第33話 (8/15)
リサレが目を覚ましたとき、鼻先に漂っていたのは甘くて優しいアイリスの香りだった。
ぼんやりと上体を起こすと、目の前には小さなグリルがあり、その周りに子供たちが集まっていた。
全部で七人。
驚いて後ずさりした彼女は、背中をレンガの壁にぶつけた。
「大丈夫、大丈夫!」隣でネオンが言った。
「オレの仲間たちだよ! 紹介するね。こっちから――ミジー、ロイ、ガラフェル、ビッツィー、友倫、エルウェン、フリドリン。オレたちはニューシティで一番の盗賊団! 警察だって、オレたちを捕まえられたことなんて一度もないんだぜ!」
リサレの視線は、ネオンがフリドリンと紹介した少年に向かう。
彼は病の症状を明確に示していた。
こめかみには銀色の繊維が浮かび、髪のすぐ下には小さな角のような突起が現れ始めている。
それでも幸せそうに、花を串焼きにしたものをもぐもぐと食べていた。
ネオンがその串を一本、リサレの鼻先に突き出す。
「ほら、君も食べる?」
断れるわけがなかった。
彼女は串を受け取り、焼かれたアイリスの花にかじりつく。
――おいしい。
胃が、感謝の声をあげた。
「じゃあ、飯の借りは働いて返してもらうね!」ネオンは笑顔で言った。「今日から君は、オレの盗賊団の一員だ!」
リサレは半分まぶたを下ろして言う。「……あんたの盗賊団で働くつもりなんてない。」
「盗みに行かなくてもいいよ」ビッツィーと呼ばれた女の子が口を挟む。「でも、ひとりで外で寝るのはダメ。ここら辺、危ないから。変なヤツらに見つかったら、怖いよ。」
思い出すのは――360度の森で、あの男たちに襲われかけたときのこと。
リサレは、ぶるりと震えた。
「ねえ、大丈夫?」ネオンが心配そうに手を振って彼女の目の前で呼びかける。「何かあった? 話したいなら、オレ、聞くよ。」
泣きたくなった。
どうして、こんなに優しくされるのか――わからなかった。
自分は、不幸を呼ぶ存在なのに。
「お水、いる?」フリドリンがコップを差し出してくる。
その顔は、かつて鏡に映った自分の姿に重なった。
――あのときから、すべてが始まったのだ。
リサレの目から涙がこぼれた。
もう逃げたくない。
名前も持たない孤児として、新しい人生をやり直せるかもしれない。
自分の素性を隠せば、もう誰も探してこないかもしれない。
ベッドで眠る日々が、また訪れるかもしれない。
涙が止まり、少し気持ちが落ち着いたころ――
リサレは、ためらいながらも彼らの申し出を受け入れた。
そしてセント・ウィリアム孤児院へと、みんなと一緒に向かった。