第6話「誰だって、怖いと思う」
「杖なしでも、魔法……」
杖なしでも魔法が発動するか試してみたけれど、この世界は杖がないと魔法が使えないという設定だと学ばせてもらう。
「だよな……魔法を使うのに、杖は必須……」
杖がないと魔法を使うことができないという設定は、それはそれで魔法使いが存在する世界らしい雰囲気に感嘆の声を上げたくなる。
でも、それはそれでどうかと思う。
(杖がない自分は無能……)
自分にできるのは、努力だけ。
でも、この異世界では杖がなかったら、努力も報われない。
(力が残っている限り、全力で先輩を捜すしかない)
この空間を作り上げた敵が、また大きな烏なのかどうかは分からない。
けど、愛を喰らう化け物に遭遇する前に、俺は先輩を見つけないといけない。
「って」
何かを蹴ってしまった。
蹴ったと言ってもそんな強い力ではなかったけど、何かを蹴飛ばしてしまったことだけは間違いない。
何を蹴ってしまったのか確認しようと視線を下に向けると、そこには暗闇で蹲る一人の少女がいた。
「悪い、って、大丈夫……」
こんなに深い闇なのに、相変わらず人の姿だけはライトアップされているかのようにはっきりと見えてくる。
蹲っているその人の様子を確認しようとすると、その子は異常なくらい怯えていた。体の震えが、尋常ではない。
「大丈……」
「私、何もできなくて……私、私、まだ何も、できなくて……」
少女の不安を取り除くための最適解を探すけど、俺はこの状況をどうにかする術を持っていない。
「落ち着け」
この異様な空間に巻き込まれたことにパニックを起こしているのだったら、元の世界に返してあげたい。
元の平和な世界に生徒を帰してあげたいだけなのに、事態を打開するための力が目覚めることはない。
「落ち着いて、ほら……絶対に大丈夫だから」
絶対に大丈夫なんて、どの口が物を言うって感じもする。
この状況をなんとかしてくれるのは杖を持っている先輩であって、杖を持ってない俺ではない。
絶対に大丈夫なんて言葉ほど、無力なものはないと思い知らされる。
「絶対に、大丈夫……」
俺の言葉を聞く余裕があったのか、自分で自分に言い聞かすための独り言だったのか。
それを判断することはできなかったけど、絶対に大丈夫と呟いた少女は俯いていた顔を上げて、俺を見つめ返してきた。
「先生……?」
「アリア・アレット……」
先輩が属するクラスはEクラス。
少女の正体は、隣のDクラスに所属するアリア・アレットだということに気づいた。
「何?」
Dクラスは俺が受け持っているクラスではないけれど、Dクラスで授業をすることはもちろんある。
そこで彼女の顔と名前は記憶に留めていたけれど、品行方正と言わんばかりの授業姿勢を見せてくるアリア・アレットにいつもらしさは感じられない。
「あの、その、もしかして泣いて……」
「泣いてない……」
平生を装う強気な態度が、異世界を生きるヒーローらしい。
現代日本には存在しない銀白色の髪色が特徴的で、暗闇の中でも彼女の美しさはよく映えていた。
「泣いてないから! 私、泣いてませんから! 勘違いしないでください!」
さすがは、誰もが憧れるアリア・アレット。
他人に震える姿は見せられないと言わんばかりに、彼女は震える脚を鼓舞して自分の力で立ち上がった。
暗闇に怯えて蹲っていた頃の面影なんて、一切感じさせない。
そんな自分に厳しい強さを持つアリア・アレットが、俺の目の前にいた。
「わかってる。アリア・アレットは、人前で泣くような子じゃないよな」
「……随分、物分かりがいいんですね」
顔を俯かせて、震える体を両手で必死に抑え込もうとするアリア。
「アリアこそ、俺に弱みを握られたって勘違いしてない?」
「っ! それは、だって、その……」
どうやら図星だったらしい。
アリアの反応からして、人に弱みを握られた経験があるのかもしれない。
(怖い、よな……)
俺には人の弱みを握って楽しむような趣味はないけど、俺の何気ない一言はアリアを傷つけてしまったかもしれない。
「とりあえず、忘れる。ここで起きたことは、全部」
「嘘。そう言って、あとで何かしらの対価を要求してくるつもりだってことくらい、お見通し」
妄想力がたくましい。
そんな言葉をアリアに言い返してみたいけど、彼女にはそういう経験があるからこそ俺に対する信頼がないこともなんとなく察した。
こんな状況下でも俺は必死に頭を働かせて、彼女に向けての言葉を選んでいく。
「大丈夫だ」
「そんな甘い言葉で言いくるめようとしても無駄です」
「俺がアリアのことを言いくるめようとしているのか、そうじゃないのか。現実に戻ったときに、判断してくれ」
冷たい言い方だったかもしれない。
突き放したような言い方をしてしまったことに後悔はするけど、これ以上の言葉は見つからない。
(授業でしか繋がりのない関係なんて、初対面とほぼ変わらない)
いきなり初対面の人間を信用してくれって言われても、そんな簡単に人を信じられないのが人間。
だから、アリアの言うことはよく理解できる。
「俺を信じてもらわなきゃ、何も始まらないから」
教師のことを信用してもらえるように、努力するところから始めようと思った。
意気込んで、先へ進む覚悟を決めたときのことだった。
「っ、え」
急に教師の制服であるローブの裾を、思いっきり引っ張られた。
誰が引っ張ったのかなんて、確認しなくても分かることで……。
「……かないでください」
「あの、もう少し大きな声で……」
「置いていかないでくださいっ!」
アリアの声は時折、微かに震えていた。
でも、大きな声を出した途端、それまで背負ってきた重みが彼女の中から取り除かれたらしい。




