第3話「復讐できるチャンスに気づいていない」
「リョウくん」
先輩の呼び方が、リョウ先生からリョウくんへと戻る。
気づくと教室に残っているのは俺と先輩だけで、この学園に居残って勉強していく生徒はいないのかと嘆きたくもなる。
「資料、運んでくれて、ありがとうございました」
「話……が、あって……」
この教室には誰も残っていないことは確認済みなのに、先輩はひそひそとした喋りで俺に何かを伝えようとしてくる。
「あの……」
「異世界転生者同士なんですから、遠慮しないでください」
先輩と俺の付き合いが始まって、前世を含めると数か月という長い期間が経過しようとしている。
今更、何を躊躇うような話があるのか。
一応、手を休めて先輩の話をしっかり聞くという態度を整えていく。
「記憶を消す魔法って、使える?」
前世のような分厚い眼鏡は先輩の顔にはどこにも存在せず、背筋が真っすぐ伸びた彼女の容姿は異世界できっと歓迎されるはず。
そうは思うものの、先輩は肩を竦めながら疑問を投げかけてくる。
「私の記憶、消してほしなって思ってて……」
「記憶を消したくなるくらいの大事件、起きましたっけ?」
机に両手をついて、かなり深刻に落ち込んでいる様子を見せてくる先輩。
「私の、弱キャラに関する部分……リョウくんの記憶から消してほしいなと思ってて……」
その言葉に、俺は言葉を返すことができなかった。
「忘れて! お願いします!」
何を?
あらためて聞き返さなくても、話の流れから察することはできる。
「要するに……弱キャラが恥ずかしいってことですよね……?」
「役にも立たない私の姿が、リョウくんの記憶に残るかと思うと生きていけない……」
俺の口角が、にやりと上へ向かっていく。
「写真とか、記録に残す魔法か技術を探しておかないとですね」
「リョウくん……」
肩を丸めて、頬が燃えるように赤く染まる先輩。
「異世界に来た記念に、撮影でもしたいですよね! せっかくなので」
「っ、リョウくん、私の気持ちわかってて、そういう意地悪なこと言ってるよね!」
先輩が忘れてほしいとか言ってくるから、意地悪なことを返したくなってしまう。
「完璧な先輩に見えたのに、異世界では弱キャラですからね」
「からかわないで……」
これ以上、口角は上がりません。
それだけ楽しい時間を過ごしているけど、心の中では引っかかりを感じていた。
「これから努力するから、本当に忘れてほしいんだけど……」
「ははっ、こんな先輩は貴重ですね」
先輩にとっては、魔法使いとして活躍することのできない自分を忘れてくれという意味だったと思う。
(でも、なんか……すべてを忘れてって言われてるみたいな……)
マスコットキャラクターの自分は、まだまだ部外者の領域にいるような。
そんな気分に襲われてしまうのは、まだ自分が教師らしいことをできていないからかもしれない。
「そんなに魔法少女が好きなら、リョウくんが魔法少女になればいいのに」
「先輩は、何もわかってません」
俺は深い溜め息を吐いて、肩を落とす。
「魔法少女になるには、素質ってものが必要なんです」
魔法少女たちのように、他人を思いやる心を持っていない。
魔法少女たちのように、自分の弱さを認めて、困難を乗り越えるための力がない。
魔法少女たちのように、どんなときも笑顔を絶やさず、周囲の人たちに元気を与えることができない。
「敵に立ち向かう勇気はあっても……俺なんて魔法少女に比べたら、まだまだです」
自分の言葉に、だんだんと抑揚がなくなってきていることに気づく。
それだけ、自分に無力感を抱いている。
魔法少女たちのような、きらきらとした輝きをまとうなんて自分には無理だって分かってる。
「せっかく異世界に転生したんだから、その素質ってものを取り払っちゃえばいいのに」
両手をしっかり握り合わせて、真っすぐな視線を向けてくる先輩から逃げだすために視線を逸らした。
「だって、異世界に魔法少女はいない。リョウくんが、好きなように魔法少女を定義していけばいいのに」
「そんな……かっこ悪いです。俺みたいなのが魔法少女になっても、人々の希望になんてなれません」
魔法少女は、希望を与える存在。
薄暗い影を背負った魔法少女なんて、きっと誰の記憶に残ることなく終わってしまう。
「俺は……せめて、魔法少女を支えるマスコットキャラになれたらなと……」
俺には、先輩と一緒に異世界転生をした記憶というものが確かに残っている。
お互いに支え合う関係になるのが理想かもしれないけど、俺には理想を実現する力が足りない。
憧れの先輩に付いていくだけでも必死で、マスコットキャラになれるのかすら怪しいところ。
「俺、魔法少女を輝かせたいです」
自分に戦う力があるのなら、これは憧れの魔法少女になれるチャンスだと意気込むのもいいかもしれない。
(俺には、多くの人たちから愛される素質がない)
自分のことすら愛せない人間が、魔法少女になることは許されない。
俺は無理矢理にでも口角を上げて、異世界で実現させたい夢を語ってみせる。
「私は、魔法少女になったリョウくんを見てみたいな」
「先輩を支えるのが、俺の使命です」
「そっか、残念」
魔法少女になった、リョウくんを見てみたい。
そんな言葉をもらえただけで、自分の人生には大きすぎるご褒美だった。




