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第28話

 

 リサレは、フレームを失うという考えに気が狂いそうになった。

 彼がこのまま死ぬなんて、絶対に許せない。

 彼が奈落へと堕ちるなら、私も一緒に堕ちてやる。

 だから――動くしかなかった。

 病が彼を奪い去るのを、ただ見ているわけにはいかない。

 ――絶対に、死なせたりしない。

 木骨造の診療所を飛び出すと、リサレの目に灰白色の狩猟竜が映った。

 テラス通りの繋留所に繋がれている。

「23!」彼女は息を切らしながら叫んだ。

「お願い、助けて!地上に行かなきゃ、治療薬を見つけないと……! そうしないと……フレームが……っ!」

 狩猟竜は、口を開いた。

 だが――声は、出なかった。

 そして次の瞬間、彼は前足を折り、身を小さくする。

 リサレは、悟った。

「……ありがとう!」

 彼女は、すぐさま鞍へ飛び乗る。

 ――バサァッ!!

 23が、大きく翼を広げた。

 力強く羽ばたき、彼らの体が宙へと浮かぶ。

 眼下の街が、岩壁に刻まれた小さな角のように縮んでいく。

 ――私が、必ず助ける。

 たとえ、それが最後の行いになったとしても。

 もはや、途中で誰かに見つかる可能性などどうでもよかった。

 今のリサレにとって、それは取るに足らない問題だった。

 フレームには、私が必要だ。

 彼の命が尽きるかどうかという状況の前では、すべての懸念が塵と化す。

 必要なのはただ、前へ進むことだけ。

 恐れている暇などない。

 23はクレーターの壁沿いを疾走し、一気に穴へと潜り込む。

 坑道への入り口を通り抜け、

 トンネルが、彼らを飲み込んだ。

 騒音が次第に遠ざかり、

 静寂が二人を包み込む。

 しばらく進むと――

 彼らはついに境界の関門に行く手を阻まれた。

 リサレは、何の迷いもなく警備兵の顔を見据える。

 もし必要なら――力づくで突破するまで。

 彼女は視線を逸らさぬまま、

 無言でマントの内側を広げた。

 そこには――

 雪の結晶の紋章が、しっかりと縫い込まれていた。

 警備兵たちは紋章を一瞥し、そのまま通過を許可した。

 彼女の身元を深く追及する者はいなかった。

 おそらく、年月が経つうちに彼女の姿が変わったからだろう。

 鋭かった頬骨は、もはや13歳の頃のものではなくなっていた。

 あるいは、当時の手配がすでに忘れ去られたのかもしれない。

 理由はどうであれ、リサレにとっては好都合だった。誰かを焼き殺す必要がないのだから。

 赤と白のストライプの遮断機が上がる。

 道が開かれた瞬間、23は強く後脚で地面を蹴り、一気に加速した。

 瞬く間に、時速60キロへと達する。

 街灯が凄まじい速度で後方へと流れ、視界の中で認識できなくなっていく。

 光の点が無限に続く壁と重なり、光とコンクリートの渦となる。

 天井に設置された通気管が次々と視界を横切り、空調の低い唸りが鼓膜を震わせる。

 風がマントを肩から引き剥がそうとし、編み込まれた三つ編みを背中で翻弄する。

 それだけでなく、彼女の決意すらも揺さぶろうとしていた。

 もし、治療薬が見つからなかったら?

 見つけたとしても、間に合わなかったら?もし、フレームが……

 彼女はぎゅっと目を閉じる。

 いや――

 再び目を開き、手をドラゴンの首にそっと添えた。

「……絶対に成功させる。フレームを治療するんだから。」

 約30分の飛行を経て、坑道の先は円形の軍事施設へと開けた。

 西部駐屯地――

 巨大な洞窟の内壁に、無数のハンガーが張り付くように並んでいる。まるで王冠の尖った装飾のように、円形の着陸場を取り囲んでいた。

 理論上、狩猟竜はそのまま円形広場を直進し、トンネルを抜けて隔離ゲートへ向かうこともできた。

 しかし、リサレにはどうしても済ませなければならないことがあった。彼女は鞍から飛び降り、23の首を優しく叩く。

「後で合流しよう。」

 狩猟竜はハンガーの方へと飛び去り、リサレはアスファルトを駆け抜け、円形広場の中心へと向かった。

 安全柵の前で足を止め、彼女は眼下に広がる巨大な穴を見下ろす。

 まるで井戸のようにアトリウムが地中深くまで伸び、その底には運河の水が淡く光っていた。

 この時間帯には、もはや船の往来も途絶えている。

 リサレはフードを目深に被り、鍛鉄製の階段を静かに降り始めた。

 一段、また一段と下りながら、彼女はモンスター猟師たちの施設へと潜り込む。

 すでに夜は更け、フェニックスの太陽の模造光もとっくに消えていた。

 闇が、彼女を守る。

 慎重を期し、リサレは装備倉庫へと向かう。

 そこにあった猟師の制服へと着替え、姿を変えた。

 これで、地下の回廊を自由に動き回れる。

 彼女は通路を何度も往復し、どこに誰が寝ているのかを確認する。

 しかし、誰一人として彼女を気に留めなかった。

 巡回中の猟師たちは、一日の疲れと夕食の満足感に包まれ、警戒心を解いていた。

 ――なにせ、ニュ-シティの住人たちは皆知っている。

 モンスターがいるのは地上であって、この地下ではないと。

 そしてついに、彼女は見つけた。

 この作戦の成否を左右する部屋――パブロンさんの寝室。

 リサレは躊躇なく鍵穴に手をかざし、錠を熱で溶かす。

 そのまま扉を蹴破り、眠っている猟師に飛びかかった。

 口を塞ぎ、掌をじわりと熱する。

「静かにしなさい。さもないと、火傷するわよ。」

 パブロンさんは激しく腕を振り回し、もがいた。

 それを受け、リサレはさらに掌の温度を上げる。

 彼は怯んだ――だが、決して降伏はしなかった。

 むしろ、反撃に転じる。

 ドンッ――!

 鋭い拳が彼女の腹をえぐる。

 リサレは床に崩れ落ちた。

 彼女は、この男を甘く見ていた。

 思った以上に、若きパブロンさんは強く、そして恐れを知らなかった。

 彼はリサレの前に立ち、容赦なく蹴りを入れた。

 狙いは再び腹部。

 そのまま同じ足を彼女の肩に乗せ、床に押さえつける。

「さて……これは一体何だ?」彼は嘲るように囁いた。「何のつもりだ?」

 リサレが答えないと、彼の足はゆっくりと彼女の顔へと移動した。

 そして、頬を踏みつける。

「法律を知らないのか?許可なしの魔法行使は禁止されている。お前の上司に報告させてもらう……だが、その前に――」彼は足を引き、しゃがみ込みながらじっくりとリサレを観察した。「……答えてもらおうか。なぜ俺を襲った?」

「……私は……魔法使いじゃない。」リサレはむせ込みながら、口の中に込み上げる胃酸を感じた。「ただ……地上に行きたいだけ。」

「それを俺に信じろと?」

「お願い……ただ出して……隔離ゲートを開けて……」彼女は懇願した。

 胃の中からせり上がる苦味が、この状況の絶望を物語っていた。

 腹部の激痛が、耳鳴りのように頭の中で響く。

 屈辱に耐えながら、リサレは震える声で最後の言葉を絞り出した。「……お願い。」

「死にたいのか?」男は眉をひそめ、困惑した様子を見せる。「もう一度聞く。なぜ俺を襲った?」

「……お前の手が必要なんだ。」

「チッ……!」彼は舌打ちし、顔をそむけた。そして無言のまま、背を向ける。

 リサレはなんとか起き上がろうとした。

 だが、上体を少し起こした瞬間――

 シュバッ――!

 彼が素早く振り返る。

 その手には、重く、分厚く、鉄でできた鎖が握られていた。

 最後の鎖の輪は、ベッドの脚に固定されている。

 彼は――彼女をベッドに繋ごうとしている。

 男がリサレの手首を掴もうとする。

 だが、彼女は触れられた瞬間、そこを焼いた。

 指、手のひら、首、頬、額――

 どこを掴まれても、その皮膚は即座に焼けただれた。

 一瞬で、皮が剥がれ、黒く焦げる。

 それでも――

 彼は決して怯まなかった。

 苦痛に歪むことなく、決して、リサレを離さなかった。

 カチン――

 乾いた金属音が鳴る。

 鎖の鍵が、はまった。

 塩の味は胆汁よりも苦かった。

 リサレは泣いて、泣いて、泣き続けた。

 間に合わない。

 フレームは死んでしまう。

 そしてその原因は――何食わぬ顔で二段ベッドの上に寝そべり、彼女を見下ろしているパブロンさんだった。

 あれほどの火傷を負わせたというのに、まるで気にも留めていない。

「泣くのをやめろ。」彼は苛立った声を上げた。「お前の上司は誰だ?」

「私は魔法使いじゃない……」リサレはしゃくり上げながら繰り返す。

「認めろよ。誰かがお前を俺に差し向けたんだろう?」

「違う……違う……私はただ、外に出たかっただけ……」

「シンか?それともウェザロンか?」

「誰のことか、知らない……」

「お前を指示した奴の名前くらい言えるだろ!」

「誰も指示なんてしてない!」リサレは叫び返した。

「ったく……」

「私は……ただ……」鼻水が垂れる。「ただ外に出たかっただけ……」

 パブロンさんは沈黙したまま、顎に手を当てて彼女を観察する。そしてしばらくして、ゆっくりと口を開いた。「つまり、お前はスタージスとは無関係だと言いたいわけか。それでいて、魔法は使える、と。」

「私は魔法なんて知らない……それに、スタージスなんて大嫌い。」

「魔法を知らないにしては、随分と上手く使いこなしてるじゃないか。じゃあ、今のお前のそれは、一体何なんだ?」

 リサレの瞳が大きく見開かれる。

「……おいおい。本当に何も分かってねぇのかよ。」彼は愉快そうに口角を上げた。「面白ぇな。親父も、お前に会ったら喜ぶだろうよ。」

 その瞬間、ギィ……という音とともに、扉が開いた。

 光の筋がリサレの上に落ちる。

 部屋の扉――誰かが開けた。

 誰かが来た。

 一瞬、リサレはそのシルエットにフレームの姿を重ねそうになった。

 だが、聞こえたのは彼ではない、知らない声だった。

「エンギノ?何をしている?なんで女の子を縛ってるんだ?」

 エンギノは腕を組み、ふてぶてしく答える。「こいつが俺を襲った。」

「……それ、血か?」男は部屋に入り、懐中電灯を持ち上げながら辺りを見回す。

 彼の制服――それはモンスター猟師のものだった。

「おいおい、お前、女を殴ったのか?正気か?」

「こいつは魔法使いだ。触らないほうがいい。」エンギノは顎をしゃくり、リサレに焼かれた顔の傷を示した。

 光を受け、その火傷は彼の険しい目と同じくらい赤く照りつけた。

 猟師の男は、目に見えて動揺していた。そして踵を返し、「テスロを呼んでくる。」

「待て。」エンギノが立ち塞がる。「明日の朝まで待て。それから大佐に引き渡す。」

 だが、猟師は怯まなかった。エンギノを突き飛ばし、強引に扉へ向かおうとする。

 ――それが、まずかった。

 ゴッ――!

 エンギノの拳が、真っ直ぐに飛ぶ。

 しかし――

 猟師は軽々と避けた。

 同時に、膝蹴りをみぞおちへ叩き込む。

「……ぐっ!」エンギノの体が折れ曲がる。

 崩れ落ちる寸前、男は彼の身体を支え、ベッドへ寝かせた。

 リサレは息を飲んだ。

 ――こいつには、エンギノ以上に勝てる気がしない。

 そして、もう一つ気づいたことがあった。

 フレームは、本気を出せばいつでも私を倒せた。

 それでも彼は、しなかった。

 理由は、たった一つ――

 彼は、私を傷つけたくなかった。

 額に鈍い痛みが広がる。

 熱が、涙となって溢れそうになる。

 ――もう、流す涙なんて残ってないのに。

「痛むのか?」猟師が尋ねた。

 リサレは絶望に喉を締めつけられ、息を詰まらせる。「お願い……地上に行かせて!頼む……!」

 猟師は意識を失ったエンギノに目をやる。「それが目的でここに来たのか?」

「行かなきゃ……お願い!」悲しみが溢れ出す。「フレームが……死んでしまう!」

「フレーム?」彼は驚いたように声を漏らす。「お前、フレームを知っているのか?」

「彼は病気なんだ……私が治療薬を手に入れなければ、死んでしまう……お願い……助けて……!」

「……治療薬なんて、存在しない。」

「ある……!私は治った!だから、今こうして生きてるんだ!お願い……地上へ行かせて!お前は何も失わないだろ?もし私が失敗しても、そのまま死ぬだけ。でも、もし成功して戻ってこられたら……皆を病気から救える。フレームだって……!」リサレは鼻をすすった。

「……彼は今どこにいる?」

「実家に戻るって……それを見届けることなんて、できなかった……だから、私は……」

「分かった。」彼は突然言った。「俺が付き合う。」

「……本当に?」

「お前の話を信じる。」彼はエンギノの体を担ぎ上げ、ズボンの尻ポケットを探る。目当ての物を見つけると、それをリサレへ投げた。手錠の鍵。

「詳しい話は、隔離ゲートまでの道中で聞こう。俺はモスだ。お前の名前は?」


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