第29話 (1/3)
「そんな風車なんて聞いたこともないな。」モスは言った。
氷のように冷たい夜空を、三人で旅行ドラゴンに乗って飛んでいた。月明かりとランタンの光が猟師の輪郭を描き出す。
彼は手綱をしっかり握り、ブーツを鐙にかけ、鞍の上に腰を据え、視線は星空の先へと真っすぐ向けられていた。「スタージスがそんなものを秘密裏に建てる理由ってなんだ?政府だってそういうプロジェクトを支援してるんだろ?筋が通らないじゃないか。」
「私にも分からない。」リサレは、屋根のない白い馬車の後方ベンチに座っていた。
彼女の視線は、正面に眠っているパブロンへと滑る。
顔の火傷を見つめながら、エンギノが彼女を魔法使いの手先だと勘違いしていたことを思い出す。
「スタージスのやってることは、私にも理解できないことだらけ。」指先が座席の縁に食い込み、プラスチックを引き裂かんばかりだった。
「君の言ってたことが正しければいいがな。」モスは奈落のような下界を見下ろした。雲の層が地表を覆い、何も見えなかった。「あの花が見つかるといい。フレームは、あんな形で死ぬべきじゃない。」
エンギノがあくびをし、目を開けた。
リサレは即座に構えを取る。
モスは鐙から足を抜き、鞍の上に立つ。
今の位置からなら、馬車のベンチへ飛びかかってエンギノを取り押さえるのも容易だった。
しかし、彼はただ呆けたような目で見つめてくるだけだった。「ここ……どこだ?」
「またかよ……」モスは舌打ちして肩の力を抜き、鞍へと腰を戻した。
リサレは前を向き直る。「どういうこと?」
「心配するな。今の彼は何もしない。無害だ。」
「モス?なんで俺ら、ドラゴンに乗ってんの?」エンギノはそう訊いてから、リサレの方に向き直った。「俺たち、どこへ向かってるんだ?」
リサレは彼がまるで別人に見えた。
彼女を顔面で踏みつけた青年と、いま目の前にいるこの男は同じ存在とは思えなかった。
無垢な子どものように、彼は彼女を見つめている。目の奥にあった激情の炎は消え、木材のような茶色がぼんやりと揺れていた。
自分が今、同じ馬車に乗っている相手が本当に彼だという事実を、彼女は信じきれずにいた。
「ちょっとした遠足さ。」モスが後ろに向かって声をかけた。「飛行を楽しめよ。」
リサレはエンギノの視線を避けようとした。
気まずさに満ちた目は、彼ではない何かを必死に探していた。彼が目を覚ました状態で向かい合うのは、あまりにも落ち着かない気持ちにさせた。彼がどんな人物なのか、まったく掴めなかったのだ。
「緊張してるみたいだな。」エンギノが言った。「高いところが苦手か?」
何と返せばいいのか、リサレにはわからなかった。
「大丈夫さ。旅行ドラゴンは落ちたりしない。彼らには本能的な生存欲があるからな。もしバランスを崩しても、地面にぶつかる前に体勢を立て直す。それが奴らの性質なんだよ。」
彼の声は驚くほど柔らかかった。信じられないくらいに。
「ルビーの花、持ってないか?」エンギノは前方に向かって呼びかけた。「乗り物酔いに効くらしい。」
「ありがとう……でも、酔ってるわけじゃない。」リサレは、自分の声が思いのほか落ち着いていることに驚いた。
「君はとても綺麗だな。」エンギノは言った。「紫の目なんて、なかなか見ない。恋人はいるのか?」
リサレは咳き込んだ。モスが吹き出す。
感謝だけは返そうとしたそのとき、機体が雲の層を突き抜けた。
その向こうに現れたのは――高くそびえる風車だった。
それらはまるで機械仕掛けの花のように、氷の大地から天へと白く、荘厳に突き出ていた。
「本当だったんだ……」モスが息を呑む。「君の言った通りだった、リサレ。」
風を捉えるように、巨大なブレードが休むことなく回っている。
だが、ソノカの話と違って、そこには一つ足りないものがあった。
「草原が……ない……?」リサレはナイトスコープであたりを見回すが、目に映るのは凍てついた大地ばかり。
モスは旅行ドラゴンを降下させ、崖の手前に着地した。
リサレは真っ先に氷の斜面を駆け下り、雪を掘り返す。どこかにあるはずだった。あの緑の草原が。きっとこの下にあるはず。
彼女は手袋を濡らしながら、必死に雪をかいた。
凍った水が隙間から染み込み、指先を麻痺させていく。
「……いやだ……いや……そんな……。」
「すまない。」モスがそっと彼女の隣に立った。「けど……もうここには何も残っていないと思う。仮に草原が存在していたとしても、新しく降った雪に埋もれてしまったはずだ。」
リサレは地面を拳で叩いた。手が痛くなるまで何度も叩きつけた。
失敗した。
彼は死ぬ。
その現実が、彼女を動けなくさせる。
フレームは、死ぬ。
モスはリサレの腕を取って立たせた。「行こう。」
震える足取りで、彼女は彼と共に旅行ドラゴンのもとへ戻った。
帰りの飛行中、リサレは一言も発しなかった。
エンギノが何度も話しかけても、彼女は沈黙を貫いた。
「どうしたんだ?」彼は尋ねた。「そんなに悲しそうにして……お腹でも空いてる?喉が渇いたのか?眠いなら、後ろに毛布があるぞ……」
彼女は何も答えなかった。
それでもエンギノは話し続けた。
「何か俺にできることはないか?困ってるなら、遠慮せず言ってくれよ。」
モスもまた、終始無言だった。
きっと、彼も分かっていたのだ。
もう、誰にも彼女を救うことはできないと。