第2話「階段から落ちた二人は、死を迎える」
「いった……」
痛みを感じる。
落下したときの、痛みを感じる。
(ってことは、生きてる……)
立ち上がろうとした瞬間、手に温度を感じられない何かに触れた。
「…………」
恐る恐る、自分が何に触れたかを確かめる。
温度を感じないのに、柔らかさがある。
柔らかさがあるのに、温度を感じない。
「っ」
自分が触れたのは、大嫌いで大嫌いで大嫌いな……。
「先輩! 先輩っ!」
月坂雛先輩の、遺体だった。
(俺が先輩を受け止められなかったから……)
これが物語の世界だったら、階段から落ちゆく先輩を受け止めて守ることができたかもしれない。でも、現実なんて、こんなもの。
「先輩っ! 先輩っっ!!」
俺だけが助かって、先輩だけが亡くなった。
所詮、現実なんて、現実なんて……。
「あれ……でも……」
俺の魔法少女愛を馬鹿にした先輩が亡くなった。
それの、どこが悪い?
どこを悲しむべきこと?
大嫌いで、大嫌いで、大嫌いな先輩が亡くなって、清々する……。
「っ」
涙腺が、何かを訴えかけてくる。
俺は、先輩が亡くなって悲しいんだぞって本能みたいなものが呼びかけてくる。
「先輩……先輩……」
自分が生き残って、先輩が亡くなることになってしまった状況を思い出すことはできない。
けど、先輩が自分のことを庇ってくれたのかもしれない。
だから、俺だけが生きて、先輩が亡くなるなんて事態になってしまったのかもしれない。
「最後の最期まで……面倒見、良すぎですよ……」
口から、思ってもいない言葉が出てくる。
こんなことを言うつもりはないのに、口からは先輩への感謝の気持ちがぽろぽろと零れてくる。
「先輩のご家族に、俺、なんて挨拶すればいいんですか……」
「未来永劫、挨拶はできないから気にすることないわよ」
魔法少女アニメに出てきそうな、なんだか可愛らしい声が聞こえてきた。
自分の声も十分なアニメ声を誇っているけど、聞き慣れない誰かの声も場違いだと思ってしまった。
「次の面談は、二名様っと」
ふんわりと広がるスカートの裾に、黒と白のレースが織りなすゴスロリ系の衣装。
彼女の手には黒い手袋がはめられていて、これから遺体の処理でもするんですかと言わんばかりの不気味さ。
でも、魔法少女に近しい服装の彼女に、どうしても親近感のようなものが生まれてしまう。
「正座でもなんでもいいから、そこに座って」
銀白色の長い髪の少女は豪華絢爛という言葉が相応しい椅子に腰かけ、先輩の遺体を視界に入れながら何やら書類を書き始める。
一方の俺は周辺を見渡し、自分が腰かけるための椅子を探す。
「椅子は用意しないわよ、面倒だから」
「え、あなたは椅子に座って……」
「私は女神様。人間のあなたの身分は、私よりも下」
言い返したい言葉があるはずなのに、それを言わせない圧のようなものを感じて俺は口ごもる。
(ってうか、ここ、学校じゃない……?)
白い壁、冷たい床。
家具の一つも存在しなければ、学校の校舎を感じさせる要素もない。
存在するのはゴスロリ少女と、無機質さを感じる部屋の空気をぶち壊す黄金に輝く椅子。
そして、息を吹き返すことのない先輩の遺体。
「柚木涼生……魔法少女好きのオタクね」
「あの……投げやりなのか、馬鹿にされてるのかわからない……」
「だったら、話は早いわ」
遺体を目の前にして、彼女は目を見開きながら口角を上げた。
「このまま彼女と死ぬか、転生して世界を救うか選びなさい」
輝くような彼女の表情を見て、マスコットキャラクターが魔法少女を勧誘するときって、こんな感じなのかなって思った。
「オタクならわかるでしょ? 転生! て・ん・せ・い」
マスコットキャラクターだって、好きで魔法少女を戦いの世界に導いているわけではないと思う。
けど、こうやって何も持たない一般人は、戦いの世界に招かれていくのかもしれない。
「えっと……これは、日本のオタク業界によくある異世界転生……」
「物分かりが良くて大変、宜しい! 亡くなったのよ、あなたたち二人」
人が亡くなったっていうのに、女神って存在は悲しんでもくれないらしい。
まるで美しい花を見たときのように、彼女は目をきらきらと輝かせながら宣告してきた。
「だって、俺、先輩に触ることができた……」
今度こそ、俺の話を聞いてほしい。
そんな要望を届けるために、俺は声を張り上げて、偉そうな態度の少女に自分の存在をアピールしようとした。でも、彼女の声の方が、張りがあった。
「涼生は、人間でも幽霊でもない中途半端な存在だから。以上」
女神様の説明は、至ってシンプルなものだった。
そして、突然の名前呼びに戸惑う。
けど、嬉しいって気持ちも同時に働いてしまうのは、俺の日常の中に魔法少女のような外見の少女と接する機会がないからなのかもしれない。
「不慮の事故で亡くなった場合って、ある程度の希望を聞いてあげることができるんだけど……一刻の猶予もないのよね」
女神様は、分厚い書類の束を捲りながら溜め息を吐く。
「あの、それはつまり……なんだかやばそうな世界への転生が確定しているってことですか?」
「死と隣り合わせは隣り合わせだけど、グロくはないわよ。どっちかっていうと、切ない系の世界」
死と隣り合わせ。
でも、グロくはない。
どっちかっていうと、切ない系?
噛み合っていない単語の数々に、頭が可笑しくなりそうだった。
「人間の愛情を喰らう化け物がいる世界よ」
不快感を与えることなく、慰めるような眼差しを向けてくるところは、ほんの少しだけ女神らしいと思った。




