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第42話 (4/5)

 

 午後いっぱい、ヴァヴァリーと香取は図書館で勉強して過ごした。真だけは別の用事があった。スタージス家の一員である彼女にとって、名声も財産もすでに備わっており、試験になど興味がないのも当然だった。

「お腹すいたー!」とヴァヴァリーが叫び、両腕を伸ばした。「熱々のユリの心臓、食べに行かない?いいお店知ってるの。」

 香取はうなずいた。勉強で彼女の胃もすっかりやられていた。

 ハート通りの電飾の下を歩き、ふたりはやがて火の市場にたどり着いた。

 香ばしい香りが空気中に染み込み、湯気が鍋から立ち上り、フライパンではスパイスの効いた料理がジュージューと音を立てていた。一歩踏み出すたびに、食欲をそそる新たな屋台が目に入るほどだった。

 だがヴァヴァリーには行き先が決まっていたようで、迷いなく香取をランタンに覆われた屋台の一つへ案内し、ふたりはカウンター席に腰を下ろした。

 注文が運ばれてきたちょうどその時、香取の隣に誰かが座った。

「試験の勉強はいいの?」とヴァヴァリーが来た人物に話しかけ、にっと笑った。

「今、絶対にしなきゃいけないのは、食べることだよ。」ウェザロンは笑顔で答えた。「ふたりはどう?明日の試験、準備できてる?」

「準備できてないなんて選択肢があるの?」と香取が返した。

 ウェイターが三人に水を一杯ずつ置いていった。

 ウェザロンは水を一口飲みながら、ちらりと香取を見た。「正直に言えば、もう誰が選ばれるか決まってる気がするよ。君は学年トップだし、真もこの試験は茶番だって笑ってた。」

「妹さん、ほんと自由だよね。今日なんて星入りの髪で講義に来たし」とヴァヴァリーが言った。

「うわ……ナオミ先生、何か言った?」ウェザロンはウェイターに銀の蘭のカルパッチョを注文し、会話に戻った。

「運がいいことに気づいてなかったよ」とヴァヴァリーが答えた。

 ウェザロンはため息をついた。「ちゃんと話してみるよ。自分が守れてないことを他人に求めるのは難しいって、本当は彼女もわかってるはずなんだけど。」

「でも彼女の言ってることも、間違ってはいないよ」と香取が言った。「髪を染めたって誰にも迷惑かけてないし、みんなに自由を認めた方がいいんじゃない?」

 ウェザロンは手を横に振り、肩飾りの鎖が鳴った。「いや、それを認めたら、今度はみんなが次々に新しい特権を要求しだすよ。そのうち誰かが魔法を私的に乱用し始める。だから最初から誰にも許さない方がいいんだ。」

「魔法使いが馬鹿なことをしたら罰を受けるのは当然だよ。私たちは法治国家に生きてるし、多数のために尽くすって誓ってるんだから」とヴァヴァリーが続けた。「他の人よりカッコいいからって、なんでも許されるわけじゃないよ。」

 その言葉を受けて、ウェザロンはヴァヴァリーとグラスを軽く合わせたが、香取は黙ったまま考え込んでいた。

 ふたりに聞こえないよう、小さく呟いた。

「多数にとっての利益が何かを決めるのは、本来その多数自身じゃないの?」

 皿とグラスが空になっても、三人はしばらくその場に座り続けた。

 ヴァヴァリーとウェザロンは講義内容について熱心に議論を交わし、香取はそのやり取りに耳を傾けていた。

 屋台の主人たちが片づけを始める頃になって、ようやく席を立った。

 楽しい夜の締めくくりに、ヴァヴァリーは別れを告げた。香取が「ゆっくり休んでね」と声をかけると、彼女は不思議そうに言った。

「え、寮に戻らないの?」

「ううん、もう一度図書館に行きたいの。」

 ヴァヴァリーは親指を唇に当て、拳に顔をうずめてくすっと笑った。「いつかあんた、図書館の備品として登録されるわよ。」

「それも悪くないかも。でも衛生環境がちょっと心配だね。」

 ヴァヴァリーは手を振って言った。「冗談だってば。」

「そうだったんだ。」

「僕がついていくよ」とウェザロンが香取に言った。「図書館は僕の通り道だしね。」彼はヴァヴァリーに手を振って別れを告げ、ふたりで歩き出した。

 ニューシティはすっかり闇に包まれていた。

 フェニックスの太陽は深い眠りに落ち、フェニックスの月もまだ夜の舞台に姿を見せていなかった。

 民間ではこの時間帯を「魔の刻」と呼ぶ。闇の影の下で、通りに出てくるのは病人、盗人、そして恐れを知らぬ者だけ。

 完全な闇は敬虔な市民たちを追い払い、皆をベッドに追いやる。

 香取とウェザロンは、誰一人いないセント・ウィリアムズ地区を歩いていた。

 街灯だけがわずかな光を与え、その光は路地には届かなかった。

 ふたりがそんな暗い路地を通り過ぎようとしたとき――銃声が響いた。

 ~パンッ!~

 香取は石畳の上に倒れていた。

 目の前にはぼんやりとした二人の影が見えた。

 彼らはウェザロンの体を掴み、さらにもう一発の銃声が響いた――彼の体から力が抜けた。

 その瞬間、香取は禁を破る決意をした。

 誰にも許可されていないにもかかわらず、彼女は自分の全力を振り絞り、身体の治癒能力を最大限に引き出した。

 レールガンの弾丸がカランと音を立てて石畳の上に落ち、坂道を転がっていった。

 視界がはっきりし、香取は跳ね起きた。

 まるで膝に撃たれたことなどなかったかのように。

 他の誰かなら逃げていただろう。

 だが香取が恐れていたのは、痛みではなかった。

 彼女が恐れていたのは、辱められることと、無力であることだった。

 痛みには慣れている。

 だから、彼女はふたりの襲撃者に向かって突進した。

 たとえ、そのうちのひとりがレールガンを彼女に向けていたとしても。

 今回は香取の方が一枚上手だった。

 彼女は皮膚の硬度を何倍にも強化し、弾丸の雨を全身に浴びながらも跳ね返した。

 敵は弾切れになり、弾を込め直さなければならなかった。

 香取が近づくと、銃を構える者が警察の制服を着ていることに気づいた。

 その瞬間、怒りで歯を食いしばった。この男は本来、一般大衆に奉仕すべき存在のはずだった。

 香取はさらに歩調を速め、勢いをつけて警官に飛びかかった。

 もう一人の襲撃者は、すでに回復し始めたウェザロンを押さえるのに夢中だった。

 今だ。

 香取は警官と共に地面に倒れ込み、自分の体重を強化した。

 ミリ秒単位で一キロずつ増やしていき、最終的には自分の体重の四倍にまで達したとき、敵の動きが止まった。

 そのとき、不意に顔を蹴られた。

 もう一人の襲撃者――いや、襲撃者の女だった。

 彼女は焦げたウェザロンを石畳に放置し、今度は香取に狙いを定めていた。

 その足は熱を帯びており、香取のこめかみを蹴った瞬間、まるで焼けたフライパンを顔面に叩きつけられたような激痛が走った。

 香取は神経繊維の損傷を強化し、痛覚を完全に遮断した。

 これで、どんな攻撃にも動じずに行動できる。

「魔法は民のためにある!」痛みから解放された声で叫んだ。「あなたのしていることは、法律に反してる!」

「この世界にあるのはただ一つの法だけだ」と襲撃者の女は答えた。「それは、強き者が生き残るという法。」彼女は拳を振り上げた。手のひらは熱で赤く輝いていた。

 香取は避けるには遅すぎた。

 打ち据えられ、地面に叩きつけられても、痛みは一切感じなかった。

 その間に、襲撃者の女は仲間を引きずり、待機していた騎乗モンスターのもとへ向かっていた。

 闇の路地の端に、鞍をつけたユニコーンが待っていた。

 香取は立ち上がった。

 一歩踏み出すごとに、彼女の身体は回復していく。

 犯人たちが逃げる前に追いついた香取は、襲撃者の女の腕を掴んだ。

 火傷を負いながらも、彼女の疲労を増幅させ、意識を失わせることに成功した。


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