第14話 (1/9)
現在の出来事の5年前。
第14,600年、
光時の48日目。
「こんなところで何をしている?」
驚いて、園香は冷たい手すりから手を離した。
まるで鋼鉄に噛みつかれたかのように、指先にはまだその冷たさが残っていた。
彼女がくるりと振り向くと、肩にかかる濃紺の髪が揺れた。
革靴のソールが金属の床を踏みつけると、まるで助けを求める悲鳴のように甲高い音を上げた。
しかし、もう逃げられない。見つかってしまったのだ。
ためらいがちに顔を上げると、そこには不機嫌そうな用務員の顔があった。
ネオンライトの刺すような白い光が彼の目から温かみを奪い、ただ深い影だけを残していた。
鋼鉄のつま先を持つ安全靴だけが、彼自身よりも生き生きとした光沢を放っている。まるで、自分が彼の灰色の作業着のように色あせていなくてよかったと喜んでいるかのように。
彼の胸にはブラックウォーターの紋章が刻まれていた――黒い心臓、その上に輝くティアラ。
それは、園香の家の紋章であり、ニューシティで最も強大な権力の象徴だった。
そして、それこそが彼女の免罪符。
もしも使用人たちが、彼女の両親に密告することを恐れるのなら、彼女は好き勝手に振る舞うことができた。
だが、この用務員は違った。
「こんなところは、お嬢さんの来る場所じゃない。」
彼は金属橋の先、ずっと奥にある連絡扉を指さした。その向こうには次の建物が続き、さらにその先には、美しく裕福な者たちが集う『まともな世界』が広がっている。
すなわち、園香の世界だ。
「それに、まだ卒業もしていないだろう? 今すべきことは、勉強じゃないのか?」
もしかすると、この用務員は、ただの心優しい父親なのかもしれない。
若かったはずの顔は、長年の心配事に蝕まれ、今ではただ深い皺だけが刻まれている。
園香は従順に彼の指示に従う前に、最後にもう一度手すりの向こうを見下ろした。
足元には、囲いがあった。
それは冷酷な檻。無機質な金網でできた、背が高く、網目が細かい――まるで執着に取り憑かれた母親のようだった。愛情を所有欲と履き違え、決して逃がそうとしない狂気の母親。
その格子に閉じ込められた無数の一角獣たちは、互いに押し合い、擦れ合い、その鋭い角で傷つけあっていた。
身動きが取れないほどの密集のせいで、多くのモンスターは裂傷や切り傷を負い、痛々しい傷口をさらしている。
彼らの丸い瞳はどこまでも濁っていた。まるで、すでに死んでいるかのように。
これは単なる飼育施設ではない。
生ける屍たちの収容所だ。
そこに充満するのは、乾いた藁と獣の毛のにおい、鼻を刺すアンモニアの刺激臭、そして血と鉄の匂いが入り混じった、どこまでもむせかえるような空気。
園香は嫌々ながらも、用務員の後に続いた。
金属橋を進むにつれ、彼女の視界には次々と空っぽの檻が並んでいく。
一つ一つ、規則的に並ぶ鉄格子の列。
この牢獄のような檻は何のために使われているのか――?
そう思った瞬間、答えを知るべきではない気がして、彼女はその考えを振り払った。
時折、コンクリートの床には乾いた血の跡がこびりついていた。
彼らは生産施設を後にした。
連絡扉が音を立てて閉まった瞬間、背後の汚れた現実は、まるで遠い夢のように霧散していった。
空気が、一変する。
まるで冷水を浴びせられたかのように、まとわりついていた悪臭が一瞬で洗い流された。
用務員は園香を、本来いるべき場所へと送り届けた。
赤い絨毯が敷かれた廊下を進み、洗練された壁灯が並ぶ空間を抜け、高窓の光が差し込む回廊へと導いていく。
やがて彼らは別棟の管理棟へと辿り着いた。
そこでは、華やかに着飾った秘書たちが、片手に重要書類、もう片手にホットドリンクを携えながら、傲慢なほどの余裕を持って廊下を闊歩していた。
まるで、自分たちの人生が永遠に続くものだと信じているかのように。
安全だと、疑いもせずに。園香が大人になれば、彼女もきっとその一員になるのだろう。
選ばれた者だけが属する未来――神々によって石に刻まれた運命。ただ、彼女が偶然にもロッセレーヌ・ブラックウォーターの娘として生まれた、という理由だけで。
他の3人の子供たちもまた、同じように見事な才能を発揮していた。
彼らは皆、それぞれ世界の4分の1を所有していた――ある者はより大きく、ある者はより小さく。
だからこそ、大人たちは彼らを絵の具のように一つのパレットに並べ、互いに混ざり合うことを期待したのだ。
用務員は、すでに慎重に色づけされたキャンバスの上に園香を降ろした。
光が降り注ぐ部屋。
柔らかなベルベットのカーテン、本で埋め尽くされた壁と、控えめな棚。
バラの木のように上品な色合いのテーブル。そして、その周りには繊細な彫刻が施された椅子が並び、そこに3人の少年たちが座っていた。
誰一人として、13歳を超える者はいない。
「次に誰か一人でも施設にいるのを見つけたら、親御さんに報告するからな!」用務員はそう警告すると、園香をサロンの中に残し、扉を閉めた。
少年たちは、それまでトランプをしていた。
園香が部屋に入ると、ウェザロンは手を止めた。
シアンブルーの瞳で、頭の先からつま先までじっくりと彼女を見つめる。まるで、無事であることを確認するかのように。
それが済むと、視線は彼女のAラインのドレスの裾からコルセットへ、さらに上へと滑り、最後に顔へとたどり着いた。
そこで二人の視線が絡み合う。
彼もまた、スタージス家の血を引く者だった。鮮やかな赤髪――それが何よりの証拠だ。
ニューシティでは、スタージス家の者を見分けるのに鋭い観察眼など必要なかった。
道ですれ違った瞬間、その燃え盛るような赤に目を奪われれば、それがスタージスの一族であると一目で分かった。
色覚異常でない限り、誰もが知っている。
ウェザロンの燃えるような赤毛の下に、いたずらっぽい笑みが浮かんだ。
「で、どこまで行けた?」
「あなたよりは先まで。」園香がそう言い返すと、他の二人の少年たちが爆笑した。
「どうせ、そのうち誰にも邪魔されず、好きなことができるようになるさ。」オミオが呟いた。無邪気で自信に満ちた声――それこそが、パブロン家の者に宿る誇りだった。彼の父は、いつか軍を継ぐ男。
オミオは、その血を色濃く受け継いでいた。それを示すのは、その堂々とした態度だけではない。
黒髪は無造作に前髪を作り、その下で鋭い目が光る。まるで荒涼とした岩肌のような灰褐色を帯びた瞳。だが、そこにはフェニックスの太陽のような熱と輝きがあった。
オミオは細い腕を後頭部で組みながら、二人をじっと見据えた。「なあ、どうしてそんなに今すぐ地上を見たいんだ?」
「自分がどれくらい生きられるか、分からないから。」園香はそう言いながら、手首に輝くブレスレットを見つめた。白金の輪から、小さな花の蕾のようなクリスタルが咲き誇っている。「もしかしたら、私もあの病気にかかるかもしれない。他のみんなみたいに、大人になれないかもしれない。だからこそ、夢は今のうちに叶えないと。そうしないと、私は一生、星を見ることもなく終わるかもしれないから。」
「ずいぶん悲観的だな。」ウェザロンは目を閉じ、手札を滑らせるように重ね合わせると、束になったカードをテーブルにトンっと叩きつけた。
鈍い音が響き、彼の言葉に無言の同意を示しているかのようだった。
「次は俺も行く!」オミオが勢いよく言った。
園香の目が見開かれる。「本当に?」
彼はいたずらっぽく笑った。「もちろんさ! みんなで一緒に地上に出るんだ! そして夜空を見上げて…どうやったらこのクソみたいな氷を全部溶かせるか、考えようぜ!」
ルディは静かに手札をテーブルに置いた。
それは勝てる手だった。
もし伏せたままでいたら、間違いなくこの勝負に勝っていただろう。
…もっとも、彼にとって勝利なんて必要のないものだった。
彼の家は、それほどまでに裕福だった。
何をしようが、何に失敗しようが、彼は一生、ブラックウォーター家のすぐ隣、第二位に立ち続けることができる。
だが、フォールドの家柄は、外見からは分からなかった。
彼は他の少年たちと同じように、シンプルな半ズボンに、無地のポロシャツを着ていた。刺繍の入った襟は、確かに上品だったが、それだけで特権階級を証明するには至らない。
慎重に顔を上げると、彼の髪は淡い金色の光を帯び、わずかに揺れた。そして、氷のように冷たい灰色の瞳の奥には、抑えきれない冒険への衝動が宿っていた。
「ぼ、僕も…一緒に行きたい。」
「お前も? 本気で言ってるのか?」ウェザロンが鼻を鳴らした。「お前ら、どうかしてるぞ。上の世界は平均気温マイナス50度だ! それに、モンスターがそこら中に潜んでるんだぞ? どれだけ簡単に死ねる場所か、分かってんのか?」
「死ぬのなんて、どこだって簡単だろ?」オミオが軽く両手を上げて、肩をすくめた。「お前がただの臆病者なだけさ。」
「違う!」ウェザロンの頬が赤く染まる。まるで、その燃えるような赤毛と競い合うかのように。「俺はただ、自殺志願者じゃないってだけだ! でもまあ…お前らみたいなバカを放っておくのも、気が引けるしな。」
その言葉を聞いた瞬間、園香の口元に微かな微笑みが浮かんだ。「ありがとう。」
ウェザロンの頬に広がっていた赤みは、みるみるうちに顔全体へと広がっていった。