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第14話 (9/9)

 

 十一日後


 第14,605年

 収穫の時期 第12日目。

 

 園香は、シュタージス家のシャトーにある天井まで届く窓の前に立ち、フェニックスの太陽の光を浴びながら、そっと手を掲げた。

 もう千回は確認しただろう。――何度見ても、肌は滑らかだった。

 もう一本の糸すら、どこにもない。

「それ、ずいぶんと分かりやすいアピールじゃない?」オミオが笑いながら隣に立った。

 彼は今や園香を遥かに見下ろすほどの背丈になっていた。

 かつてのひょろっとした少年の面影は薄れ、モンスター猟師の修行を始めて以来、日ごとに肩幅が広がり、体つきも逞しくなってきていた。

 それでも、あの輝く灰褐色の瞳だけは変わらなかった。

 そして、どんなときも崩れない彼の楽観的な笑みも。

 園香は慌てて手を下ろした。「何のことか分からないわ!」

 オミオは腕を頭の後ろで組んだ。

 誕生日の招待客のほとんどは、フォーマルな服装に身を包んでいた。

 だが、彼はトレーニングウェア姿で堂々と現れた。――そんな礼儀なんて、パブロンには関係なかった。

「いやー、どう見ても指輪が欲しいってアピールしてるようにしか見えないんだけど?」

 その瞬間、園香の顔に熱がこもった。「バカなこと言わないで! そんなわけ……」彼女の思考は途切れた。

 今日、ウェザロンはすべてを知る日だった。

 その後なら、彼に聞けるかもしれない。

 ――なぜ自分がまだ生きているのか。

 いまだに理解できなかった。

「大丈夫?」オミオが心配そうに、そっと肩に手を置く。

「大丈夫!」園香は慌てて答えた。「うん、本当に平気。ただ……」彼女の視線は、イベントに集う洗練された上流階級の人々をなぞる。「……この病の原因が知りたいの。」

「それは皆が知りたいことだよ。」オミオはそう言って、にっと笑った。

「でもさ、きっといつか解明できるよ! それに治療法も見つけてさ、その次は氷を溶かして地上を取り戻す!そうなったら、毎晩星空の下で眠れるんだぜ!」

 園香はびくっと身を震わせた。

 オミオは首をかしげる。「え、俺なんか変なこと言った?」

「ううん。ただ…… ううん、分からない。」彼女は腕輪を指でいじりながら、ため息をついた。「本当は誰にも言っちゃいけないんだけど……でも、オミオも今年十八になるでしょ? だから、今知っても問題ないはず。私たち四人は、誕生日に全員秘密を知らされるって言われてるの。」

 オミオは眉をひそめた。「何の……話?」

 園香は、心を決めて話し始めた。自分の手の甲に現れた粘つく糸のこと。ビエラ・スタージス博士のこと。

 そして――あの儀式のこと。それが終わった後、病の症状が消えていったことも。

 話し終えると、オミオは目を見開いた。

「すげえな、それ……。」彼は腕を組み、じっくりと考え込んだ。「……かなりの大事じゃん。」

 やがて、ぽつりと呟く。「でもさ、彼らなりの理由があるんだろう。ここはおとなしく待つのが一番じゃないか?」


 xxx


 園香は、オミオの言うことが正しいのだろうと理解していた。

 ――それを隠すには、それなりの理由があるはずだ。

 だが、それでも彼女はじっと半年も待っていられなかった。

 何もしないまま、指をくわえて見ているなんて――絶対に無理だった。

 この不確かさが、彼女を押し潰しそうだった。

 もう、今すぐにでも知りたかった。

 今夜もまた、シーツの中で眠れずに身をよじりながら、

「なぜ、自分だけが生きることを許されたのか?」そんな問いに苦しむのは、もう耐えられない。

 彼女は図書館の扉の前で待ち続けた。儀式が終わる、その時まで。

 指先でオーク材に彫られたセージの花をなぞる。

 何度も、何度も――赤い塗料は剥がれることなく、透明なニスがそれをしっかりと封じ込めていた。

 そして。

 扉が開き、ウェザロンが姿を現した。

 彼の瞳が、何か違っていた。

 ――静かだった。

 あまりにも、静かすぎた。

 異様なまでに、落ち着きすぎていた。

 まるで、何もかもが空っぽになったかのように。

 あの、生意気で騒がしい彼の姿は、そこにはなかった。

 シアンの瞳に光はなかった。

 まるで、何かが――彼の中で死んでしまったかのように。

「何を知ったの?」園香は問い詰めた。

 しかし、ウェザロンは彼女を見ようとせず、磨き上げられた御影石の床に視線を落とした。そこには、二人のシルエットが影のように映り込んでいた。

「……これでいいんだ。」

「どういう意味? ウェザロン! 教えて。どうして私はまだ生きているの?」

 ウェザロンは唇を噛んだ。言葉にならない葛藤が、その仕草ににじむ。

「もし治療法があるなら、どうして皆に分け与えないの? そうすれば――」

「待てって!」彼は突然、園香の言葉を遮った。「誕生日まで待て。そしたら、お前にも分かる。」

「図書館で何を見せられたの?」

 ウェザロンは深く息を吐いた。「……信じてくれ。」

 ――だが、それが園香にとって最も難しいことだった。


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