第1話「先輩への復讐方法を考えたいのに、先輩と話をしたい、この気持ちの正体は?」
「春なんて嫌い……」
前世での月坂雛先輩は日本人特有の黒髪だったけど、異世界では桜色を思い起こす淡い桃色のロングヘアが特徴的な髪へと変化を遂げた。
(俺、たいして外見変わってないんだけど)
俺は転生前と、たいして容姿が変わっていない。
先輩だけは、いつ、どこにいても、俺は桜色の髪を頼りに先輩のことを見つけられる。
「いつか、春を好きになる日もやって来ますよ」
「勝手に転生先? を、決めた柚木くんに言われたくない……」
俺の見た目は前世とあまり変わらない平凡さをまとっていて、教師なのか生徒なのか分からないような童顔。
魔法を教える先生ということもあって、姿勢だけは猫背から、ほんの少し良くなったような気もする。
「先輩の目が覚めるのが遅かったので……そこは、どうかご理解ください……」
一方の先輩は、視力を矯正するための眼鏡なしでも生きられる視力を手に入れた。
何センチあるんですかと問いかけたくなるような分厚い眼鏡をかけていた先輩は、どこにも存在しない。
異世界に溶け込むための容姿を手に入れた先輩は、前世と声だけが同じ偽物のように思えてしまう。
「あの、先輩って……その、眼鏡を外すと、そのお顔なんですか」
「え? あ、うん。柚木くんと同じで、前世と容姿は変わってないよ」
柔らかく、優しく微笑みかけてくれる。
柔らかく、優しい声を届けてくれる。
彼女は間違いなく、俺が憧れの気持ちを抱いていた月坂雛先輩だと頭が理解し始める。
「眼鏡がなくても平気なところだけは、ありがたいかな」
分厚い眼鏡をかけていたときは、先輩の瞳を覗き込むことすら苦労していた。
でも、今は思う存分、先輩の瞳を覗き込むことができるようになって、俺はわざと先輩から視線を反らす。
「大体、何? 世界を救うって……」
異世界って場所に転生して、これからこの世界を救うことになりました。
そんな説明をして、俺たちはこれから魔法学園の入学式へと挑むところ。
「先輩は、魔法少女になるって考えるとわかりやすいかなと……」
先輩は肩を落として、眉間に皺を寄せていた。
せっかく分厚い眼鏡がなくても生きられるようになったのに、先輩の瞳に輝きは見えてこない。
「愛情ってものが、敵に食べられちゃうらしいです」
「訳がわからない……」
「訳がわからないのが異世界生活なのかなと」
「知らない……そんな設定……」
先輩は、とても機嫌が悪い。
機嫌が悪いのは伝わってくるけど、不貞腐れた先輩の顔は物凄く可愛い。
(これから、どう復讐しようかな)
期待も楽しみも膨らんでいく。
前世で、俺の魔法少女好きを否定した先輩にとびきりの嫌がらせをする。
(とはいえ、復讐ってどうやれば……)
教師っていうのは、優位な立場にあると思う。
先輩は生徒で、俺は教師。
それは間違いようのない事実だけど、その立場の活用法がさっぱり分からない。
「はぁ」
目の前で、何度も深呼吸を繰り返す先輩。
「久しぶりの一年生なんですから、楽しんでください」
「こっちは、世界を救うっていう重大任務を背負ってるんだけど」
今のところ、世界は平和。
通常通りの魔法学園入学式が執り行われる、世界は平和だって思う。
「はぁ……」
「頑張ってください、先輩」
この平和な空気に絆されて、先輩を励ます言葉をかけてしまうとは情けない。
異世界で始まった大嫌いな先輩に復讐する方法と、魔法少女育成計画の遂行。
これは俺に課せられた重大任務であるにも関わらず、その重大任務を忘れそうになるくらい世の中が平和ってところに問題があると思う。
(本当に……人が死ぬのか……?)
という発想をすると、本当に人が死ぬフラグになってしまうのは前世で学習済み。
(あまり深く考えるのをやめないと……)
視界に入ってくるのは、月坂雛先輩ではなく現役の魔法学園生徒。
自分とは縁遠い生活を送ることになる先輩のことが放っておけないって気持ちは、教師から生徒への愛情ってやつなのかなんなのか。
(これが、教師にとっての健全……?)
忘れたくても忘れられない傷を負っているはずなのに、久しぶりの入学式に緊張している先輩のことが心配で仕方がない。
「あー、あー、あー」
「先輩、情緒不安定になってます」
「いいと思わない? 情緒不安定になることくらい許されるよね?」
ここは日本ではなく異世界のはずなのに、新入生を祝福するかのような淡い桃色……先輩の髪色に近い色の花びらが大樹から舞い降りてくる。
その花びらの祝福を受けながら、新入生たちは体育館のような場所へと向かっていく様子が視界に入る。
「柚木くん、少しは私の話を聞いて」
「俺が先輩の話、聞き逃すわけないですよ」
「っ」
「俺は、先輩の担任の先生ですから」
つい数日前、自分も日本で高校の入学式を迎えたばかり。
真新しい制服に身を包まれ、これから始まる高校生活に輝かしい希望しか持っていなかった頃のことを思い出す。
「先輩は、新入生代表の挨拶に集中してください」
「うっ……」
積み重ねていく時間は、嫌な記憶を消し去ってくれるものだと信じていた。
高校に入学して、放送部に入ってからはずっと月坂雛先輩のお世話になってきた。
先輩に優しくしてもらった時間の方がダントツに長いはずなのに、俺は魔法少女が好きって感情を否定されただけで先輩のことを嫌いになってしまった。
魔法少女を否定されたって記憶を、忘れることができなくなってしまった。




