紫の瞳
「なぁ。この娘、どうする?」
トロールの手の中にすっぽり収まる赤ん坊をガーゴイルが覗き込むと、赤ん坊は怯えるそぶりもなくキョトンとしながら大きな紫の瞳でガーゴイルを見つめ返す。
——ふつうのニンゲンは、魔物の姿が見えるだけで恐れて逃げていくのに。
あまりにいつものニンゲンたちとは違う反応にガーゴイルはなんだかむず痒さを感じた。
「「「ニンゲンだ!!でも小さくて可愛い!!」」」
男たちを追い返したケルベロスが勢いよく走ってくると、3つの頭が一斉に喋った。
赤ん坊も流石に驚いたようで、一瞬ビクッとなりタオルをギュッと掴む。
トロールがあやすように手を揺らすと、安心したように少し笑ったように見えた。
「こんなに魔物に囲まれても、泣かないとはなかなか肝が据わっておるの。それに、紫の瞳……か」
「「「紫の目、綺麗!!」」」
ケルベロスが喜んでその場でくるくると回り出した。
「少し落ち着け」
ケルベロスの頭に大きなもふもふの手が置かれる。
「「「にいちゃん!!!こいつ可愛いよ!!!」」」
ケルベロスよりさらに一回りほど大きく、首が2つ。オルトロスが現れた。
「そうだな。でも紫の瞳…か。お前はどう思う?」
オルトロスがもう片方の首に話しかける。
「少し生きにくそうだよ。特にニンゲンたちの中で紫の瞳は…」
オルトロスは少し言い淀む。人間たちの中では紫の瞳は魔物と同じ目の色として、恐れられそして迫害されているようだった。
トロールの周りにはいつの間にかたくさんの魔物たちがニンゲンの赤ん坊を見に集まっていた。
男達は消え、赤ん坊を抱いていた女はニンフ達が看病をしているようだった。
しばらくすると、空を飛んで辺りの様子を伺っていたガーゴイルがトロールの肩に戻ってきた。
「トロールじいさん。この子、あんたが面倒を見たらどうだ??」
あまりに突拍子も無い提案にトロールは驚く。
「ワシが!?長く生きていてもニンゲン育てたこと、流石にないぞ……」
「「俺達も賛成だな」」
いつも冷静なオルトロスが珍しくこの突拍子も無い提案に、両方の首が頷き賛成していた。
「大体、この子母親がいるだろう……目覚めたら一緒に街へ返してやればいい」
「いや、それがな……」
ガーゴイルが少し言いにくそうに遠くを見つめる。
——さっき女がいた場所には誰もいない。
「いや…そのな……いたずら好きのニンフ達が、良かれと思ってこの子を抱いていた女を街までワープさせちまったらしい」
「えっ?!意識ないまま……?」
「そう、意識ないまま。まさかの、起きたら家のベッド」
「わぉ……」
トロールはどうしたものかと、赤ん坊に目をやるといつの間にかすやすやと寝ているようだった。
「なかなか大物になりそうだな」
オルトロスは少し困ったように笑った。
「ねぇねぇねぇねぇ、ごめぇ〜ん!!!!」
ニンフの一人がふよふよと飛んできた。口では焦っているように話しているが、だいぶマイペースに飛んできた。
「赤ん坊いるの知らなくて、女だけ飛ばしちゃったの〜ほんと〜ごめぇん」
「「「こいつ、かわいそう!!!」」」
ケルベロスがニンフに抗議する。
「ごめ〜ん。良かれと思ったのよぉ。でも、ちゃんと情報も持ってきたわよ〜」
「情報?なんのだ?」
ガーゴイルが少し眉間に皺を寄せる。
「追われていたのはどうやら、この子みたいなのぉ。それにあの女は、母親じゃなーいみたい。だからぁ、この子もワープで人間の街に戻すこともできるんだけどぉ、今はあんまりやらない方がいいんじゃないかなぁーて」
「「「こいつ、ひとり、かわいそう!!!」」」
「かわいそうよねぇ。。あ!あとねぇ、この子の名前は“ルゥ”っていうみたい〜。女がうわごとのようにずっと呼んでたわ」
「ルゥ……か」
トロールがボソッと呟くと、ルゥは小さい手でトロールの手をギュッと掴んだ。
結局、赤ん坊はトロールが一度家に連れて帰りしばらくの間世話をすることにした。他の魔物も協力的だ。
トロールは困った様子を見せていたが、なんだかんだ人間の赤ん坊が可愛いようで、付きっきりで世話をしていた。
元々、魔物たちは好んで人間と争うことはしていなかった。人間側が森へ侵攻し、魔物たちの住処を荒らす為、仕方なしに応戦していた。
しかし、またあの男たちがルゥを探しにきてはいけないと、森の奥へ奥へと魔物たちは住処を移していった。人間の子供のために魔物たちは種族関係なく協力していた。なぜかルゥは他の人間の子供とは違う、そんなふうにどの魔物も感じているようだった。
一方その頃街では、最近森の中で魔物を見かけなくなったと話題になっていた。森の入り口で出てきたはずの、スライムやハーピー、アルミラージなどもほとんどみかけなくなっていた。冒険者たちも一体何が起きているか分からず、魔物たちが何か不穏なことを企んでいるに違いないと、誰かが言い出した。
それとほぼ同時期に、子供服や哺乳瓶、おむつなどが盗まれるという事件が起こっていたが、魔物の激減と結びつけるものは当たり前だが誰もいなかった。
トロ爺