第6話「復讐計画が思いつかない」
「学生寮って、キッチンあるんですか?」
「簡易キッチンもあって、事前申請でお弁当作ってくれるらしいよ」
「至れり尽くせりですね……」
教員一人一人に与えられた個室で、俺と先輩は昼食を食べることになった。
古びた木製の机や椅子は日本らしさを感じて、ここが異世界だってもことも忘れてしまいそうになる。
でも、窓硝子に映る先輩の桜色の髪色を見ると、ここは十六年間育ってきた日本ではないことを思い知らされる。
「学食と購買もあったよ」
「平和ですね……」
「ね」
換気のために開けている窓から風が吹き込んできて、俺の桜色の髪をふわりと揺らす。
先輩は何事もなかったかのように話を進めていくけれど、俺は魔法学園の入学式での出来事が忘れられない。
「先輩……」
「何?」
入学試験最下位の弱キャラポジションの先輩は、あれだけの醜態を全校生徒の前で晒すことになった。
先輩の心が大丈夫なのか、気にならないわけがない。
「入学早々、いじめに遭っていませんか」
「いじめられている人に馬鹿正直に尋ねたところで、多分、話してくれる人はいないかな」
行き過ぎた妄想は、人を傷つけることもある。
先輩と後輩という関係は前世で終わったはずなのに、俺は異世界でも先輩からご指導いただく。
(あれ? 俺って、教師って立場だったはず……)
まだ教師らしいことを何もしてないせいか、俺の教師という立場の陰は薄い。
「ということで、友達はできたよ」
先輩はゆっくりと微笑んで、心配することは何もないと言わんばかりに明るい表情を魅せつけてくる。
「人間って、尊敬の眼差しと褒め言葉でなんとかなっちゃうものだよ」
「先輩、さりげなく炎上しそうなこと口にしてます……」
「異世界にネット社会は存在しないから」
ネットがないことを、どうやって調べたのか。
それくらいまだ異世界に来て日が浅いにも関わらず、俺たちは互いに持っている情報を交換し合う。
交換し合うほどの情報も、俺は碌に持ってはいないけど。
(先輩を説教するつもりで、呼び出したはずなのに)
冒頭の会話は説教していたような気もするけど、きちんと記憶を振り返ることができれば説教にはなっていないかもしれない。
(あれ? 俺の復讐計画は……?)
言葉で表現するのなら、前途多難。
どんなに異世界に転生したところで、俺と先輩は先輩と後輩のままなのかもしれない。
「友達がいないから先生のところに来てるんじゃなくて、私が先生に会いたいだけ」
俺のことを気持ち悪いと思っているはずの先輩は、いつだって俺に希望の光を与えてくれる。
「先輩……」
顔が、熱い。
俺ばかりが先輩の言葉に翻弄されて、先輩ばかりが涼やかな顔を浮かべているところが狡いって思う。
「このお弁当、誰が作ったんですか?」
「私だけど……」
先輩が弁当箱の蓋を開けると、中に詰め込まれていたのは彩り豊かな具材が挟まったサンドイッチ。
異世界の食材を把握し、異世界に溶け込んだとしか思えない完成度の高さに感動して言葉を失ってしまった。
「先輩の手料理ってことですか……?」
「うん、そうだけど……そもそも、サンドイッチ嫌いだった?」
言葉を失ったのなら、その間に、もっとほかの言葉を考えるべきだったとは思う。
これじゃあ先輩に憧れている後輩の構図に見えなくもなく、浮かび上がるすべての感情を否定するために大袈裟に首を横に振る。
「大好きです!」
「言っておくけど、異世界の食材の味まで把握してないからね」
「そんなの、一緒に知っていけば問題ありません」
「っ」
味の保証はしないと宣言されたところで、刺激された空腹を満たすためには手を伸ばさずにはいられない。
「いただきます」
「……召し上がれ」
互いに、変な間ができているような気がする。
その《《間》》に気づかぬフリをして、先輩が作ってくれたサンドイッチに手を伸ばす。
たかがサンドイッチを食べるだけなのに、どうしてこんなにも緊張してしまうのか分からない。
「凄い……見た目通り、ハムとレタスとチーズの味がします」
「良かった……」
片手で口元を覆った先輩も自分と同様、相当な緊張を抱えていたらしい。
「見た目は、前世のハムとレタスとチーズだったんだけど……このハム。なんのお肉だろうね」
「ごほっ」
口の中に入ってきた、ふわふわのパンの食感を思わず手放してしまうところだった。
「あー、あー、なるほど。モンスターの肉かもしれないと……」
「この世界にいるのは、愛を喰らう化け物みたいだけどね」
「その、愛を喰らう化け物の肉かもしれないってことじゃないですか!」
今度はトマトとチーズがたっぷりと入ったサンドイッチに手を伸ばすけど、お弁当箱に入るサンドイッチの数なんてたかが知れている。
もうすぐで先輩の手作りサンドイッチを完食してしまうかと思うと少し寂しい。
「でも、こんなに日本とほぼ同じ味が楽しめるなら、なんとか異世界生活もやっていけそうですね」
「それは確かに朗報なんだけど、マヨネーズが欲しかった……」
先輩のがっかりする声を受けて、よくよく考えると定番のたまごサラダのサンドイッチがないことに気づく。
「マヨネーズって作れませんでしたっけ? 調理実習で作ったことがあるような……」
「酢がないの……」
「ああ……」
俺はコミュニケーション能力に欠けていることもあって、クラスの子たちと少し距離があるような人間だった。
でも、そこは悲観することなく、魔法少女オタクを隠すには幸運な性格をしていると思った。
積極的に人と関わろうとしなかったおかげで、とりあえず高校生活を始めることができた。そして、放送部で先輩と出会うことができた。
「物足りないよね……? やっぱり、前世と味の違う食材でも……」
「いえ、あの、美味しいです……」
ぼっち生活だったわけでもないけど、ぼっちでも生きていけるんじゃないかとは思ってた。
だからこそ、部活の指導係という立場であっても、先輩が話し相手になってくれるのは素直に嬉しかった。
こんな風に話下手な自分を受け入れてくれた先輩の存在は、高校生活において非常にありがたかったことを思い出す。




