす。

 今度は疲れや悩みによるものではなく、まったくしょうがないなという許容の感情と共に。

 思わず口角が上がっている自分に気づく。

 見習いに感情移入するのはシスターとしては問題だ。

 しかし懸命に努力する姿を見て、何もしないのもシスターとしては違う気がする。

 シスタークレアは修練場全体を見渡し、椅子を綺麗に整えた。

 そして修練場を後にした。

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