第8話「魔法少女になって、世界を救ってください」
(上から、何かの圧力をかけられているような……)
そんな気味の悪い感覚が自分を襲う。
けれど、それを感じているのは自分だけではない。
隣にいる先輩だって、同じ気配を感じているはず。
「また死んじゃったら、もう笑うしかないね」
死ぬ?
死ぬという言葉を嫌に現実的なものに感じてしまう。
「先輩、ちゃんと笑ってくださいね」
「涙は禁止だね」
死ぬという言葉を急に身近なものに感じ始めたのは事実。
この恐怖心をどうやれば拭うことができるのだろうか。
この恐怖心を乗り越えられなかったら、本当に自分は死んでしまうのではないか。
そんな恐ろしい錯覚が襲いかかってくる。
「また先輩と一緒に死んだら、また同じ世界に転生できるように話をします」
でも、先輩と一緒なら、なんとかなるんじゃないかなって。
先輩と一緒なら、どんなに過酷な状況でも笑うことができるんじゃないかって。
過酷なときに笑うって異常ではあるけど、俺と先輩にとっては異常じゃない。
二人の中での通常なら、絶対に大丈夫な気がする。
「ギュアアアアアア」
勇ましい叫び声が聞こえたかと思うと、この空間に差し込む光を遮っていた物の正体が見えてきた。
たとえるなら、巨大な烏。
言葉にするなら、ただの大きな烏でしかない。
でも、廊下全体を覆い尽くしてしまうほどの大きな烏なんて、世界中を探したって見つからないに決まっている。
「あれに、人類は愛情を食べられてるんだね」
「きっと……そうです」
自分の声は弱々しくて、今にも泣き出してしまいそうな雰囲気に飲み込まれていた。
(大丈夫、大丈夫……マスコットキャラは、魔法少女を支えるって決めた)
彼女に寄り添ってあげるのが、マスコットキャラクターに与えられた役割だと思う。
今にも泣きそうになってしまっている自分を隠して、俺は先輩を放っておかないために行動する。
(先輩を、独りにさせない)
どんなに先輩から嫌われていたとしても、俺が先輩に抱いている想いに偽りはない。
手に力を込めて、生きるための覚悟を決める。
「魔法少女の隣には、必ずマスコットキャラがいるんです」
足を動かすだけでいい。
先輩に近づいて、先輩が何を想っているか、先輩の言葉で確認をする。
先輩が怯えなくても済む方法を、俺が見つけてあげたい。
「真っ先に狙ってこないあたり、やっぱり命は狙ってこないんだろうなって思います」
「欲しいのは、あくまで人間の愛ってことかな」
「命と愛……どっちが貴重なのかわからなくなってきますね」
通路を漂う空気は、一息吸い込むだけでも有毒なもののように思えてくる。
そんな有毒っぽそうな空気を吸っても体に支障はないけれど、きっとそれだってここにはいない誰かのおかげなのかもしれない。
「きっと、どっちも大切」
危機迫った状況なのだろうけど、その危機感ってやつをあまり感じさせないように努力するのも、マスコットキャラクターに与えられた役割。
それなのに、その役割すら先輩に奪われてしまう。
「頑張ってみようかな」
「先輩を、あんなに馬鹿にした人たちを救うってことですよ」
「いつかは、私の前で跪いてもらう」
「いい覚悟だと思います」
この現実離れ感満載の世界に立たされているのに、先輩は躊躇わずに笑った。
俺を安心させるために、無理矢理に笑ってくれているような。
そんな明らかな作り笑顔を見たって嬉しくもなんともなくて、俺は心の底から笑う先輩を見たい。
そんな、そんな無理をしたような痛々しそうな笑顔は見たくない。
「俺、先輩に酷いことをお願いします」
本当は泣きたいはずなのに、笑った表情を作ろうとしてくれる。
こういうのも優しさっていうのかもしれないけど、優しさっていうのは強がってまで他人に提供しなくていい。
もし平和な世界に無事に帰ることができたら、俺は先輩に伝えたい。
「魔法少女になって、世界を救ってください」
「うん」
だんだんと作り笑顔も消えかけてきて、先輩の強がりももう少しで解けるのかもしれない。
(先輩が泣いたとき、ちゃんと受け止められるかな)
無力すぎるマスコットキャラに、先輩の不安を受け止められるか。
先輩のあとに付いていくことしかできかった自分に何ができるとか、初めての経験は分からないことだらけで頭が混乱していく。
でも、俺は何があっても戦いの世界に身を置こうとしている先輩のことを支えたい。
「リョウくんのこと、絶対に助けるよ」
飛行魔法を使って、華麗に宙を舞う姿は弱キャラでもなんでもない。
巨大な烏の羽ばたきが作り出す風が先輩の桜色の髪を乱し、先輩が敵の動きを一瞬だけ止めるために奮闘してくれるのを確認する。
「敵の攻略法……」
先輩が使用する小さな炎魔法や小さな水魔法は、意外と大きな烏のような化け物を引きつけるのに役立っていた。
(とりあえず、俺は周辺の空気を浄化……)
さすがは、マスコットキャラクター的ポジション。
杖を振りかざすだけで、周辺を漂う毒々しい空気が平和な世界を象徴するような澄んだ空気へと変えることができた。だけど、ここで俺は更なる問題に気づく。




