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第49A話 (3/3)

 

 3年前


 14,602年

 闇の時期 第10日



「任務中は、その都度いろんな部隊に配属されることになる。常に突撃班や偵察部隊にいるわけじゃない。今日は警備隊で、明日は解体班かもしれん。役割も、上官も、日々変わる。だからこそ大切なのは、常に上からの命令に従うことだ。“敬意”こそが、俺たちをひとつの集団としてまとめている。」

 サージェント・テスロはそう言って、研修生の猟師たちを手招きし、ホールの中へと誘導した。

 そこは工業施設のような空間で、床には碁盤の目のように複数のマットが敷かれていた。

 その上には、丘のように盛り上がったシートが被せられている。

 下に何があるのかは、完全に覆い隠されていた。

 テスロは二人一組で、マットごとに研修生を割り当てていった。

 フレームのペアは、ディリーだった。

 テスロの合図で、二人はシートをめくった。

 そこにあったのは――若い氷竜の死体だった。

 その瞬間、フレームの胃がひっくり返った。

 強烈な臭いを無視しようと必死に努め、込み上げる吐き気を抑えた。

 ディリーもまた、鼻をひくつかせて顔をしかめた。

 テスロは、カートの上に並べられた数多の解体用ナイフと工具の中から一本のナイフを手に取った。

「今日は獲物の解体訓練だ。最初に終えた者は、ランクを5つ上げる。」

 フレームは死体の前で凍りついたように立ち尽くした。

 とてもじゃないが、この死骸を捌くことなどできそうになかった。

 氷竜の頭部は、スノーを思い起こさせた。

 サイズが大きくなっただけで、面影がそのまま残っていた。

 スノーが年を取っていたら、きっとこんな姿になっていたに違いない。

 この体にナイフを突き立てるということは、

 かつての親友を切り裂くようなものだった。

 ディリーは、意を決したように解体包丁を手に取り、刃を研ぎ始めた。

 そして、ためらいなくモンスターに近づいていく。

 フレームは目をきつく閉じた。

「大丈夫?」ディリーが手を止めて尋ねた。

 フレームは息を飲み込んだ。「無理だ……。」

 数秒の沈黙の後、彼女は聞いた。「血を見るのがダメ?」

 フレームは、朝ごはんと涙をどうにか飲み込もうと必死だった。「いや、たぶん違う。血っていうより……。」

 ディリーの唇がわずかに歪んだ。「じゃあ、私がやるね。」

 彼女はフレームを脇へ押しのけ、迷いなくナイフを突き立てた。

 腹部に――

 フレームはよく覚えていた。あそこは、スノーがとても柔らかかった場所だった。

 それを思い出した瞬間、彼は顔を背けた。

 もう、これ以上は見ていられなかった。

 そのとき、サージェント・テスロが見回りにやってきた。

 ディリーは素早くナイフをテスロの手に押し込んだ。

 テスロは何も気づかなかった。

 ただ一つ、無言でうなずいただけだった。

 ディリーがひとりで若い氷竜の解体に取り組んでいたため、

 彼らのチームは、作業完了が最後の方になってしまった。

 だが、ディリーはそれをまったく気にする様子はなかった。

 フレームが手伝えなかったことを、責めることもなかった。

 授業が終わった後、手洗い場で血を洗い流しながら、フレームは申し訳なさそうに言った。「ごめん。俺のせいで、ランク下がっちゃった。」

 ディリーは軽く手を振った。「いいのいいの。ランクなんて気にしてない。」

「ほんとに?みんなそれ目当てでここにいるじゃん。給料いいからさ。」

 ラヴァット以外は、と思ったが、フレームはそれを口にしなかった。

「私は違うよ。この研修を受ける理由は、他にあるの。」と彼女は言った。

「じゃあ……どうして?」フレームには想像すらつかなかった。

 こんな危険な職業、普通なら誰も進んで選ばない。

 ディリーは石けんを泡立てながら、にっこり笑った。「だってさ、ここには君みたいなイケメンがたくさんいるんだもん!」

 その瞬間、フレームの顔は真っ赤に染まった。「……男探しで来たのか?」

「違うよ、結婚したいわけじゃないし。ちょっと見るだけ~。」

 あまりにも動揺していたフレームの顔を見て、ディリーは吹き出した。

「安心して!変なことはしないから!」

「……本当?」

「本当だってば!」

「どうして結婚したくないの?」フレームは自分の姉や、昔のクラスの女の子たちのことを思い出した。

 ニューシティでは、結婚は一般的なことだった。

 もちろん例外はあったが、人生は短い。

 とくに猟師という職に就いている者は、自分の残り時間がどれほどかなど分からない。

 だからこそ、その限られた時間を楽しむことが大切なのだ。

「たぶん……誰にも愛されることなんてないと思う。」ディリーは小さな声で言った。「本当の愛なんて、フィクションの中にしかない。全部、ただの幻想よ。」

 フレームは濡れた手を拭きながら、別の洗面台の方を見た。

 仲間たちがそこで汚れや血を洗い流していた。「そんなこと言うなよ。君ってすごく可愛いし、性格もいいし、チームの半分はきっと君のこと好きだと思うよ。」

「優しいね、ありがとう。」ディリーは微笑んだ。感謝と、少しの哀しさが混じった笑顔だった。まるで、自分のことを信じていないかのような、そんな笑み。「フレームは?君は結婚したいの?」

「いや……たぶん、しないかな。」とフレームは答えた。「毎日のように、父の妻たちが心配で苦しんでる姿を見てたからさ。誰にも、あんな思いはさせたくない。」

「でも、きっと君はいい旦那さんになるよ。」ディリーはそう言って、ふっと笑った。「そういう考え方ができる人こそ、本当に優しいんだと思う。

 君はすごく素敵な人だよ、フレーム。だから、君と同じくらい素敵な女性に出会えることを願ってる。」

 ――その日から、ディリーは解体訓練のたびに、必ずと言っていいほどフレームとペアになるように不正をした。

 おかげでフレームは、三年間、一度もモンスターの死体に自分の手でメスを入れることなく乗り切ることができた。

 そして授業が終わった後、こっそり涙を流すとき、ディリーは何も言わずについてきて、ティッシュや、場合によっては吐くためのバケツを差し出してくれた。

 誰かが町の兵舎で泣いているフレームを見つけそうになると、ディリーはいつも変なナンパ台詞で相手を追い払った。

 たとえば――

「会いに来てくれたんでしょ? 私も君のもっと見たいな〜♡」

「おっとぉ、注文してたシックスパックが来たぁ!」

「自分で脱ぐ? それとも手伝ってあげよっか?」

 毎回、フレームは笑いをこらえるのに必死だった。

 ディリーは一日中冗談を言って騒いでいたが、フレームの解体苦手について、誰かに話したことは一度もなかった。

 もし彼女がいなければ、この研修はこんなに楽に乗り越えられなかっただろう。

 スノーの死によってできた傷も、

 もっと深く、もっと鋭く、彼の心に突き刺さったままだったに違いない。


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