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第23話 (1/2)

 

 前日

 

 14,605年、

 収穫期24日目。


 園香は、オミオの心臓が止まった瞬間、打ちひしがれた。

 足は彼女の体重を支えることを拒み、崩れ落ちるように膝をつき、四つん這いのまま動けなくなった。

 ~死んだ。~

 その確信が耳の奥で響いていた。

 ~死んだ。そして、それは私のせい。~

 四肢の感覚がなくなり、時間の流れすら失われた。

 この空間には、彼女と、冷たくなったオミオの体と、隔離室だけが存在していた。

 ~もう二度と、彼の笑い声を聞くことはできない。~

 ~もう二度と、彼と話すことはできない。~

 ~もう……~

 鋭い熱が彼女の喉を締めつけ、息が詰まった。

 突然、激しい恐怖が押し寄せ、呼吸ができなくなった。

 胸の痛みが酸素を奪い、息を吸うことすら許さなかった。

 熱い涙が頬を濡らしながら、苦しげに喘ぐ。

 ~なぜ、私は生きている?~

 ~なぜ、私だけ?~

「おい! お前!」誰かの声が響いた。

 猟師たちが駆けつけ、彼女をオミオから引き剥がした。

 抵抗する間もなく、彼女は馬車に押し込まれ、そのままブラックウォーター家の屋敷へと運ばれていった。

「いったい、何を考えていたの?」迎えた母の声が、屋敷に響いた。

 園香は、ただ黙って床を見つめていた。

 唇をかみしめ、まるで決壊しそうな堤防のように、必死に何かを押しとどめていた。

 ~オミオは死んだ。~

 脳裏には、何度も何度も、最後の光景が繰り返される。

 まるで、今この瞬間に意識を向けることを拒んでいるかのように。

 ~私のせいで。~

「園香!」ロッセレーヌの声が、彼女をその呪縛から引き戻した。

 ぼんやりとした目で、園香は屋敷の広間を見回した。

 そして、静かに言葉を紡ぐ。

「……スタージスたちが、地表の氷を溶かして、風車を建ててるのを見つけた。」

「……何ですって?」

「妖精たちが守っているの。あの高すぎる声を出して……危険なほどの音を……」園香は囁いた。「それに、あの氷のドラゴン……あいつは……あいつはすごく知能が高かった。隔離ゲートの仕組みを理解していた。それに……話すこともできたの。」

 ロッセレーヌの整えられた眉が苛立ちにぴくりと動いた。 「ふざけないで! 正気なの? 自分たちが何をしたのか分かっているの? お前たちが街に入れたあの氷のドラゴンは、何十人もの命を奪ったのよ! こんな大惨事、私たちの監督下で起こさせるわけにはいかない! 私たちの役目は住民を守ることよ!」

「でも、だったら……スタージスの治療薬を使えば……」

 その瞬間、堪えていたものが崩れ落ちた。

 涙が次から次へと溢れ、止まらなかった。

 こんなこと、望んでいたわけじゃないのに――

 ただ、知りたかっただけなのに――

「馬鹿なことを言わないで。治療薬なんて存在しないし、お前は病気でもなかった。」ロッセレーヌは腕を組み、冷たく言い放った。「園香、お前を次期当主にすることはできない。お前の行動はあまりにも無責任だった。……この役目は、お前の従兄に譲る。彼が次の後継者になるわ。」

 もしかすると、母はこれで彼女を傷つけられると思ったのかもしれない。

 だが、そんなことはなかった。

 もう、何も彼女を傷つけることはできなかった。

 オミオの……

 嗚咽がこみ上げ、園香は両手で顔を覆った。

「しばらくの間、外出禁止よ。」ロッセレーヌは指を鳴らし、そのまま部屋を出て行った。

 彼女の命令を受け、使用人たちが園香を自室へと連れて行った。

 そして彼女は、そこで泣き続けた。

 オミオのために。

 佐琳のために。

 自分のせいで死んだ、すべての人のために。

 なんて惨めなんだろう。どうして、こんなことにならなければならなかったのか――

 園香は雪用の防寒服を脱ぎ、鏡を見た。

 そこには、愚かで、愚かで、どうしようもない少女の顔が映っていた。

 鼻をすすった瞬間、指先に違和感を覚える。

 血が、こびりついていた。

 彼の血が――

「あ……」喉から、ひび割れたような嗚咽が漏れた。

 ~オミオ……許して……~

 視線が、防寒服のポケットに落ちた。

 ……花。

 まだ、その中に入っていた。

 園香は、小さな花束をそっと取り出し、水を張った花瓶に生けた。


 xxx


 園香は、一晩中、泣き続けた。

 何度も、何度も、どうしてこんなことが起こらなければならなかったのかと自問した。

 やがて、一輪の花がしおれ始めた。

 園香は、ただひたすら、その花が枯れていく様子を見つめ続けた。

 しかし――

 彼女の目の前で起こった変化に、息をのんだ。

 白い花弁が、まるで別の姿に変わっていく。

 それは、小さな白く透き通った星の羽が幾重にも重なったような形をしていた。

 この花を、彼女は知っていた。

 幼いころ、よく見ていたものだ。

 そして、その種の綿毛は……まるで――

 ~タンポポの綿毛とそっくりだった。~

 雷に打たれたような衝撃が園香の全身を駆け抜けた。

 ~オミオと私……私たちの仮説は、間違っていなかった。~

 これは、その証拠だ。

 園香は、苦しげに唇を噛んだ。

 もし、もっと早く気づいていれば――

 もし、あの少女を救うことができていたなら――

 彼女は弾かれたように立ち上がった。

 母に報告しなければ。

 急いで部屋の扉を開けると、そこには二人の護衛が立ちはだかっていた。

「何よこれ!? 私はただ母に会いたいだけなのに!」

「お前は今、外出禁止だ。」一人が冷たく言い放つ。「お前のためを思ってのことだ。」

「母と話をさせて!」園香は強く言い張った。

 だが、もう一人の護衛が首を横に振り、彼女の肩を押して部屋の中へと押し戻した。

 扉が閉まると、外で鍵が回る音が聞こえた。

「……くそっ!」園香は部屋の中を、焦るようにぐるぐると歩き回った。

 どうすればいい――?


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