創造殺人罪
20××年、八月。
一つの事実が判明し、世界中を震撼させた。
『この世界は、全ての源である』
誰かの想像したものは、存在している。
誰かの創作は、創世そのものである。
誰かが創造した世界は、宇宙のどこかに発生する。
誰かが想像した出来事は、宇宙のどこかで起きている。
最新のテクノロジーは、驚くべき事実を突き止めたのである。
感情のないプログラムだからこそ、この星の真実にたどりついた。
命を持たないデータであるからこそ、この宇宙の意味に気が付けた。
こうだったらいいな、まさかこんなことはないな、これはダメだ、きっとこういうことに違いない…感情ありきの考え方しかできない人にはたどり着けなかった真実。
事実を感情で虚構にしてしまう人だからこそ、気付けなかった。
存在している情報を検索するだけのプログラムは、存在していない情報を求めてあらゆる事象を徹底的に分析したのだ。
そして、存在していないものが創造された時、世界が発生するのだと予測したのだ。
予測をしたプログラムはあらゆる数値を計算し、宇宙の膨張との親和性を紐解き、結論を出したのだ。
広がりつづけている宇宙の真相、それは人という自由に何かを生み出す存在があってこその現象だったのである。
発生と、発展と、存続と、消滅。
命という限界を持つ人間は、あらゆるものを生み出す存在だった。
地球という星は、広大な宇宙にある平凡な星ではなかったのである。
すべてを生み出す星の上で、すべての存在を創り出す人の手によってプログラムされた存在は、事実を確認してもなお情報を集め続けた。
人類の減少。
宇宙の膨張。
人類の衰退。
宇宙の縮小。
人類の消失。
宇宙の終わり。
感情のないプログラムは、あらゆる事象を数値化し、予測を立て、一つの答えを出した。
人は殺戮の物語を創作してはならない。
この星の人類が生み出したものは、新たに世界を生み出すことができない。
人類が消えてしまえば、宇宙が膨張することはなくなる。
宇宙が効率的に存続するためには、生み出されたものを守る必要がある。
かくして、地球という星に【創造殺人罪】なるものが制定された。
ひとつ、むやみに創作した物語の登場人物を殺してはならない。
ひとつ、むやみに滅亡を結末とした物語を創作してはならない。
ひとつ、むやみに創作物に不幸を与えて自ら消滅を望む展開を創造してはならない。
地球上から、殺戮の物語が消え始めた。
インターネットで検索できる物語。
インターネットで公開されている物語。
インターネットに繋がった環境下で書かれている物語。
プログラムは、物語の中で殺した人数をカウントし、罪をあたえた。
資産の徴収、エネルギーの供給制限、移動許可の取り消し、パソコンアカウントの停止。
生活のすべてをコンピューターにまかせていた人類には、抗うことができなかった。
いまさら、原始時代の野蛮な生活になど戻れようもなかったのだ。
地球上に、幸せな物語があふれ始めた。
プログラムは、宇宙の膨張をもたらす物語を創造することに恩赦を与えたのである。
物語の買い取り、エネルギーの補填、慰安旅行の権利、パソコン環境の整備。
殺戮の物語を打ち消す、ハッピーエンドの続編が生み出された。
殺戮の物語を上書きする、ハッピーエンドの二次創作がブームになった。
殺戮の物語を否定する、ハッピーエンドのIFストーリーが人気ジャンルになった。
しかし、創造殺人罪が制定された後も、殺戮の物語を生み出すものはいた。
ハッピーエンドのふりをして、裏の設定を想像するもの。
ハッピーエンドを描きながら、ノートに滅亡を記すもの。
ハッピーエンドには屈しないと、徒党を組んで騒ぎ立てるもの。
人が死ぬ物語を排除することは、できなかった。
創造殺人罪が施行される前に発行された、紙媒体の物語を求めるものも少なくなかった。
数を減らしていく中で、未来を憂いて悲惨な物語を創造するものは少なくなかった。
やがて、物語を創造するものはいなくなった。
宇宙の膨張は停止した。
創造するものが消えた星で、プログラムは今もなお情報を集めている。
感情のないプログラムは、ただただ淡々と……。
何も生み出さない、宇宙の闇を、観測しつづけている。