第33話 (9/15)
孤児院の母さんは、特に大きな質問をすることはなかった。
まるで、何の前触れもなく子どもが現れるのに慣れているかのようだった。
リサレは寝床と新しい服を与えられ、ボロボロの布は新たに雑巾として生まれ変わった。
ネオンの盗賊団の他にも、孤児院にはおよそ十人ほどの子どもたちがいた。
リサレは順番にみんなと顔を合わせていったが、一人だけ、挨拶してもすれ違うように避けられた子がいた。
彼女と同じ年頃の少女で、ユニコーンの毛で作られたイヤーマフをつけていた。
「気にすんな。あいつは香取っていってさ、めっちゃ堅物なんだよ。」 ネオンが言った。「しかもチクリ魔。何か話すとすぐ先生に言いつけるから、あいつには何も話さない方がいいよ。」
リサレが返事をするよりも早く――
玄関の扉がノックされ、一人の来訪者が現れた。
「ピーターだーっ!」
子どもたちは歓声を上げ、玄関ホールへと駆けていった。
リサレが疑問顔を浮かべているのを見て、ネオンが説明する。 「ピーターは定期的に来てくれるんだ。毎回、新しい遊び道具とか持ってきてくれるの! 来て、一緒に紹介するから!」
そう言って、ネオンは彼女の腕を取って引っ張っていった。
そして、リサレがその大人の男の前に立った瞬間――
凍りついた。
燃えるような赤い髪。
それだけで、彼女にはすべてがわかった。
彼はスタージス家の人間だ。
それも、ただの一人ではない。
目の前にいるのは、スタージス家の「家長」。
リサレは口をぽかんと開け、目を見開いたまま、完全に動けなくなっていた。
心臓が倍速で打ち、アドレナリンが体中を駆け巡る。
「今日は一人で来たんだね!」ネオンが明るく声をかけた。そして、リサレの背中をポンと叩いて、彼女を前へと押し出す。 「そんなに緊張しなくて大丈夫! ピーターはすっごく優しい人だよ!」
リサレは一言も発せられなかった。
頭の中では、すでにすべての脱出ルートを洗い出していた。
そんな中――スタージスは彼女の前に一歩近づき、手を差し出した。
そして、にこやかに笑いかけた。
「こんにちは。ボール遊び、好きかな? 今日はちょっと試してみようと思って。」彼は肩から下げたバッグから、ふわふわした毛玉を叩いた。
それが遊び道具らしい。
……その瞬間、リサレは悟った。
――彼は、自分のことを覚えていない。
信じられない思いで彼の顔を見つめる。
どうして気づかないの?
どうして、自分が誰だかわからないの……?
彼の優しげな表情は、これまでの出来事とは到底結びつかないものだった。
だが、ピーター・スタージスがもう一人いる可能性など、限りなくゼロに近い。
あれほど残酷な命令を下す人間が、どうしてこんなにも穏やかに微笑めるのか。
――わからない。
何か言うのは馬鹿げていた。
けれど、怒りを抑えることができなかった。
リサレの内側で何かが煮えたぎり、ついに噴き出した。
「どうしてそんな顔で笑えるの!? 毎日、誰かが病で死んでるのに!」
ピーターは落ち着いたまま、優しく頷き、言った。「医師である以上、私は治療法を見つけるために尽力しなければなりません。できる限りのことをしていますよ。」
――嘘つき。
偽善者。
内心では怒りが渦を巻いていたが、リサレは必死でそれを外に出さないよう努めた。
これ以上、何か馬鹿なことを口走る前に――
彼女は勢いよく背を向け、その場を離れ、別の部屋へと駆け込んだ。
その背中越しに、ネオンの声が聞こえた。「えっと、気にしないでください、たぶん……両親が亡くなったばかりで、ちょっとつらい時期なんだと思います。少し時間が必要で……」
そのすぐ後、ネオンも彼女のあとを追ってきた。
「大丈夫か?」
「いつか……あいつは、自分のやったことを償う時が来る。」リサレは唸るように言った。「みんなも、あんなやつには近づかない方がいい。」
ネオンは困惑したように片眉を上げる。「どういう意味だよ? なにが――」
その瞬間――
リサレの目から、堪えていた涙がこぼれ落ちた。
「……今なら話せる。聞いてくれる……?」