第25話
「動くな!」リサレが叫んだ。「動けば、こいつの命はない!」
フレームは、信じられない思いで彼女を見つめた。そんな話は聞いていなかった。
もともとの作戦は、できるだけ速く城を通り抜けることだった。それなのに、彼女はこの隙に人質を取るという選択をした。
「何のつもりだ?」彼は、スタージスさんに聞こえないように低い声で問い詰めた。
「生きてここを出るつもりよ。」リサレも小声で応じた。
フレームはこの予想外の行動が気に入らなかったが、この状況を利用せざるを得なかった。
彼は赤髪の男に向き直り、強く言い放った。「その病の治療薬を、民に配れ!そうすれば、この女は解放してやる!」
スタージスさんの顔が険しく歪む。黒いマントの黄金の肩飾りが、彼の鋭い眼光と競うように光を放った。「誰がそんなものがあると言った?」
「とぼけるな!」リサレが叫ぶ。「私たちは真実を知っている!お前も、お前の親も、叔父も叔母も!お前たちは治療薬を意図的に隠し、知る者を誘拐し、殺してきた!すべては、私利私欲のために!なんて腐った一族なのよ!」
人質の目が大きく見開かれた。「治療薬のことを知ってるの……?」
彼女が震える声で言いかけた瞬間、リサレは素早く彼女の口をふさいだ。
スタージスさんは、リサレを鋭い眼差しで睨みつける。「その娘に、少しでも傷をつけてみろ……!」
「お前の一族が我々の要求に応じれば、手を出すつもりはない。」フレームは冷静に言った。「さあ、どうする?治療薬を民に分け与えるか?」
「……俺の屍を越えていけ。」スタージスさんは軽蔑するように言い放ち、声を張り上げた。「捕えろ!!」
衛兵たちが四方から取り囲んだ。彼らの制服に輝く氷薔薇の紋章が、重圧となってのしかかる。
――多すぎる。
戦って勝てる数ではなかった。
フレームは内心で舌打ちしながら、リサレを横目で見た。
~無理だ。~
彼は小さく首を振り、目で合図を送る。
失敗した。ここで生き延びるには、引くしかない――
リサレは深く息を吸い込み、大声を上げた。
「道を開けなさい! さもないと……」
彼女は、人質の口をふさいでいた手をじわりと温めた。
わずか数度の変化。しかし、それだけで――
「きゃっ!」少女が悲鳴を上げる。
その瞬間、衛兵たちのレールガンが彼女に向けられた。
「待て!」スタージスさんが手を上げ、制止する。彼の鼻筋が険しく歪み、頬が怒りで赤く染まった。
彼の指示を受け、衛兵たちは銃口を下げる。
誰にも邪魔されず、リサレは静かに正面玄関へと歩き出した。
人質を連れ、一歩ずつ慎重に。
フレームは周囲を警戒しながら、彼女に援護を送る。
「病の治療薬はどこ?」リサレは囁きながら、少女の腕を引きずるようにして歩く。――両開きの扉を抜けた。外へ出る。「助かりたいなら、渡しなさい。」
「な、なんで、それを……?」少女は苦しげに声を絞り出した。
彼らはアーケードを抜けた。
あと少し――
石造りの門を超えれば、完全に外へ出られる。
ただし、鋼鉄の電流柵を解除しなければ、通り抜けることはできない。
フレームは罠の気配を感じ取っていた。
しかし――
誰も、彼らを止めようとはしなかった。
――やった。
彼らは城の敷地を出た。
そして、電流が流れるドームの結界を突破した。
「どこで知ったかなんて関係ない!場所を知っているなら案内しなさい!」
リサレは人質を睨みつけながら言い放った。「さもなければ、お前なんかもう用済みよ、スタージスのクズが!」
彼女の手の甲が熱を帯び、ほのかに輝き始める。
――だが、リサレが本当に少女を傷つける前に、フレームが割って入った。
彼はすばやくリサレの腕をつかみ、一瞬の動作で肩の上へと放り投げた。
その瞬間、リサレの手が彼の帽子に引っかかった。
帽子はフレームの頭から滑り落ち、彼の手の中へと落ちる。
「悪かったな。」フレームはスタージスの少女に謝罪し、片手で黒い布を拾い上げた。
彼女の視線が、フレームの頭部に釘付けになる。
そこに露わになったのは――角。
「……あなた、病気なのね。」
「俺たちは、俺一人のためにここへ来たわけじゃない。」フレームは冷静に言った。
「言っただろう? 俺たちはすべての人を救いたい。」
「家族を説得して、治療薬を民に分け与えさせることはできないのか?」
少女はゆっくりと首を横に振った。「私は……あの家の人間じゃない。
私は――園香・ブラックウォーターよ。」
――ドドドドドッ!
蹄の音が、石畳の上を轟かせる。
遠くから、衛兵たちがユニコーンを駆り近づいてくる。
今度の紋章は――黒い心臓。
園香はフレームの方へと向き直る。「お願い、私を連れて行って!それから、治療薬の場所へ案内するわ……約束する!」