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第23話 (2/2)

 

 園香は窓から身を乗り出し、慎重に外へと降りた。

 ポケットには、あの花束が入っている。

 ブラックウォーター家の邸宅の庭を、物音を立てないように静かに進む。

 時間がなかった。

 すぐにでも、使用人たちが自分の不在に気づくだろう。

 遅くとも、夕食の時間には――

 園香は全力で走り出した。

 段差を駆け下り、低い階層へと向かう。

 革靴のヒールがテラスを打ち鳴らしながら、彼女は隠れられる場所を探した。

 次にどうするかを考えられる場所――

 治療薬を試せる場所。

 街は混乱の渦中にあった。

 襲撃の後、住民たちは必死に破壊された通りを修復しようとしていた。

 焼け焦げた匂いが空気に混じり、換気装置が灰を取り除こうと懸命に稼働している。

 園香は、工事作業員や清掃員、救助隊の人々の間を駆け抜けた。

 胸が締めつけられるような罪悪感が襲ってくる。

 もし、あのモンスターを隔離ゲートの中に閉じ込めることができていたら――

 こんなことにはならなかったのに。

 ――ポンッ!

 不意に、人とぶつかった。

 園香が男と衝突した拍子に、彼の手から木箱が落ち、地面にぶちまけられる。

 箱の中に入っていた薬の瓶や箱が、石畳の上に散乱した。

「す、すみません!」

 園香はすぐにしゃがみ、薬を拾い集める。

 その時――

 彼女の指が触れた箱のラベルに目が留まった。

 ビタミン剤?

 周囲に散らばった他の薬の箱を見る。

 ……全部、栄養補助食品だ。

「まさか、全部飲むつもりなんですか?」

 白衣を着た男はしゃがみ込み、残りの薬を拾い集めた。

 身をかがめた拍子に、彼の楕円形の眼鏡がフェニックスの太陽の光を反射する。

 そして、まるで地面に届きそうなほど長いコバルトブルーの髪が揺れた。

 彼の髪は、後ろで簡単なドラゴンテールに結ばれていた。

「いや、これは私のものではありません。患者たちに配るためのものです。」

 そう言って、彼は園香をじっと見つめた。

 彼女の顔は、泣いたせいで赤く腫れている。

「……大丈夫ですか?」

 ドドドドド……

 遠くから、蹄の音が響いてくる。

 家族の護衛たちが、もうすぐそこまで迫っていた。

 園香はとっさにマフラーを頭に巻きつけ、ぎゅっと締めた。

「……正直に言うと、全然大丈夫じゃないです。」そう言いながら、彼女は腹を押さえた。「ひどい腹痛が……! ずっと治らないんです! お願いです、助けてください!」

 彼はすぐに腕を差し出し、彼女が掴めるようにした。

「もう少しだけ頑張れますか? すぐそこに診療所があります。一緒に行きましょう。」

「本当に助かります、ありがとうございます!」

 二人はそのまま次の路地へと曲がった。

 間もなく、ブラックウォーター家の護衛たちがユニコーンを駆り、大通りを疾走していった――彼女たちに気づくことなく。

 危なかった。

 園香は、安堵の息を吐いた。

 男と並んで歩きながら、彼女は崖際に寄り添うように建てられた木骨造の家々を通り過ぎる。

 二本先の通りで、彼は足を止めた。

 そこにあったのは、小さな箱のような建物。

 まるで、隣の建物同士の隙間に押し込まれたかのようだった。

 窓枠には花のプランターが吊るされており、鎧戸は開け放たれている。

 窮屈そうに、しかし誇り高く、隣の建物の壁に肘を押しつけるようにして立つ三階建ての家。

 それはまるで、狭さに負けじと踏ん張る、意志の強い建物のようだった。

 気遣うように、医師はパステルグリーンに塗られた扉を開け、園香を先に通した。彼女はそれに応え、軋む階段を上って、診療所のある二階へと向かった。

 ガラス製のランプが壁を照らし、木の梁が、まるで骨が肉を支えるように、壁の漆喰をしっかりと支えていた。

 診療所の中心には受付があり、そこにいた受付係が彼らを温かく迎えた。

 医師は園香を待合室の椅子に座らせると、そのまま受付の奥へと姿を消し、助手と何かを話し始めた。

 編み込み模様のジュニパーウッドの椅子に、あらゆる年代の患者たちが座り、休んでいた。中にはお茶を飲んでいる者もいる。そして――園香の目が、ある人々の特徴に釘付けになった。病を持つ者たち。

 不運な者たちの角を見た瞬間、園香の胃がひりつくように締め付けられた。もしかすると、自分のポケットの中に、その答えがあるのかもしれない。しかし、もう誰にも希望を与えるような言葉を口にするつもりはなかった。それは、佐琳が彼女に教えたことだった。

 しばらくして、助手が彼女の前に温かい飲み物を差し出した。ほのかに立ち上る湯気。口をつけると、優しいカモミールの香りが広がる。鎮痛作用のあるお茶――。本当に痛みがあったのなら、これで少しは楽になったかもしれない。だが、彼女の痛みは、どんな薬でも癒せるものではなかった。

 園香はただ、オミオのことを思い、泣きたくなった。

 助手は順番に患者たちの名前を呼び、ついに彼女の番が来た。

「お名前をお伺いしてもよろしいですか?」

「……佐琳・ウィンチェスター」園香はそう名乗った。

「ドクターがお待ちしております、ウィンチェスター様。こちらへどうぞ。」

 園香は助手の後に続き、診察室へと向かった。すでに医師が彼女を待っていた。助手が医師に何かを伝えた後、静かに部屋を後にした。

「こんにちは、ウィンチェスターさん! ちなみに、私は浅野と言います。今の体調はいかがですか?」

「良くなりました。」

「それはよかった。ですが、念のため簡単に診察させていただきますね。」

 園香は頷き、浅野医師は彼女に舌を出させ、心音と肺の音を確認した。

「胃の不調は、よくあることですか?」

「いいえ。」園香は首を振った。「それより……」

 彼女の視線が、壁に並ぶ専門書の棚へと向かう。その中には、悪魔の病に関する書籍も少なくなかった。

「先生は、この病気の原因を何だと思いますか?」

 浅野は少し困ったように笑った。「それが分かれば、私も知りたいところですね。」

「でも、何か仮説はあるのでは?」

「これまでの研究では、医学的な原因は特定されていません。細胞の振る舞いは観察できていますが、なぜそうなるのかはまったく分かっていないんです。一度発症すると、病の進行を止めることもできない。まったく……」

 彼は唇を湿らせた。

「この世界と同じくらい、狂っている病です。」

「ありがとうございます、先生。」園香は膝の上に置いたバッグを開けた。「もう一つだけ、お願いしてもいいですか?」

「もちろんです。」

 園香は、今の自分にとって最も大切なものを取り出した。「この花を、大切に育てていただけませんか?」

 浅野医師は驚いた表情を浮かべ、銀縁の眼鏡を軽く押し上げた。そして、ためらいがちに一本の茎を手に取る。

「これは……何という種類ですか? こんな花は見たことがありません。」

 園香はこぶしに軽く咳を落とした。

「……祖母の庭に咲いていたものです。祖母は最近亡くなってしまって……彼女が交配した品種が絶えてしまうのは嫌なんです。でも、私自身で世話をすることができなくて……」

 浅野医師は興味深そうに花を観察する。

「お茶に添えて飲むと、とても風味が良くなるんです。」園香はさらりと嘘をついた。「先生も、ぜひ自由に使ってください。お世話の手間賃として。それに、患者さんにも役立つかもしれませんし。」

「それはありがたいですね。ぜひお預かりします。」彼の目には、純粋な感謝の色が浮かんでいた。「こんなに美しい交配種、なかなか見られませんよ! ちなみに、この品種はどんな花の掛け合わせなのか分かりますか?」

「すみません……私、園芸にはあまり詳しくなくて。」

「なるほど。では、他に何か聞きたいことはありますか?」

「いえ、大丈夫です! いや……」園香は、自分の腕輪をじっと見つめた。 「医学に関することじゃないんですけど……」

 浅野医師は穏やかに微笑んだ。「どうぞ、気にせず聞いてください。」

「モンスターが話すことができるって、聞いたことありますか?」

 浅野医師は考え込んだ。「うーん……そうですね。ヘゾとモナンの昔話なら知っていますよ。氷のドラゴン・モナンがヘゾに語りかける場面がありましたね?」

「違います。本当の話としてです。」

「それは聞いたことがありませんね。そもそも、それが可能だとは思えません。モンスターにも声帯はありますが、それを刺激して音を出せたとしても、人間のような複雑な言語を操るには、まず非常に高度な脳の働きが必要です。」

「では、もしその高度な脳の働きを持っていたとしたら、話せる可能性は?」

「いや、それでも難しいでしょうね。脳の機能だけではなく、他にもいくつかの条件が揃わなければならないでしょう。もし私が話すモンスターに出会ったら、まずは魔法使いが何か細工をしたのではないかと疑いますよ、はは。」

 園香の全身が凍りついた。

「……ウィンチェスターさん?」浅野医師が怪訝そうに彼女を見つめる。「顔色が悪いですよ。……またお腹が痛みますか?」


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