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第14話 (5/9)

 

 五年後


 第14,605年

 収穫期 第1日。


「園香、それは何だ?」ウェザロンは不安そうに彼女の手を取り、じっくりと観察した。

 透明感のある銀色の細い糸が、手の甲を縁取るように広がり、人差し指の第一関節を越えて伸びていた。

 その輝きは、彼女の腕輪に飾られたクリスタルブロッサムと同じく、虹色に煌めいていた。

 園香はさっと手を引っ込め、もう片方の手で不自然な模様を覆った。「……何でもないわ。」

 彼らは、ブラックウォーター邸の大広間にいた。

 そこには、絢爛豪華な装飾に囲まれた世界が広がっていた。

 今年の株主総会が終わり、いよいよ宴の時間が始まったのだった。

 ホールには、多くの客が集まり、歓談し、踊り、ビュッフェから豪華なフィンガーフードをつまんでいた。

 グラスに注がれた妖精の血を掲げ、新たな四半期の始まりと豊かな収穫期を祝っていた。

 四重奏のバイオリンが、華やかな旋律を奏でていた。

「すぐにロッセレーヌに見せるんだ!」ウェザロンの声は震えていた。

 祝宴のために、彼は赤毛を整え、蝶ネクタイ付きのタキシードを着ていた。本来ならきっと格好良く見えたはずだ。しかし、今の彼の顔は恐怖に歪んでいた。

 無理もない。彼の反応を責めることはできなかった。

 彼女自身、この手の甲に張り付いた粘つく糸が何を意味するのか、誰よりも理解していた。そして、ニューシティの誰もが、それを知っていた。

「それが何になるの?」彼女は必死に瞬きをして、込み上げる絶望を追い払おうとした。まぶたを叩く涙も一緒に――彼には、泣いているところを見られたくなかった。「何が起こるのかなんて、もう分かってる。母さんに何ができるっていうの?」

「お前が言わないなら、俺が言う!何かしらの解決策を見つけてやる!」

 彼の頬の白さが、徐々に赤みを帯びていく。いつもそうだった。強い感情に駆られると、彼はすぐに顔を染めてしまう。

「待って!」彼女が叫ぶと同時に、彼はすでに足早に歩き去っていた。

 悲しげに、彼女は手の甲を見つめた。そこでは、肌がゆっくりと変化しながら、彼女の破滅を予言していた。

 もう、時間は残されていない。

 唇がかすかに歪む。そして――

 ウェザロンが戻ってきた。

 彼の後ろには二人の母親がいた。彼自身の母、そして園香の母。

「手を見せなさい。」ロッセレーヌが手を差し出した。

 彼女の優雅な体を包んでいたのは、場にふさわしいエレガントなエチュードドレス。その深い青の髪はシニヨンに結い上げられ、耳元のサファイアの輝きがひときわ目を引く。

 ロッセレーヌ・ブラックウォーターを目の当たりにすれば、誰もが彼女が人類最高決定機関の一員であることを疑わなかった。

 その透けることのない表情には、圧倒的な権力、自信、そして洗練された威厳が滲んでいる。

 ――もし、この不気味な糸さえ現れなければ。その全てを、いつか園香が受け継いでいたはずなのに。

 嫌々ながら、園香は命令に従った。母の顔を見上げる勇気はなかった。彼女の反応が怖かった。

 取り返しのつかない悲しみを与えてしまうことが、何よりも――

「それは問題ないわ。」

 ロッセレーヌがそう言った瞬間、園香の体がこわばった。「……問題ない?どういう意味?」

 ウェザロンも驚いた表情で、ロッセレーヌと母親の間を見比べた。

 ビエラ・スタージス博士も、ブラックウォーター家の当主と同じく、まるで何事もないかのように平然としていた。

 ロッセレーヌは冷静なままだった。「園香、今すぐスタージス博士と一緒に行きなさい。」

「何をするつもりだ?!」ウェザロンが問い詰める。「まさか、彼女を……」

 その瞬間、母の視線が彼を静かに制した。

 淡い茶色のボブの下で、クリスタルブルーの瞳が鋭く光る。まるで砂の中に埋もれた宝石のように。

 彼女のイブニングドレスは、近づいた者だけが気づくほどの上質なシルクで仕立てられていた。その一着が、彼女の持つ権力と富を雄弁に物語っている。

「あなたの想像力が豊かすぎるのよ。」ビエラはそう言うと、わずかに目を細めながら園香を見た。「私は彼女を助けるわ。そして、あなたたち二人は……いずれ全てを知ることになる。あなたたちが成人したその日、この世界の真実を教えてあげる。図書館にあるものを見せよう。そうすれば、なぜこうするしかないのか、理解できるはず。私たちがすることは、すべて家族のためよ。」

 ロッセレーヌがウェザロンの方へ顔を向けた。「今日、お前は園香の手を見ていない。それでいいわね?」

 不安げに、彼は彼女を見つめた。

「ウェザロン。」ビエラの声は厳かだった。「あなたの誕生日まで、もうすぐよ。それまで口を閉じていなさい。」

「園香について行ってもいい?」彼が尋ねると、ビエラは頷いた。

「家までなら、いいわ。」

 園香は母の顔を見つめた。しかし、長く密集したまつ毛の奥にある視線からは、何の感情も読み取れなかった。

「私は、この病気で死ぬの?」

 ロッセレーヌは目を閉じた。「ばかなことを言わないで、園香。あなたは病気なんかじゃない。」


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