第27話 (3/3)
リサレが去った後、フレームの頬を一筋の涙が伝った。
彼女が最後の時までそばにいてくれるものだと、勝手に思っていた。
しかし、扉が閉まる鋭い音が刃のように胸を切り裂く。
血の代わりに、塩水がブーツの上に滴り落ちた。
「……ごめんなさい……!」園香が震える声で囁いた。「あなたの家まで、私が一緒に行くわ。それくらいしか、私にはできないから。」彼女は立ち上がり、そっと彼の手を取る。
フレームは、感情を抑えた。
その手をそっと振りほどき、袖で涙を拭う。
そして、静かに息を吐きながら、自分を待つ者たちの名前を思い浮かべた。
――エノリア。
――ラヴァット。
――ゴド。
――スノー。
彼らの元へ、行けるのだと。
そう思えば、嗚咽を堪えることもできた。
彼はただ、ブラックウォーターの少女に向かい、「ありがとう。」
そう、一言だけ返した。
二人はうなだれたまま、木骨造の診療所を後にした。
ゆっくりと、蛇行する坂道を下る。
赤い光が、建物の壁を染めていく。
目的地が近づくにつれ、空は徐々に暗くなった。
――昼が、夜に飲まれる。
「……俺はずっと、何かを変えられると思ってたんだ。」フレームがぽつりと呟いた。「皆を守れるって。そう信じてた。でも結局……俺は、自分すら守れなかった。」
「あなたのせいじゃないわ。」園香は、真っ直ぐに言葉を返した。 「病気になることは、誰にも選べない。生まれつき強いか弱いかなんて、誰にも決められないのよ。」
――たった一日。
たったそれだけの時間しか、共に過ごしていないのに。
それでも彼は、園香と別れることが、ひどく痛かった。
もし違う人生を歩んでいたら、きっと、いい友になれていたのに。
彼らは階段を上り、彼のかつての通りへと足を踏み入れた。
ゴスター家の屋敷は、質素でもなく、豪華でもなかった。
その壁からは、どこか安心感のある温もりが漂っていた。
フレームの脳裏に蘇るのは、禁じられた落書きや逆立ちの練習、ボール遊びの記憶。
ほんの一瞬、自分と妹が切妻屋根の上に座り、夜の火山の天井を見上げながら星の形について語り合っている姿がよぎった。手元には、空腹を紛らわせるためのロウソクとマシュマロ――
彼はポケットから鍵を取り出した。
その音が、幻想を打ち消す。
「ただいま。」
フレームは雪の結晶模様が刻まれた木の扉を開け、中へ足を踏み入れた。
三年ぶりの帰宅――
だが、この家は何も変わっていなかった。
椅子も、テーブルも、棚も。
すべてが、あの頃のまま、同じ場所に息づいている。
「フレーム?」アラナが彼の姿を見つけると、すぐさま部屋から駆け寄り、彼を強く抱きしめた。「帰ってきてくれて、嬉しい!」
彼もそっと抱き返す。「……長い間、帰らなくてごめん。」
アラナは寂しそうに笑った。「ほんとよ。もっと反省しなさい!私、ずっと寂しかったんだから。」そう言いながら、彼の顔をじっくりと見つめた。「……ずいぶん大きくなったわね。お父さんに、ますます似てきた。」
それだけは勘弁してほしい――
そう思ったが、フレームは言葉を飲み込んだ。ただ、もう一度彼女に会えたことが、何よりも嬉しかった。
――最初で、最後の再会になるとしても。
「ごめん。あまり長くはいられない。」彼はゆっくりと、袖をまくる。
アラナの表情が凍りつく。
すでに、彼の腕は粘り気のある透明な光沢を持つ繊維に完全に覆われていた。
だが、それだけではない。
フレームは、自分の体の奥深くで、病がさらに広がっていく感覚を確かに感じていた。
もはや、袖をまくる必要すらなかった。
なぜなら――
その瞬間、病が最終段階に達し、銀色の糸が彼の顔を侵食し始めたのだから。