第32話 (6/6)
「大丈夫?」ジモンが身をかがめてフレームに顔を近づけた。
フレームは、自分の腕から金属製のフックが外れるのを感じた。
耳に届いたのは、ワイヤーが巻き戻される音――サンダーガンの引き込み音だった。
ぼんやりとした意識の中で、彼はまぶたを持ち上げた。
「……ここは……?」
思い出すのに、少し時間がかかった。
まわりでは、猟師たちが次々とモンスターを討伐していた。
彼らは徹底しており、一発でできるだけ多くの敵を仕留めようと動いている。
電撃が雲のような怪物に命中すると、それらはあっけなく粉になって消えていった。
まるで最初から存在しなかったかのように。
耳に次々と響く悲鳴。爆発するような絶叫の連続。
フレームは呆然とまわりを見渡し――
「……やめてくれ……」
「大丈夫。私たちがついてる。」ジモンがそう言って、突進してきた幽霊に向けて発砲。
電撃で貫かれた霊体は、一瞬で灰と化した。
そこへモスが駆け寄ってきて、フレームの肩をつかんだ。
「しっかりしろ!」
「でも……」
「俺と約束しただろ、ゴスター。」彼の金色の瞳が鋭く光る。「モンスターに襲われたら、一緒に戦うって。」彼は接近してくる幽霊たちを見据えた。「言葉が通じないなら――戦うしかない。」
フレームには、モスの言うことが正しいとわかっていた。
越えてはならない一線がある。
それを超えてしまえば、何かを失うことになる。
そしてその一線は、今この瞬間、目の前にあった。
仲間たちがいなければ、自分はすでに殺されていた。
それに対して「ありがとう」では足りない。
返すべきは――行動だけ。
彼はまばたきをして、手の甲で頬を拭った。
手袋が涙で濡れた。
涙に濡れたその手で、彼はモスの真似をして、サンダーガンを抜いた。
モンスターたちが襲いかかってきたとき、今度はフレームが反撃に出た。
充電されたムチで幽霊たちを炭に変えていく。
彼に襲いかかるすべての怪物は、電撃による死を迎えた。
彼の動きは素早く、機敏で、モスやジモンに引けを取らなかった。
父さんなら、きっと誇りに思っただろう。
――そう思った瞬間、吐き気が込み上げた。
だが、それでも彼は自分の務めを果たした。
一体の幽霊も残らないよう、城の中を守り抜いた。
猟師たちは警戒を緩めず、霧に包まれたホールをくまなく見回った。
見落としがないか、確認していた。
「通してくれ!」
赤髪の男が彼らの間をかき分けて駆けてきた。
フレームはすぐにそれが誰かを思い出した。
ウェザロン・スタージスだった。
「園香がまだ図書館にいる!」
そう叫んで、猟師たちをすり抜け、廊下を走り去っていった。
フレームは気づいた。ブラックウォーターの少女は、自分を待っていなかった。
それどころか、彼を――裏切っていた。
……だが、なぜ?
その衝撃が、思考に染みわたる暇さえ与えられなかった。
園香が何をしたにせよ、迫る危機の前では意味をなさない。
フレームはウェザロンのあとを追った。
廊下を走り、どんどん深く、煙の中へと入っていく。
――そして、不意に足を止めた。
ウェザロンが、セージの花が彫り込まれた両開きの扉を開けた瞬間、炎の海が彼らに襲いかかってきたのだ。
彼はその場に崩れ落ちた。
「いやだ……いやだ……」その声は涙に濡れていた。
彼は焼けつくような死を見つめながら、冷たい石の床にうずくまった。
フレームが彼を引っ張って助け出そうとした、その瞬間――
瓦礫を踏み越えて、ひとりの人影が炎の中から姿を現した。
「いたわね。」
その人物はそう言って、ウェザロンの腕をつかみ、立たせようとした。
マントの肩飾りがかすかに鳴った。
フレームの身体が凍りつく。
「……リサレ?」
彼女はそのとき初めて、彼の存在に気づいた。
「フレーム……?」
動きを止める。
ウェザロンのすすり泣きが、炎の音をかき消した。
「……火をつけたの、君なのか?」フレームは尋ねた。
答えを聞くのが怖い自分に気づきながら。
彼女は彼を見つめたまま、何も言わなかった。
炎の赤に染まった彼女の紫の瞳が、揺れていた。
「君の仇は、私が取る。」
そう言って、彼女はウェザロンを炎の中へ引きずり込もうと手を伸ばした。
フレームは咄嗟にその腕をつかみ、制止した。
「待って、やめろ!」
彼女の熱が、手袋越しに伝わってきた。焼けるような痛み。
それでも構わなかった。
――今、彼女を離すわけにはいかなかった。
彼女の目が大きく見開かれた。「……あなた、本物なの?」紫の瞳が、濡れて光っていた。「違う、そんなはずない……。私の幻覚よ。あなたは死んだの。」
「俺はここにいる。」フレームは手を離さなかった。火傷しそうなくらい熱かったが、それでも。
「彼を放して。」
「放したら?」彼女の涙が足元の炎に落ち、じゅっと音を立てた。「そのあとは、どうなるの?」
「とにかく、放してくれ。」フレームは彼女から泣き崩れたウェザロンを引き離した。
ウェザロンはすでに意識を失っていた。煙を吸いすぎていたのだ。
その瞬間、リサレの表情が変わった。
怒りの皺が彼女の額に刻まれる。
「スタージスを皆殺しにするべきよ!彼らのせいで、人々は病気になる!人が死んでいく!スタージス家のやっていることは残酷すぎる!何人の命が、彼らの利益のために犠牲になったと思ってるの!?一族が特権を保ち、権力を握り続けるためだけに!私はもう我慢しない。スタージスを見つけたら、自分の手で殺すわ。」
彼女が一歩ずつ近づいてくるたび、足跡が赤く燃え上がった。
「そんなことしても、意味がない!」フレームは気を失ったウェザロンを抱えながら後退した。「本当に変えたいのなら、本当の問題に向き合う方法を考えるべきだ!復讐じゃ未来は変わらない!それは、失われた過去を取り戻そうとして失敗するだけの手段だ!」
「問題の解決方法なんて、明白じゃない!」リサレは叫んだ。 「スタージスがいなければ、人々が苦しむ理由もない!スタージスがいなければ、あなたは今も生きていた!私が行こうとしている場所に、罪悪感なんて持っていかない!どいて、フレーム。」
「待って、俺は……」
――銃声が響いた。
フレームが避ける間もなく、一発の弾丸がウェザロンの頭部を貫いた。
「……え?」
フレームが振り返ると、廊下にひとりの警官が立っていた。
彼はレールガンをホルスターに戻し、ゆっくりとこちらに歩いてくる。
「どういたしまして。」その男はリサレの目をじっと見つめた。「他に望みはあるか?」
リサレは目を見開いて、彼を見た。「……え?」
「俺は、その望みを叶える者だ。」警官は乾いた声で言った。「来い。一緒に行こう。俺が代わりに全部殺してやる。ひとり残らずな。」
フレームは目を見開いたまま、撃たれたウェザロンの傷口を見下ろした。
弾は正確に急所を撃ち抜いていた。
彼の視線は、ゆっくりと警官へと移る。
「……なぜそんなことをする?」
だがその問いに、警官は応えなかった。
ただ一歩、リサレへと近づく。「どうする?来るのか?」
リサレはフレームに視線を向けた。「……きみ、助けてくれるの?」
そんなはずがなかった。
そんなことを本気で言っているはずがなかった。
――彼女は本当に、今の質問を口にしたのか?
フレームは遺体をそっと下ろし、立ち上がった。
「……嫌だ。」彼はリサレに向かって歩み寄る。「お願いだ、そんな道に行かないでくれ。」
彼女も一歩ずつ近づいてくる。「私たちが一緒に行ける、もうひとつの道があるとしたら――それは死だけ。もう一度聞くわ。あなたは、私を助けてくれる?」リサレはすぐ目の前に立ち、フレームの目をまっすぐに見つめた。
その瞳に映る自分の悲しい顔が、フレームにははっきりと見えた。
「……嫌だ。」
リサレはつま先立ちになり、彼の防毒マスクをそっとずらすと、頬にキスをした。
その唇は熱かった。
彼女が離れ、背を向けて歩き出したとき、フレームはようやく気づいた――
彼女の唇が、自分の肌を火傷させていたことに。
フレームは、ポリスと共に去っていく彼女の背を、呆然と見つめていた。
そのとき、背後で誰かが咳き込んだ。
金属の音が鳴り、ひとつの弾丸が床を転がって彼の足元までやってきた。
驚いて振り返ると――フレームは目を疑った。
ウェザロンが、動いていた。
理由はわからなかった。
だが、彼をこのまま放っておくことなど、できなかった。
フレームは彼の体を抱え上げ、連れ出す。
赤毛の青年が、また咳き込む。今度はさらに激しく。
「……どうして……お前の仲間は……俺を殺すのを手伝わなかった……?」その声は弱々しく、咳にかき消されそうだった。
「誰かを助けるために、誰かを傷つけることはできない。」フレームはそう答えた。
「それは、問題を未来に先送りするだけだ。」
道の途中で、消防隊が到着し、火災の消火活動が始まった。
二人はスタージス家の敷地前に設営された救護テントへと向かった。
フレームがウェザロンを簡易ベッドに横たえたとき、彼はすでに出血を止めていた。
――それだけではなかった。
頭に開いた銃創は、肉のような組織で少しずつ埋まっていき、やがて穴が塞がっていった。
その周囲の皮膚がゆっくりと傷口を覆い始める。
フレームは目を大きく見開いた。「……何が起きてるんだ……?」
時間が経つごとに、ウェザロンはどんどん回復していく。「お前は、俺をあのまま死なせておくべきだった。」
その言葉を口にした直後、複数のスタージス家の警備兵たちがテントに駆け込んできた。
フレームの周囲を取り囲む。
「こいつを拘束しろ。」ウェザロンがそう命じ、頭を押さえながらうめいた。まだ強い痛みが残っているのか、片目がぴくぴくと痙攣していた。
フレームは警備兵の隙間を探して脱出しようとしたが――見つからなかった。
誰かの拳が飛んできて、彼の意識が闇に沈んだ。