結
魔王センセとして生活し始め、それなりの月日が流れていた。
魔王城もリフォームして、北欧風のカフェっぽいオシャレな住居になった。ダークドワーフのシマダ・サンと一緒に作った木製家具は、デザインの良さだけじゃなく、使いやすさも抜群だった。
ダークエルフのササキ・サンと魔蚕の糸を織って作ったワンピースは、とても軽くて動きやすい。シマダ・サンとササキ・サンでデザインした衣服は、転生前の世界で、ショーウィンドウの中にあるようなハイブランドよりもはるかに素敵だった。
カーテン、ベッドのファブリックアイテムも魔蚕の糸で織り、草木で染めた。みんなの寝室が、落ち着いたくすみカラーのベッドで最高に可愛くなった。
城中がオシャレでモダンな、落ち着く空間になった。
枯れていた庭には鮮やかな草木が生え、裏の畑には季節の野菜や麦、米などたくさんのものが植えられていた。モンスターメイカーで作り出したモンスターたちと、毎日農作業をした。
近隣の禿山もクレイジーワームの適切なお仕事と、せっせと植樹した成果が出て青々と木々を生やしていた。ついでに近くの村の畑や山々の土も耕し、草木のタネをまいてもらう。少なくとも目に見える範囲で緑が増えていく。
春には桜、夏にはサルスベリ、秋には楓と季節で変わる山々の景色はわたしにとってとても懐かしいものだった。
自分たちの生活が落ち着いてくると、他の村や町、国が気になるようになってきた。
そこで目にしたのはスラムの孤児や身分差・性差・民族差別などで虐げられた人々だった。
平和な日本で暮らしていた微かな記憶から、それは無視できる状況ではないと感じてしまったのだ。
だから、わたしに出来る小さなことをした。
大人は働く意思があれば、仕事と安全な場所を与える。子どもたちには安全な場所と学習の機会を与える。ただそれだけ。
元の世界で教師だったわたしにとって、とくに大事なのは子どもたちを守り、育てること。だからスラムの孤児たちを保護することが一番重要だった。ササキ・サンやシマダ・サンはその点を理解してくれて、この世界の孤児たちを出来るだけスムーズに連れてきてくれた。
そして今、わたしは彼らの教師をしている。
結局、わたしの居場所は子どもたちの前なのだ。
目の前に立つこの青年―――勇者さん、とわたしが勝手に呼んでしまった彼―――は、剣を握りしめ、鋭い目でわたしを睨んでいる。でも、その瞳の奥には迷いがある。怒りや憎しみだけじゃなく、何かを求めるような光が見える。きっと彼も、この荒れた世界で自分の居場所を探しているんだろう。わたしと同じように。
「勇者さん、剣を下げてくれてありがとう」と、わたしはできるだけ柔らかく微笑んだ。
「ここは魔王城なんて物騒な名前だけど、ただの学校よ。見ての通り、子どもたちが暮らしてるだけ。ね、シマダ・サン、子どもたちにおやつちゃんと配った?」
「はい、センセ様。みんなでクッキー食べてますよ」と、ダークドワーフのシマダ・サンが奥の部屋から戻ってきて答える。最初の生徒だった彼女は今ではわたしの右腕であり、子どもたちの「お母さん」役だ。
ダークエルフのササキ・サンも、警戒しながら勇者さんを見ているけど、わたしが「大丈夫」と目で合図すると、少し肩の力を抜いた。
勇者さんはまだ戸惑っているようだ。無理もない。この世界の「魔王」のイメージは、たぶん恐ろしい怪物か何かだろう。でも、わたしはただの元教師。転生したときに得た力で、モンスターを作ったり、土地を整えたりできるけど、それは全部、子どもたちを守るために使ってきた。
「勇者さん、ちょっと座ってお話ししない?」
わたしはバルコニーに置いた木のベンチを指さした。
バルコニーからは山の木々がよく見える。きっと景色が落ち着いた気分にさせてくれるだろう。
「お茶でも飲みながら、ゆっくり話したいの。あなたがどうしてここに来たのか、聞かせてほしいな。」
彼は一瞬、剣を握る手に力を込めたけど、やがてゆっくりと剣を鞘に収めた。よし、第一歩だ。
シマダ・サンの作ったオシャレなテーブルを用意して、わたしと勇者さんは向かい合って座った。ササキ・サンが持ってきたハーブティーの香りが、緊張した空気を少し和らげる。チャイナボーンをイメージして作ったティーセットは、ハーブティーの色を鮮やかに見せてくれる。目、鼻、舌を満足させてくれるハーブティーは最近のお気に入りだ。
勇者さんはまだ警戒しているけど、わたしの話を聞く姿勢を見せてくれていた。
「わたし、この世界に来たとき、何をすればいいのかわからなかったの」
わたしはゆっくりと話し始める。
「自分のステータスをみたときに、"魔王"ってなっていてびっくりしたわ。だけど魔王ってなんなのか、誰も具体的に教えてくれない。で、思ったのよ。別にいわゆる魔王をしなくたっていいじゃん、したいことをしようって。で、転生前は教師って職業だったわたしのしたいことって、子どもたちを助けることしかなかったのよ。スラムで飢えてる子たち、親がいない子たちをここに連れてきて、ごはんをあげて、勉強を教えて、安心して眠れる場所を作ったの。」
勇者さんの目が、わずかに揺れる。彼はスラムの子どもたちのことを知っている。貧困と絶望の中で生きる彼らの姿を、きっと見てきたんだ。
「でもね、この世界ってモンスターや荒れた土地が多くて、"ヒト"が暮らすにはとても厳しい環境よね。だから、わたしの能力でモンスターを作ったの。クレイジーワームは土を耕して、作物が育ちやすいようにしてくれる。ブラッディマラードは害獣を追い払って、村の食料を守る役割。ササキ・サンやシマダ・サンたちは、子どもたちを危険から守って、連れてきてくれる。全部、子どもたちのためなの。」
「……それが、本当なら」
勇者さんが小さく息を吐き、低い声で言う。
「でも、子どもたちが攫われたって話は本当だ。俺はそれを見てきた。」
「うん、それはごめんなさい」
わたしは頭を下げた。
「ササキ・サンたちが少し強引だったかもしれない。でも、子どもたちをスラムに放置するより、ここでごはんを食べて、笑って暮らせる方がいいって思ったの。勇者さんも、そう思うでしょ?」
彼は黙ってうつむいた。たぶん、彼の心の中で、いろんな思いが渦巻いているんだろう。わたしは少し待って、そっと話を続けた。
「勇者さん、あなた、剣が強いよね。子どもたちを守るために戦ってきたんでしょ? わたし、思うんだけど……あなた、ここで子どもたちの先生になってくれない?」
彼が顔を上げる。驚いたような、疑うような表情だ。
「……先生?」
「そう、運動の先生! 体育の先生かな。私には教えられないからさ。」
わたしは笑顔で言った。
「子どもたち、元気いっぱいなんだけど、ちゃんとした運動の時間が足りないの。剣の使い方とか、身体を鍛える方法とか、勇者さんなら教えてあげられるでしょ? それに、あなたがそばにいてくれたら、子どもたちも安心すると思うな。」
勇者さんは言葉を失ったみたいに、じっとわたしを見つめる。たぶん、こんな提案、想像もしてなかったんだろう。
「俺は……勇者だ。魔王を倒すためにここに来た」
彼はつぶやく。
でも、その声にはさっきまでの鋭さがなかった。
「魔王を倒しても、この世界の貧困やモンスターはなくならないよ」
わたしは勇者の目をじっと見つめた。たぶん、同じ志を持っていると信じて。
「でも、子どもたちに未来をあげれば、きっとこの世界は変わると思うの。勇者さん、わたしと一緒に、子どもたちのために戦わない?」
それから数日、勇者さんは魔王城――いや、わたしの学校に留まった。
子どもたちと過ごすうちに、彼の硬い表情が少しずつほぐれていく。ササキ・サンやシマダ・サンとも、少しずつ言葉を交わすようになった。
ある日、広場で子どもたちに剣の基本を教えている勇者さんを見かけた。子どもたちが目を輝かせて、彼の動きを真似している。勇者さん自身も、どこか楽しそうだった。わたしはそっと微笑んで、ササキ・サンに囁いた。
「ね、ササキ・サン。勇者さんっていい先生になりそうでしょ?」
「センセ様の目は確かですね。ふふ。―――あの人間、とても、子どもたちに慕われてますよ。」
その夜、勇者さんがわたしを訪ねてきた。彼は少し照れくさそうに、でもはっきりと言った。
「センセ……俺、しばらくここにいるよ。子どもたちに、剣や運動を教えてみる。そんで、もし俺にできることがあれば、なんでもやる。」
「ありがとう、勇者さん! これからよろしくね、先生!」
わたしは心から嬉しかった。
数ヶ月後、魔王城の広場は子どもたちの笑い声でいっぱいだった。勇者さんはすっかり「ユーシャ先生」として子どもたちに慕われ、剣の稽古や運動会を企画して、みんなを楽しませていた。わたしは教室で読み書きを教え、シマダ・サンは料理を、ササキ・サンは裁縫を教える。みんなで力を合わせて、子どもたちに安心と未来を贈っていた。
勇者さんは、ときどき遠くを見るような目をする。たぶん、元の世界の家族を思い出しているんだろう。でも、子どもたちに囲まれているときの彼の笑顔は、本物だった。わたしもまた、この学校で子どもたちと過ごす日々に、教師だった頃の喜びを思い出した。
「センセさま、勇者先生、ありがとう」と、子どもたちから手作りの花冠をもらったとき、わたしと勇者さんは顔を見合わせて笑った。
この世界に召喚された意味は、きっとここにあったんだ。
こうして、魔王と勇者は、子どもたちの未来のために手を取り合った。世界征服なんて、わたしたちには必要なかった。ただ、子どもたちの笑顔があれば、それで十分だった。
読んでいただきありがとうございます。
春チャレンジ2025目的で書いたけど間に合わなかった……
この話は、レベルEの2巻の「魔王にゲーム目的インプットすんの忘れたな……」にインスパイアされて書いたやつです。レベルEは何度読み直しても面白い。