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第47B話 (2/19)

 

 9か月後


 14,575年

 光期の第6日



 ルシンダは赤ん坊を腕に抱え、孤児院の前に立っていた。

 まるで自分の運命を悟っているかのように、その子は泣き叫んでいた。

 頭にある妖精の血のように赤い産毛が、彼女に思い出させた。

 ――この望まれぬ子をやっと手放せるのだと。

 悪夢は、終わる。

 そして、ルシンダはようやく自分の元の生活を取り戻せる。

 朝から晩まで、週六日、畑で花を摘む呪われた日々。

 ただ屋根のある場所と、温かい水を得るためだけに。

 ただ、生き延びるためだけに。

「本当に、よろしいのですか?」孤児院のマザーが、新生児を受け取りながらたずねた。

 男の子は、生まれてまだ一日しか経っていなかった。

「もし気が変わっても、他の家族に引き取られてしまえば、もう取り戻せません。」

「間違いないわ。」ルシンダは冷たく答え、背を向けてその場を後にした。

 肩の荷がすっと下りたようだった。

 一歩一歩進むたびに、心が軽くなっていく。

 彼女は坂道を下り、姉の家を目指して歩いた。

 二階建ての木骨造の家は、高台の良い地区に建っていた。

 そこからは、ニューシティの街並みを見下ろせた。

 手入れされた庭は、義兄の収入の良さを物語っていた。

 疲れた体を引きずるようにして、ルシンダは鉄のバラのアーチをくぐり、赤い扉の前でノックした。

 手には、街の露店で買った安物のマリーゴールドクッキーの箱。

 出産の疲労がまだ全身に残っていた。

 休まなければならなかった。

 この状態では、花の農場へ戻る旅にはとても耐えられそうになかった。

 キーッと音を立てて、赤い扉が開いた。

「大丈夫だったの?」姉が心配そうに出迎えた。そのアクアマリンの瞳は、まるで自分の子を手放したかのように潤んでいた。

 リビングからは三つ子たちの甘えた声が聞こえていた。

「最悪よ。」ルシンダは正直に答え、クッキーの箱を手渡した。今は何よりも、睡眠と痛み止めが必要だった。

 姉は優しく、ルシンダの腕に触れた。「最近、小さなアパートを買ったの。そこなら、家賃も安いし住めると思う。福祉の支援があれば、数年は働かなくても大丈夫だと思う。」

「ジャーメイン。」ルシンダは首を回し、天井を見上げるように言った。「私があの子を育てたくないのは、わかってるでしょ。だって……」

「……私生児でしょ?わかってるわよ。でも、あの子は子供よ。あなたの子よ!」姉は腰に手を当て、まっすぐに言った。「父親の罪を、その子に背負わせないで!」

 ルシンダは姉を押しのけて、家の中へ入っていった。「みんなが、魔法使いと結婚できるわけじゃないのよ。」階段を上りながら、途中で足を止め、姉に冷ややかな視線を送った。「だから、私のことを勝手に判断しないで。私の靴で歩いたこともないくせに。」

 姉は言葉を失ったまま、廊下に取り残された。

 ルシンダはそのまま、二階の客間に閉じこもった。

 疲れていた。

 とにかく、疲れきっていた。



 xxx


 花の農場に戻ったルシンダは、これまでと同じように日々を過ごした。

 魅惑的なバラの香りに包まれて。

 どの日も似たようなもので、日付を忘れてしまうことがよくあった。

 昨日も、今日も、明日も――ほとんど区別がつかない。

 時間は止まったままだった。

 丸々二週間。

 そして、彼が戻ってきた。

 あのワインレッドの髪の男。彼女の上司。

 ルシンダは、茂みの間から彼の姿を見つけた瞬間、身震いした。

 彼はチームリーダーたちと共に荷物を確認していた。

 彼が振り返る。

 そして、彼女と目が合った。

 ルシンダは、あの男の顔に軽蔑の笑みか、何らかの脅しの表情を予想していた。

 だが――彼の目は、彼女を素通りした。

 まるで彼女という存在が、そこにいないかのように。

 この男は――彼女のことを忘れていた。

 その瞬間、何かが深く揺らいだ。

 自分の人生が、こんなにも無意味だったことが信じられなかった。

 まるで、自分が潰された妖精で、彼の靴の裏に貼り付いているような気がした。

 毎日、毎日、彼女はこの男のために働いていた。

 彼をさらに金持ちにするために。

 ここにいる誰もが、そうだった。

 ルシンダは、共に花を摘んでいる他の女性たちを見回した。

 その多くは、彼女と同じように貧しい家庭の出身で、十三歳かそれ以前に学校を辞めさせられ、労働市場では無価値と見なされていた。

 彼女たちには、逃げ道なんてなかった。

 その日のうちに、ルシンダは退職届を出し、

 そして――マリーゴールドクッキーの箱を一つ、買った。


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