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12話 無能魔女


「だはー! なんにもできなーい!」


 テレジアがそう叫んだのは、自室のベッドに倒れ込んだ時だった。

 すでに夜の帳は下りており、就寝時間の十分前。

 枕に顔をうずめて声を抑えながらも、感情を抑えきれず思わず声を荒げた。

 すでに寝間着姿で寝る準備は万端である。


「ううう! こんなになんにもできないなんて思いもしなかった……今まで全部人任せだったからなぁ。考えが甘すぎた」


 嘆息しつつ、呟くテレジア。

 シスタークレアのお叱りの通り、この一週間のテレジアの生活は酷いものだった。

 包丁の使い方も知らないため、まともに野菜の皮もむけず、スープを煮込めば火力がすごすぎてぐずぐずになってしまうし、掃除の仕方もわからないため埃を見逃すし、雑巾さえまともにかけられない。

 洗濯も力を入れすぎて服を破いてしまうし、治療は遅い上に呪いの視線を無意識に向けてしまうせいで、患者は怯えてしまうし。

 その上、白魔力は少なく、白魔術もまともに使えない。

 テレジアはいわば落ちこぼれだった。

 最強最悪災厄の黒魔女と言われ、世界中から恐れられたテレジアが、ここではなんにもできないのである。

 黒魔術の才には長けているが、白魔術の才はどうやらないようだった。

 だはぁ、と深いそれは深いため息を漏らすテレジア。


「……それに友達もできないし。素で話せないから、いつも黒魔女状態で話しちゃうし、そのせいで誰も近づいてこないし。そもそも落ちこぼれだから馬鹿にされてるし……」


 まだ一週間である。

 なんでこんなことになってんのと、テレジアは再びため息を漏らした。

 教会に入る前は、友達出来るかなとか、黒魔女生活とはおさらば、これからは薔薇色の人生が待っているとか、聖女の才能に目覚めてちやほやされたりして、とかいろいろ考えたものだが、そんな淡い期待は一週間で打ち砕かれてしまった。

 テレジアは落ち込んだ。

 落ち込んで落ち込んで、そして。


「ま、しょうがないよね!」


 開き直った。

 元来、テレジアは楽観的な性格である。

 悩むことも多いが最終的には、まあしゃーない! と気を取り直す性格であった。

 そうでなければ、災厄の黒魔女を長年務めることなんて不可能である。

 まあ、コミュニケーションは下手どころか壊滅的なのだが。


「明日からはもっと頑張ろう! たくさん頑張ればいつか何とかなるよね! 十九歳になるまでまだ数か月あるし、なんとかなる! 寝よ!」


 うつ伏せ状態からぐるんと回転し、仰向け状態になる。

 そのまま布団を被ると、テレジアは目を閉じた。

 

「おやすみなさーい」


 聖女見習いのテレジアの一週間はこうして幕を閉じた。


   ●◇●◇●◇


 そして入会から三週間が経過した。

 今日も今日とて慰安地区にて、怪我をした患者の治療をしているテレジア。

 テントの下、簡素な椅子が二つ向き合うように置かれており、片方にはテレジア、片方には若い男性が座っていた。


「ぐぬぬぬ」


 テレジアは唸るような声を上げつつ、若い男性の腕の傷を睨んでいる。

 数針縫えばいい程度のやや浅い傷だ。

 白い光を放出させながら、必死で傷を治そうとしていた。

 若い男性は怯えた様子でテレジアを見ていたが、テレジアは必死なためそんなことには気付かない。

 ちなみにすでに三十分が経過している。

 数分に一回、少しの休憩を入れてはいるが長丁場だった。

 その甲斐あってか傷は徐々に治っていき、十分後には見事に完治した。


「あ、ああ、ありがとうございました!」


 治療が終わると即座に若い男性は立ち上がって去っていく。

 全速力だった。

 取り残されたテレジアは、自分の手を見下ろす。

 最初に比べると成長している。

 以前は一時間はかかっていた傷だ。

 それが四十分で治療できるようになっている。

 白魔力の光は蝋燭一本分くらいの強さになっていた。

 

 テレジアは頑張った。

 朝四時に起きて一人で料理の下ごしらえをし、みんなが起きてきたら女神シアへのお祈りをする。

 料理は時間をかけて丁寧に行い、レシピ通りに作った。

 おかげで及第点は貰えるようになった。

 掃除は目をかっぴらいて埃一つ見逃さないように見回しながら、全力で掃除をした。

 同期たちが怯えていたがそんなことにも気付かず、テレジアは掃除を完遂したのだ。

 白魔術に関してはとにかく全力で行った。

 限界まで白魔力を使い、ぜいはあと息切れしててもやめなかった。

 同期たちはひそひそと陰口を叩いていた、特に三人組の嘲笑は酷かったが、テレジアは気にしなかった。

 そして患者の治療では傷を睨み、全力で白魔術を使った。

 午後も同じように全身全霊で取り組んだ。

 それを二週間続けた結果。

 テレジアのレベルは上がった。


「どうやら少しは成長したようですね」

「ありがとうございます」


 シスタークレアが柔和な笑みを浮かべてくれている。

 テレジアは得意気になり、ちょっとだけ胸を張った。


「ですが二週間でこの程度の成長では先が思いやられますね。頑張っていることはわかるのですが……」


 褒められた後に突き落とされた。

 あんなに頑張ったのに!

 どうやらシスタークレアが期待していた以上の結果を出せなかったようだ。

 しゅんとするテレジアに、シスタークレアは「治療を続けるように」と指示を出して、離れていった。


「ねえ、見ましたか? あの白魔術。歴代最低レベルの治療力らしいですよ」

「ええ、ええ、本当に。見るに堪えませんね」

「なんと憐れな。才能がないことにまだ気づかないんですね」


 いつもの三人組が嫌味を言っているようだ。

 今日はベロニカが近くにいない。

 彼女の助力は望めないだろう。

 ベロニカが助けてくれて以来、ベロニカがいる時には悪口大会は始まらなくなっていた。

 その代わり、ベロニカもシスタークレアもいない時は、ここぞとばかりに辛辣な言葉が飛び交っている。

 狡猾である。

 テレジアは次の患者の治療を始めた。

 患者はやや怯えていたが、他の聖女見習いの列はすでに長蛇になっている。

 空いているのはテレジアの前だけだったため仕方なく並んだのだろう。


「くすくす、たった三週間でもう『無能魔女』の噂が広まっているみたいですね」

「ええ、ええ、本当に。うざったい長い髪、おぞましい視線、何よりも聖女として無能ですから。それはもう、誰でもすぐに気づきますよ」

「聖女なのに魔女の烙印を押されるなんて。かわいそうにねぇ」


 囀るような嘲笑は止まらない。

 しかしテレジアは反論も、反抗もしない。

 ただ目の前の患者に必死に向き合うだけだった。

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