第3話「異世界転生のはじまりはじまり」
「人間の……愛情……?」
「くだらないって思うかしら?」
女神様は書類を捲る手を止めて、俺の心境はすべて理解していると言わんばかりに真正面から俺と向き合ってくれた。
「でもね、人間は愛なしでは生きていけない。愛を失った人間は死を迎える。そんな感じね」
女神様の説明は理にかなっているようで、平和な日本という世界を生きてきた俺にはピンとこない設定の話だった。
「……俺みたいに、孤独を生きる人だっているのに……」
「本当に、涼生は孤独なのかしら?」
一刻の猶予もないのだったら、説明を省くことだって可能なはずなのに。
目の前にいる女神様って存在は、俺が理解できるように言葉を選びながら話を進めてくれる。
「涼生の両親が不仲かはわからない。涼生自身が両親と不仲かもしれない。けど、少なくとも、あなたは両親の愛情を受けて産まれてきたはずよ」
短絡的な思考は、恋愛に関する感情を愛情と結びつけていた。
でも、女神様が指摘する通り、愛情には様々な種類のものがあることを思い出す。
「誰に対しても、何に対しても、愛を注ぐことができなくなった人間が、死んでしまう世界ってことね」
俺がオタクとして極めてきたジャンルは、魔法少女。
でも、オタクとして生きてきたおかげで、今の自分が置かれている状況を少しは理解をしながら飲み込めているような気がする。
「その世界を救ってほしいのよ」
「では、俺と先輩は勇者ですか?」
やれる気がする。
いける気がする。
この先、どんな未来が待ち受けていようと、魔法少女好きで培ったオタク知識があれば、新しく転生した先でもやっていけるような気がする。
「違うわ。涼生が教師で、雛が生徒よ」
「…………え?」
雛って、誰だっけ?
先輩の名前だったことを思い出したけれど、思っていた展開とは違うものがもたらされて頭の中は混乱中。
「敵と戦うための魔法は存在しても、この力を活用してくれる人材が不足しているのよ」
日本人は、どんなに願ったところで魔法と呼ばれる不思議な力を使うことができない。
異世界の人たちは魔法の力を行使することができるのに、その力を利用しようとしないことに少しだけ悔しさが生まれた。
ないものねだりって、こういうときに使う言葉なんだってことを思い知る。
「だったら……その世界、愛情を食べられて、遺体だらけってこと……」
「女の子に、そんなグロテスクな世界に転生はさせないわ」
どす黒い異世界転生ものもあると聞いてはいるけど、女神様が浮かべた安心感ある笑みに心臓のドキドキが落ち着いていくのを感じる。
「転生者が現れるたびに、その世界に送り込んで助けてもらってるから」
「転生者以外の戦力は、期待できない世界なんですね……」
長年の魔法少女オタク生活を送ったおかげで、異世界転生という言葉に馴染みはある。
でも、俺の知識は魔法少女と魔法少女と魔法少女でできている。
想像していた以上に、世界の命運を託されているような気がしてならない。
「あなたにはオタクの知識を活用して、この世界を救ってほしいの」
月坂雛先輩とは、前世の高校時代では先輩と後輩という間柄。
今度の世界では、その立場が逆転することになるらしい。
(なかなかいい展開のような……? チート能力とかなくても、俺が先輩のことを指導するって立場になれればそれで……)
俺の魔法少女好きを馬鹿にしたことも、俺の魔法少女好きを見下してきたことも、先輩が俺にした仕打ちに対して復讐するチャンスが訪れたということでもある。
「こっちが転生先を決める代わりに、ほんの少し愛情の量を多めに設定しておくわ」
女神様は、どこから取り出したんですかってツッコみたくなるようなパソコンを取り出して作業を始める。
「転生者に、チート能力を授けた方が楽に世界を救えるような気もするんですけど」
「私はね、あなたの魔法少女愛を買ってるのよ。それだけの深い愛があれば、チート能力を授けなくても世界を救えるんじゃないかって」
女神様っぽい言葉の数々に、ほんの少しだけ涙腺が揺さぶられる。
魔法少女愛を否定されるところから始まった高校生活だけど、女神様の言葉にほんの少し勇気づけられる。
好きなものは、好きでい続けてもいいんだって女神様から励ましてもらう。
「チート人生もいいけど、たまにはみんなで世界を救ってみてもいいんじゃない?」
女神様的ポジションの少女は作業を終え、俺に視線を向けると同時に可愛らしい笑みを浮かべてくれた。
「だって、あなたが好きな魔法少女って、基本的に集団行動……」
「あ!」
「何……」
女神様的ポジションの少女に言われて、俺は重大な事実に気づく。
「これって……俺が、魔法少女を育成する物語になるんじゃ……」
「魔法少女っていうよりは、魔法使いを育成する学園……」
「異世界魔法少女育成計画の始まり……!」
「って、聞く耳すら持たないわね」
長年、魔法少女を愛してきた。
その愛情を、ここで発揮するときが来たのかもしれない。
前世で、俺を魔法少女好きにしてくれた妹たち。
お兄ちゃんは異世界に転生して、立派に魔法少女組織を立ち上げてみせる!
「月坂雛月坂雛には、あなたから説明しておいて」
「あ、はいっ!」
魔法少女好きを続けてきたせいで、俺の人生が駄目になったとか思ってない。
それなのに、学校の人たちは遠回しに俺の愛情を傷つけた。
「月坂雛の愛情も、少し量を多めに設定しておくわ。異世界で、少しは生きやすくなるはずよ」
「ありがとうございます!」
魔法少女を一途に想い続けるって、駄目なことなのかなって思った。
魔法少女を一途に想い続けるって、相手にとっては気持ち悪いことでしかないって気づかされた。
そんな、異世界生活一年目の春が始まった。
「次の人生では、階段から落ちないように」
「はいっ!」
俺と先輩は同時に亡くなり、同時に新しい世界に転生することになった。




