第4話「すれ違って、すれ違って、子どもっぽい自分が嫌になる」
「なんで俺たちが、この世界を救わないとなんでしょうか」
「女神様に与えられた使命、って聞いてるけど」
もっと上手く話を逸らすべきなのに、先輩から向けられる真っすぐな視線を受け止めるのが精いっぱい。
適当に思いついた話題を口にしただけなのに、先輩はいつだって俺の話を聞き逃さずに受け止めてくれる。
「それはそうなんですけど、いまいち、この世界を生きる人たちの必死さを感じられないというか……」
魔法少女が持っていたらがっかりしてしまう木の枝風の杖を振るって、自分専用の個室に設置されている黒板の文字を消していく。
器用に黒板消しを動かしていく俺の動作を見ながら、先輩は自分も同じ魔法が使えないかどうか手を動かしながら実験していく。
「銅像でも建ててもらう? 世界を救ったら」
先輩が魔法の杖を振りかざしたところで、黒板消しがほんの少し移動する程度。
俺にとっては容易に使いこなせる魔法でも、先輩にとっては難しい魔法らしい。
「そんな恥ずかしいことできません! 魔法少女の石像でお願いします!」
俺は先輩の注目を浴びる中で、魔法使いとしての力を行使していく。
でも、黒板の字を消そうと必死に頑張る先輩は本当に努力家だと思う。
「この世界から、愛情を消さないために頑張ってるのは俺たちだけ……」
「世界を変えるって、難しいね」
「あ」
先輩が絶望的な言葉を落とした瞬間、黒板消しが黒板の片隅に残っている一文字を消すことに成功した。
「一文字だけ消せましたね!」
その様子を見て安堵感のようなものが生まれた俺は魔法を使うことをやめ、教卓の上に杖を置いた。
「強キャラになれるかな」
「なってください」
目標を達成するという硬い意志を表現するために、先輩は強気の姿勢を見せてくる。
「リョウくんを守れるくらい、強くなってみせるよ」
俺が抱いている魔法少女育成計画。
それを真っ向から邪魔しにかかるのは、前世で俺の魔法少女愛を嘲笑った先輩だった。
「俺を守るって……本当の魔法少女になっちゃいますよ?」
「私は、リョウくんの魔法少女なりたい」
「俺を調子づかせて、どうするつもりですか」
先輩の小芝居で、俺の魔法少女育成計画が揺らぐと思ったら大間違い。
「この世に魔法少女が先輩だけだったら、俺は先輩に惚れこむしかなくなる……」
気を引き締めていたときに、先輩は自分の額を黒板にぶつけにいってしまった。
「先輩っ、どうし……え、大丈夫ですか?」
先輩の額は、ごつんと結構いい音を鳴らした。
自分から向かっていったのだから、ある程度、力の加減はした。
でも、額には鈍い痛みがじんわりと広がっているみたいで、先輩は自身の手で額を押さえた。
「なんで、自分から額をぶつけに……」
「夢を見ているような気がして……」
「夢?」
「リョウくんが、優しすぎるから……」
先輩は肌が白いから、余計にぶつけたところの赤らみが目立つのかもしれない。
先輩の瞳から痛みが伝わってきたため、俺は教室の出入り口へと足を向けた。
「保健室は……さすがに大袈裟ですね。でも、額を冷やせる物、持ってきます」
「リョウくん、待って」
振り向くと、そこには静かにハンカチを差し出す先輩の姿があった。
柔らかな布が指先に触れて、その柔らかさから先輩の優しさが伝わってきて泣きたくなる。
「すみません……お借りします」
ハンカチを冷やすための水の在り処を探すために、廊下へと出る。
周囲からすれば、そんな俺の様子は一教師にしか見えないと思う。
(自分だけ、子どもっぽい……)
でも、内面の俺は、前世の柚木涼生から、何も変化が起きていない。
教師として先輩を導くのが俺の使命なのに、俺はいつまで経っても先輩に面倒を見てもらう後輩って立場から抜け出すことができない。
(俺だって、先輩を守れるくらい強くなりたい)
生徒たちが行き交う廊下は煌びやかな学生生活を映し出していて、自分のような人間が足を踏み入れてはいけないとすら思ってしまう。
それでも魔法学園の教師に転生したからには、その煌びやかさに自分も溶け込まなければいけない。
でも、一人きりになってしまうと、どうしても足が竦んでしまいそうになる。
(蛇口は……)
目的の水道を見つけ、蛇口に手をかけたときのことだった。
「って、俺、魔法が使える……」
あまりにも悲観的になっていたせいか、ハンカチを濡らすために水や氷を探しにいく必要はないことに気づかされる。
(あれ? でも、なんで魔法学園に、蛇口が……)
魔法を使うことのできなかった前世での生活に体も記憶も慣れすぎて、魔法の便利さに慣れていない俺が蛇口を探すのは分かる。
でも、魔法学園に蛇口が存在する違和感。
(ライフラインは、魔法の力で確保できるはずなのに)
現代日本を生きていたときは、電気やガス、水道の力を借りてきた。
でも、異世界では水や火といった、生きていく上で欠かせない要素は魔法の力で確保することができる。
(必要なときに、魔力が枯渇しないようにとか?)
愛を喰らう化け物と戦わないのに、魔力の枯渇を心配するのも変な話だとは思った。
魔法でライフラインを確保できることに気づき、俺は先輩が待っている自分専用の個室へと戻ろうとしたときのことだった。
「もう諦めるべきだと思う……」
「冗談はやめて、キホ。ここで諦めるなんて、私のプライドが許さない」
どこかから、二人の少女の声が聞こえてくる。
二人はちょうど曲がり角の向こう側にいるらしくて、ここから二人の姿を確認することはできない。
向こうも向こうで、教師がいるって状況には気づいていないのかもしれない。




