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第5話「名だけの教師」

「アリア様、声が大きい……」

「大きな声でも出さないと、私たちの王子様は姿を見せてくれないの」


 この二人を無視して、教室に戻るという手もある。

 でも、この二人の若さある声質からして、二人は教師ではなく、魔法学園の生徒であることは間違いない。


(教師が、生徒を無視したら駄目だよな……)


 俺に与えられた教師としての地位は低いわけでもなければ、物凄く高いわけでもない。

 ここで変な噂を立てられて教師としての価値が下がってしまうか、敢えて話しかけることで教師の価値が上がるか。そんな分岐点に、俺は立たされている。


「魔法、使えないから……」

「っ、使えないこともない! けど、ここは学校だから! そうむやみやたらに、魔法は使っていいものじゃないってこと」


 ぶっきらぼうな喋り方をしている少女が、勢いある少女のために小さな歓声と拍手を送る。


(魔法学園なのに、むやみやたらに魔法を使ったらダメなのか?)


 こう見えて、学園の規則には目を通してある。

 魔法学園で、魔法を使用してはいけないという要項は記憶になく、むやみやたらに魔法を使っている俺と先輩は退学という流れは今日まで迎えたことがない。


(何が、躊躇うきっかけ……)


 生徒には、自由に魔法を使って才能を伸ばしてもらいたい。

 そう願うのは俺だけではないはずなのに、生徒たちは魔法を使うことを躊躇っているようにも感じる。


(みんながみんな、恐れている……?)


 愛を喰らう化け物と戦うことを、恐れている。


(魔法の才に長けた生徒は、戦いに駆り出されても可笑しくない……)


 誰も世界を救うために力を差し出さないのだから、異世界から人を召喚する羽目になっている。

 でも、異世界から来た人たちみんなが戦うことを放棄したら、世界は滅びてしまう。

 誰かが戦わなければ、誰かが駆り出されるという恐怖を、この世界の人たちは知っているのかもしれない。


「ここで成果を上げて、認めてもらう」

「うん、アリア様ならできる……」


 二人の足音が、こっちに近づいてくるのが分かった。

 別に二人に見つかったからって、どうにかなるわけではない。

 でも、二人と鉢合わせたときに、なんて声をかけるのが教師と正解なのかってことが俺には分からない。


(先輩なら、どういう声、かけるんだろう……)


 さっきまで教え子たちを指導していた教室の扉に、自分の手が触れる。

 ただそれだけの動作を行っただけなのに、俺は教室に戻るという選択肢を絶たれることになった。


「っ」


 俺は、廊下にいたはずだった。

 それなのに、廊下と名の付くもの自体が消滅してしまって、俺は深い闇に包まれた空間にいた。


(とりあえず、先輩を)


 こういう状況を迎えるのが二度目のせいか、妙に頭は落ち着いていた。

 先輩を探せばなんとかなるという楽観的な気持ちが、俺の足を動かしてくれた。

 先輩と一緒なら、この状況をなんとかできると信じることができた。


(さっきの二人も、この空間にいるのかな)


 暗闇に包まれた世界でも、自分の体を確認できるところは異世界仕様なのかもしれない。

 完全な暗闇を歩くことにはならないことにありがたさを抱きながら、俺は誰かと遭遇することを期待する。


(誰にも会えないって可能性も……)


 暗闇の中を適当に歩き回ってみるものの、誰一人として遭遇することができない。

 自分がどこを歩いているかも分からない状況に息を呑むけれど、立ち止まったところで事態は解決しない。

 俺は心もとない光を頼りに、闇の中でゆっくりと足を進めていく。


(俺は一応、教師……一人でも、なんとかしないと)


 魔法という力が存在する異世界に転生したということは、有り得ない現実に遭遇したということでもある。

 でも、魔法少女オタクの知識があるおかげで、最悪の場合っていうものも容易に想像できるところがありがたい。


(それにしても、この暗闇……空気が悪い……)


 人命が危険というレベルには達していないと思う。

 そういうことも自分で判断ができるようになったのは、もう自分は一般人とは程遠い領域に手招きされていると言うことかもしれない。

 もしくは、本当にもう自分の命が危機的状況にまで追い込まれているのに、その判断ができていないということなのか。


「みんな、どこにいるんだろ……」


 部屋で待っていた先輩に会えないのは仕方ないとしても、さっきまで近くにいたはずの生徒と会うことができないのはどうしてなのか。


(あの二人だって魔法学園の生徒だから、この状況をなんとかできるは、ず……)


 漆黒色の世界から、何かの気配が漂っている。


(敵……?)


 微かな息遣い。

 足音もなく、ただそこに何かがいることが分かって、背中がひやりと冷たくなるのを感じる。


「誰かいるのか……?」


 視線をさ迷わせて、闇の中の存在を探すために、視線をさ迷わせた。


「ごほっ、ごほっ」


 空気が悪いと感じたのは当たっていたらしく、身体は異変を生じ始める。


(空気を浄化しないと……)


 以前やったときのように、まずは空気を浄化することを最優先にしようと思った。

 魔法のローブのポケットに手を伸ばして杖を取り出そうとするけれど、指先が杖に触れることはなかった。


「あ……」


 魔法の杖がない。

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