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第33話 (3/15)

 

 目を覚ましたとき、リサレは自分の下に朝露に濡れた草を感じた。

 彼女はまぶたを開き、夜空を見上げた。

 ――夜空?

 リサレはまばたきし、視界が次第に鮮明になっていく。

 いや、空じゃない。

 その光景に、彼女の呼吸は止まった。

 もはや湖の岸辺にはいなかった。

 彼女がいたのは――360度の森だった。

 木々の冠が天井から、壁から、あらゆる方向から逆さに伸びていた。

 冷気により、葉や草には雪の結晶がついている。

 しかしその間には、花が咲いていた。

 天井から逆さにぶら下がるようにして、星のように明るく輝いていた。

 リサレは驚いて身を起こした。

 周囲には誰もいない。

 ……では、なぜ自分はここに?

 額に手を当てると、ほんのり温かかった。

 意味がわからなかった。

 死んだはずだ。あの冷え込みで、凍え死んだはずなのに。

 こんなふうに生きていられるわけがない。

 彼女は体を起こし、立ち上がる。

 そのとき、胃が鳴った。

 どれほど眠っていたのだろう。

 何か食べなくては。

 急いで、森の中で食べられるものを探し始めた。

 母から教わっていたおかげで、何を探すべきかはわかっていた。

 大抵の人間は、野に咲く花が外敵から身を守るために姿を隠しているなどとは気づかない。

 だがリサレには、それらの閉じた花の形がわかっていた。

 彼女は十分な量を見つけ、空腹を満たすには事足りた。

 収穫を終えると、大きな木の下にしゃがみこみ、落ち着いて食べ始めた――そのときだった。

 ちゃぽん――と、水音がした。

 リサレは反射的に立ち上がった。

 その音がどの方向からしたのか、耳を澄ませて探る。

 ……あそこだ。

 木から木へ、慎重に足を運ぶ。

 ――まさか、魔法使いたちの誰かがここまで追ってきた……?

 次の幹の影からそっと覗くと、彼女は水たまりを見つけた。

 それは、リサレが知る唯一の360度の森への出入り口だった。

 その縁に――人魚がしゃがみ、のびをしていた。

 尾びれを水に浸したまま。

 リサレの目が、あの赤いスリットの瞳と合ったとき、背筋に寒気が走った。

 見られていた。

 人魚は口を開き、尖った犬歯をのぞかせた。

 そして、片手で彼女に「こっちに来い」と合図を送った。

 リサレはおそるおそる横に一歩踏み出した。

 このモンスターは、もうとっくに自分を食べるチャンスがあったはずだ。

 なのに、なぜ――? 何を待っているの?

「……どうして私を殺さなかったの?」リサレの口から、思わず言葉がこぼれた。

 だが、人魚は何も答えなかった。

 ――そうだよね、モンスターが話せるわけない。

 返事の代わりに、彼女はただひたすら指でリサレを呼び続けていた。

「……何が欲しいの? もしかして、私をここまで運んだの?」リサレは意を決して、数歩だけ近づいてみた。

 あと五メートルほどまで近づいたとき――

 人魚は片手を差し出した。

 その手のひらには、二輪のスイレンが乗っていた。

「……た、食べ物をくれるの?」

 人魚はまた口を開け、尖った歯を見せた。

 今度、リサレはそれが「笑顔」だと気づいた。

 ――え……? わかってるの? 私の言葉。

 リサレは呆然としながら、何度もまばたきをした。

 だって、学校ではいつもこう教わってきた。「モンスターは、人間と意思疎通できるほど知性はない」と。

 でも今目の前にいるこの人魚は――明らかにリサレの言葉に反応している!

 彼女は慌ててズボンのポケットをまさぐり、集めていたアイリスのつぼみを取り出した。

 それを一握り、人魚に差し出しながら言った。

「交換しよう。」

 モンスターは花を受け取り、リサレはその隣に腰を下ろした。

 ふたりは並んで、ささやかなピクニックを始めた。

「ねえ、今日、私の誕生日なんだ。十三歳になったよ。」リサレはそう話し始めた。「パパがよく言ってたの。十三歳になったら人生が始まるって。だって、十三歳で学校を卒業して、もし望めば研修生になれるからって。」彼女の声が震える。「本当は、ママみたいに花屋さんになりたかったんだ……」

 人魚が小さく首をかしげた。

「ママは、花の持ついろんな意味を教えてくれたの。」リサレは続けた。 「たとえば、アイリスの花は希望を表すんだって。」

 そう言って、彼女は人魚の目をじっと見つめた。

 赤いスリットの瞳が、わずかに大きくなる。

「……希望って、本当にあると思う?」

 その瞬間、モンスターは身を乗り出し、リサレの腕をそっと抱え込み――

 そして、その頭を彼女の肩にこすりつけた。

 服を通して伝わるぬれた感触。

 でもそれは、まるで暖炉の火のように、やさしく温かかった。

 そのとき、リサレは確信した。

 この存在は――自分を慰めようとしてくれている。

 この人魚こそが、彼女を助け、ここへ運んできてくれたのだと。

 だって、あの洞窟の湖から360度の森まで、

 自力で移動できたはずがないのだから。

 リサレはようやく気づいた。

 学校の先生たちが教えていたモンスターに関する話は、全部でたらめだった。

 この人魚は、彼女を傷つけようなんてしていない。

 ――野蛮で、危険で、邪悪なのは……

 モンスターじゃなくて、人間だったんだ。


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