第15話 (1/5)
3日後
14,605年、
収穫期15日目。
「あなたの名前は?」園香が尋ねた。
「佐琳。」
少女は期待に満ちた瞳で彼女を見つめた。
その瞳は、まるでアクアマリン。
流れる水のように、艶やかな茶色の髪が細い肩を優しく包んでいる。
しかし、その額には鈍く光る角が左右に伸びていた。
――それは、彼女が間もなく死ぬという、紛れもない証だった。
年齢は、八歳くらいだろうか。
いや、九歳か、もしかしたら十歳かもしれない。
だが、確かなことはひとつ。
彼女は、あまりにも幼すぎる。
それなのに――
両親は彼女を、こんな場所に置き去りにした。
希望の欠片すらない、この絶望の地に。
死を待つための病院。
病人たちを、ただゴミのように呑み込む場所。
腐敗した肉体を放置し、やがてただの死体として処理するだけの場所。
――こんなところに、佐琳を置いておくわけにはいかない。
「私なら、あなたを治せる。」園香は、自身の旅行ドラゴンを指さした。 「一緒に来ない?」
少女は嬉しそうに笑った。「治すって……殺すってこと?」
「えっ……ち、違うよ。あなたの病気を治して、長く生きられるようにしたいの。」
「そっか、残念。」佐琳はため息をついた。「早く死にたかったのに。」
そして、ゆっくりと前を見上げる。
――目の前にそびえ立つ病院を。その無機質な白い壁が、フェニックスの太陽に向かって突き刺さる氷山の頂のようにそびえていた。
「もう、あの食堂のご飯は食べたくないの。」
園香は不器用にその建物を見つめた。それはまるで雪でできているかのように、色のないまま岩の突端にそびえていた。
フェニックスの太陽の紋章さえも彩りを失い、ただ石灰岩に刻まれているだけだった。
唯一、格子窓の繊細なフレームだけが、まるで溶けてしまう運命ではないと主張するかのように存在していた。
だが、建物の外観は、まやかしを作り出そうとした失敗の産物に過ぎない。壁をいくら塗り直そうとも、血に染まった床が清められることはなく、味気ない食堂の食事が美味しくなることもないのだから。
「もし、たまには違うものが出てきたら、もう少し長く生きたいと思う?」
佐琳は人差し指で下唇を軽く突いた。「美味しいもの、持ってるの?」
「えっ……今は何も持ってないけど、途中で何か買えるよ。何が食べたい?」
まるで光に打たれたかのように、佐琳のアクアマリンの瞳が輝き始めた。「スイート・リリーのハート!それから、焼き火の花もお願い!」
佐琳の反応に、園香の唇には自然と微笑みが浮かんだ。
彼女の指示に従い、旅行ドラゴンは翼を広げた。
佐琳は斜面を登り、屋根のない車体のベンチに腰掛けてベルトを締めた。
一方、園香はスカートの裾をたくし上げ、鞍にまたがると、一方の足をあぶみにかけ、もう一方をゆるく鞍の角に絡ませた。
一回りの飛行を終えると、彼女たちはセント・ウィリアムズ地区に降り立ち、ドラゴンを繋留所に結びつけた後、ハート通りを歩いた。
道の両側には屋台がぎっしりと並び、無数のランタンを吊るしたガーランドがそれらを縫い合わせるように飾られていた。
可愛らしい小屋が隙間なく押し合い、その間にカウンターやバースツールが置かれ、時にはベンチやテーブルも設けられ、とにかく大勢の人々で賑わっていた。
香ばしくスパイシーな匂いが、訪れる者たちを誘惑するように漂っていた。その空気を吸い込めば、誰の胃袋も必ずや食べ物を求めて鳴き出すに違いなかった。
そこかしこで油の焼ける音、肉の焼ける音、煮立つ音が響く。料理人たちは熱々の油に生地を沈め、パティをフライパンで振り、スパイスを効かせた熱々のシチューを仕上げていた。
ここでは、誰の舌をも満足させる料理が揃っていた。カリカリに揚げた妖精、ユニコーンのグーラッシュ、じっくり煮込んだバラの花、燻製の人魚の尾の切り身、そして花の香るヌードルスープ、団子、サラダまで。
病院が死の静寂に包まれているのとは対照的に、火の市場は生命に溢れていた。
園香は屋台のひとつで、甘くてスパイシーな花を使った料理を注文した。
それを受け取ると、佐琳は喜びのあまり園香の首に飛びついた。「すっごく美味しそう!ありがとう、ありがとう、ありがとう!」
興奮した様子で花を木の串に刺し、そのまま口に放り込んだ。
しかし、次の瞬間――
佐琳の口はまるで引き出しのようにガバッと開き、顔はあっという間に深紅に染まった。
「熱いから気をつけなよ。ほら、お水いる?」園香は水のボトルを差し出した。
佐琳は感謝しながらそれを受け取り、舌の火傷を冷ました。そして、次のひと口を食べる前には、今度はしっかり息を吹きかけて冷ますことにした。
「悪魔女だ……」通りすがりの女性が低く呟いた。「関わらないほうがいいわよ。」
「こんなやつを外で歩かせるべきじゃない。」別の男がボソッと言った。「触れると不幸を呼ぶんだぞ。」
佐琳は小さく縮こまり、目をぎゅっとつむった。長いセーターの袖で顔を隠し、両手で必死に自分の角を覆い隠そうとした。
さらに周囲の歩行者たちも次々と似たような言葉を吐き捨てる。
その光景に、園香の怒りが爆発した。
彼女はくるりとその無知な輩たちの方を向き、強い口調で叫んだ。
「この病気はうつらない!それに、不幸を呼ぶなんてこともない!そんなのとっくに科学的に証明されてるのよ!少しは最新の本を読んだらどう?無知な小麦袋ども!」
「なんて無礼な!」と、周囲の人々が口々に騒ぎ立てた。
さらなる揉め事を避けるため、園香は食事の入った箱を腕に抱え、佐琳のセーターの裾を引いた。
「行こう。こんなの、気にすることないよ。」
佐琳はすぐには動かなかった。セーターの袖の隙間から、恐る恐る外の様子を窺っていた。
「君はもっといい扱いを受けるべきだよ。」園香は手を差し出した。
そして、佐琳はその手を取った。
ハート通りを歩く間ずっと、園香は彼女の手を握り続けていた。
「ねえ……本当に、私は不幸を呼ばないの?」佐琳のアクアマリンの瞳が、今にも溶けてしまいそうだった。「……ママは、そうじゃないって言ってたの。」 鼻をすすりながら、彼女は小さな声で言った。
その言葉に、園香は足を止め、勢いよく振り向いた。
「君のママは、さっきの通行人と同じで、ただ知らなかっただけ。でも、大事なのは、私たちが真実を知っているってこと。」
「それなら……私のママにも、真実を教えてくれる?」
佐琳の悲しげな表情に、園香の胸が締めつけられた。
だから、彼女は迷わず約束した。「もちろん。」
すると、佐琳の表情が少し和らいだ。そして、小さく「ありがとう」と呟いた。
火の市場を後にした園香は、そのまま旅行ドラゴンを操り、スタージス家のシャトーへと向かった。
佐琳の視線は、古い城壁に釘付けになっていた。
この建物をこんなにも美しくしているのは、果たしてどの石なのか——その答えを見つけるかのように、彼女の目は一つひとつを丹念に追いかけていた。
しかし、その答えは一つではなかった。
すべての石が、その美しさを形作っていた。
園香は、それを知っていた。
彼女が門を叩く必要はなかった。
ブラックウォーター家の後継者である園香は、門番たちにもよく知られており、いつも通り何の問いもなく迎え入れられた。そして、佐琳も共に——
園香はドラゴンから降り、馬車から佐琳を手助けしながら降ろすと、その手を引いて二つの門をくぐり、城の中へと足を踏み入れた。
高くそびえるアーチ窓を横切り、長く連なる絵画の間を進み、光を映す花崗岩の床を踏みしめながら、テラスを越え、庭へと向かう。
——儀式の場へと。
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「一週間後にまた来るよ。」一時間後、園香は佐琳を病院の前に送り届けながら、そう告げた。「その頃には、症状も全部なくなっているはずだから。」
「もし治らなくても、すごく感謝してるよ!」佐琳は楽しげに微笑み、両手を伸ばして大きなあくびをした。「焼き火の花、久しぶりに食べられたんだもん!」
園香の目が鋭く細められる。「そんなこと言わないの!来週また迎えに来るから。そのときは、また美味しいものを食べに行こうね?」
その言葉を聞くや否や、佐琳は勢いよく園香の首に抱きつき、ぎゅっと強く抱きしめた。




