2度の絶望
「はぁ……はぁ……」
街の外れを一人の女が、必死に逃げていた。後ろから武装した男達。目的はわからないが女に危害を加えようとしているのは明らかだった。
女は追っ手の目を盗んで、どうにか森の中まで逃げ込み、大きな木の影に腰を下ろす。
腕の中には、タオルでぐるぐるに包まれた赤ん坊がいた。まだ生まれて数ヶ月だろうか。自分で歩ける年齢でないことは確かだ。
(お願い、今だけは泣かないで……)
女は祈るようにギュッと赤ん坊を抱きしめる。
女の額から、血と汗が混じったものが赤ん坊に頬に落ちた。赤ん坊はそれでも泣かずに大きな瞳でジッと、女を見つめていた。
(このまま、どうにか逃げ切れれば……。せめてこの子だけでもどこかに預けてしまいたい)
女はあたりを見回すが、民家らしきものは当然見当たらない。森の近くは魔物が出ることもあり、こんな場所に住むものなど誰もいなかった。
「おい、そっちにはいたか?必ず見つけ出せ!!」
先ほどの男達の声が近くなってきている。ここにいては見つかるのも時間の問題だ。
「あぅ……」
大人しくしていた赤ん坊が突然、木の上に向かって手を伸ばした。何かを見つけたようにそちらに釘付けだった。
しかしその声に反応したのは、女だけではなかった。
「おい、今あっちから何か聞こえたぞ」
男達が近づいてくるのがわかる。
(もうダメかも———)
意を決して走り出すが、森の中は走りにくく相手には馬もいる。案の定すぐに見つかった。
男達の放った矢が、女の足をかすめる。
—————————ドサッ。
赤ん坊は勢いよく前方に放り出され、女はその場に崩れ落ちる。
女の足には矢が深く刺さっていた。走ることはおろか、赤ん坊のもとまでも歩けない。
もうダメだろうと、女は分かっていた。絶望の中でわずかな望みをかけて声を絞り出す。
「誰でもいいから……この子だけを逃がして、お願い」
誰にも届かないと諦めたその時、突然大きな雷の音と共に雨が降りはじめる。
男達は雷に少し怯んだが、そのまま女と赤ん坊を運ぼうと近づこうとした、その時だった。
「おい、待てっっ!!!さがれーーーーっ!!!」
後ろから大声で男の仲間が叫んだ。
何事かと、女は顔を上げるとそこには———
「あっ…そんな……」
女は2度目の絶望を味わう。
後ろには、自分たちを追ってきた男達。
目の前には—————大きな魔物達。
それも、1体ではない。トロールに、ケルベロス……そのうしろにはドラゴンのような影まで見える。
どう足掻いても人間が敵う相手ではなかった。
(全員ここでやられるのね……)
女は恐怖と絶望でその場で気を失った。
「あーぅ」
魔物達にも雷にも泣くことなく、赤ん坊はジッと魔物達をみていた。
赤ん坊は、また、何かを見つけたように空に手を伸ばす。大きな鳥のような魔物が空を飛んでいた。
突然、赤ん坊がぐるんと寝返りを打つ。バスタオルがめくれて、雨にそのまま打たれた。
慌てたように、トロールが赤ん坊を手で雨から守るように掬い上げる。
赤ん坊はいっさい怖がるそぶりを見せずに、トロールを見るとニコッと笑った。