第1話「好きなものは好きだと叫べたら、多分、異世界に転生なんてしなかった」
今まで歩んできた人生の中で、何か教訓として得たものはありますか?
そう尋ねられたのなら、俺は間違いなく、こう答える。
魔法少女好きってことは、誰にも知られてはならないと。
(学校、行きたくない……)
高校生にもなって、魔法少女?
そんな冷ややかな視線や、魔法少女好きに対する偏見を恐れてきたからこそ、俺は自分の趣味をひたすら隠してきた。
これからも順風満帆な高校生活を送るはずだったのに、所属する放送部で事件は起きた。
「あ、あの子」
「魔法少女好き」
「っ」
ふとしたことがきっかけで、俺の魔法少女好きが高校全体に広く知れ渡ってしまう事態になった。
放送部の誰かがマイクの電源を切り忘れていたことに気づかず、俺はマイク前で魔法少女愛を語った。
自分の好きなものを語ることで緊張を解したかっただけなのに、俺は生きた心地のしない日々を送ることになってしまった。
(みんなだって、好きなものがあるはずなのに……)
世の中を探せば、魔法少女好きは大勢いると思う。
昨今は、他人の好きなものを尊重する傾向にある。
魔法少女愛が深いからって、あいつの趣味嗜好は気持ち悪いって風潮にはならないはず。
それなのに、俺だけが、全校生徒から冷ややかな視線を向けられるようになった。
(なんで、なんで俺ばっか、否定されるんだよ)
これから三年間も通わなければいけない高校の校舎を、肩身狭くしながら歩く羽目になるとは思ってもみなかった。
俺に話しかけてくる同級生も、クラスメイトも現れず、華やかとは縁遠い高校生活を過ごしていたときのことだった。
「柚木くん……、今日の部活のことで話があって……」
突然、自分の苗字を呼ぶ人物が現れた。
俺と似たような、自信のなさそうな声が聴覚へと届いた。
下へ下へと向けていた視線を、ゆっくりと上げていく。
すると、そこには憧れの先輩である月坂雛先輩が心配そうな表情を浮かべていた。
「……放課後にしてもらえますか」
「あ……ごめんね……」
廊下の窓から差し込む柔らかな太陽の光が俺たちを照らすけど、自分の高校生活は少しも輝いていない。
分厚い眼鏡をかけた先輩も暗い影を背負っているように見えて、俺たちは似ていると思った。
少しも青春らしくない青春を送っている同士ってところに心を引かれそうになるけど、俺は首を左右に振って考えを打ち切った。
「放課後、部室に来てね……」
「多分……行きます……」
「絶対……」
「っ」
同じ高校に通っているはずなのに、同じ学校の制服を身にまとっているように見えない同級生と先輩。
廊下を行き交う人たちの高校生活は綺麗に見えるのに、俺と先輩はやっぱり暗い影をまとっている。
(先輩も、絶対、俺のこと馬鹿にしてる……)
今の時代は、昔に比べるとオタクに向ける目も優しいと聞いていたはずなのに。
好きなものを好きでいようとする自分は、決して間違っていないはずなのに。
(でも、現実は、甘くない……)
オタクへの差別は昔に比べれば減ったのかもしれないけど、幼い女の子が特に大好きな魔法少女への偏見は今も根強く残っていた。
「なんか、変な呪文唱えてるらしいよ」
「高校生で、魔法少女って……ね」
放送室でマイクをオンにしたままの状態で、魔法少女愛を語っていた自分に落ち度がないわけではない。
それにしたって、世間が思ったより優しくできないことに益々、肩身が狭くなっていく。
「柚木くん、あのね……」
「用が済んだなら、早く自分の教室に戻った方がいいですよ」
先輩に、同級生に、教師。
みんながみんな、俺のことを偏見的な目で見てくる。
目の前で笑う人もいれば、俺の存在を見なかったことにして去って行く人もいる。
「先輩まで、偏見的な目で見られちゃうので」
「柚木くん、待って!」
月坂雛先輩は影を背負ったような容姿をしているけれど、放送部の花形ということもあって、とても声がよく通る。
俺を呼び止める、その声に惹かれてしまいそうになる。
(でも、先輩も俺のこと、気持ち悪いって思ってる……)
年の離れた妹たちの影響を受けて、俺の魔法少女好き人生は始まった。
世界の平和を守るために、懸命に戦う魔法少女たち。
彼女たちが抱える熱い想いに、俺の人生は大きく影響された。
(なんで他人に好きなものを否定されなきゃいけない……)
いつまでも、魔法少女を応援していきたい。
いつまでも、魔法少女を愛していきたい。
誰にも迷惑をかけていないはずなのに、俺の愛情は同じ高校に通う面々に否定された。
「柚木くんっ!」
先輩が体育祭のアナウンスを担当したときに、先輩の周囲にいた生徒たちだけでなく、親御さんたちも先輩の声に釘づけになった日のことは今でも覚えている。
「最後まで話を聞いて……!」
俺は先輩の後輩にあたるから、他人よりも先輩の声が綺麗に聞こえるのかもしれない。
先輩の声だったら、マイクなしでも体育館中に響かせることができるのかもしれない。
それだけ先輩は、普段から部を良くしていくための努力を惜しまない人だった。
「月坂先輩だって、俺のことを馬鹿にしてるんですよね……」
「誰も、そんなこと言ってない」
凄く優しくて、凄く面倒見が良くて、誰もが憧れて、たくさんの人から頼りにされて、本当に素敵な先輩だと思った。
先輩に面倒を見てもらえた俺は、ここで一生分の幸運を使い果たしたんじゃないかと思った。
始まったばかりの部活を楽しいと思えて、これから始まる高校生活に期待しかなかったのは、先輩がいてくれたからだと思ってた。
「みんなと一緒に、俺のこと見下せばいいじゃないですか! いつまで、いい人ぶってるんですか!」
このあと。
俺と月坂先輩は、一つの教訓を得ることになる。
階段の踊り場で口喧嘩をしてはいけないという、小学生でも理解しているような教訓を高校生になってから学ぶ。
「お願いだから、私の話を……」
「もういいです、俺、部活辞めます」
先輩の言葉に応戦しようと口を開こうと思ったが、終わりが見えないと思って自分から会話を打ち切った。
「俺なんて先輩と違って、いてもいなくても変わらない存在なんですから」
「待って、柚木くん! 自分のこと、そんな風に……」
先輩が勢いよく迫ってくるものだから、俺は一歩後ろに下がってしまった。
「っ」
「あ……」
先輩と距離を取ろうとして、下の階へと向かう階段に足を踏み入れかけた俺も悪かった。
先輩が反射的に手を伸ばし、俺の腕を掴もうとしてくれた。
でも、非力な女子高校生が、腕の力だけで男子高校生を引き寄せられるわけがない。
俺たちは二人で一緒に、宙に浮いたような感覚を体験することになってしまった。
「先輩っ!」
階段を踏み外した俺。
ここが階段と踊り場の境目という中途半端な場所だということを忘れていた先輩。
両名は、階段の真上から下へと真っ逆さまに落下した。




