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この世界に召喚された俺は、思ったほどのギフトもなくただただ血の滲むような努力で勇者の座までのし上がった。この世界の筋肉ダルマみたいな剣士と実戦形式で扱かれ、糞不味い薬草を噛み締めながらスキルやレベルを上げていった。

しかし勇者と持ち上げられたところで、結局は偉そうな玉座にいる人間から銅の剣とわずかばかりの金貨を持たされ、魔王討伐の旅に出されただけだった。追い出されるみたいに。

本当は魔王なんていないのではないのかと思っていた。召喚されたときは魔王なんて、誰も言ってなかった。偉い神官のどら息子が古の召喚術をやってみたくてやっちゃっただけだって、下っ端が口を滑らせていたしね。手段と目的が逆転してる。術さえ成功させたら、後は不要ってことかよ。



まあ確かに、この国は荒れていた。モンスターの被害と荒廃した土地、食べるものが少なくて飢えた人々。

下手に王族に召喚された俺は、貴族とスラムとを両方目にしてしまい貧富の差に胸を痛めた。

でっぷり太った年老いた貴族と、ガリガリに痩せ細ったスラムの子どもたち。スラムでは長生きできないから子どもたちしかいない、ってことに気がついたときの衝撃。召喚される前は考えもしなかった、リアルな貧困。


召喚前の自分は、最新のゲームやスマホが買ってもらえない我が家は貧乏だと思っていた。バイトしなきゃ着たい服だって買えない。

父親は作業服を着て毎日残業して働いていたし、母親も朝から夕方までパートで働いていた。

家も小さいし、車も中古だ。外食なんてめったにない。高校も私立は行かないでくれよと両親に言われ、行きたいと思った高校よりレベルを下げて安全圏の公立高校に通っていた。不服で時折学校をサボったりもしていた。

でも、家があることもごはんが食べれることも、着替えの服があることもここでは贅沢だ。まして学校やゲーム・スマホなんて死ぬほど恵まれていたんだ。両親が恋しくて仕方ない。反抗期の自分の酷い態度が悔やまれて胸が痛い。どこにでもいる平凡な家族、そんな大切な家族とはもう会うことがかなわない。



異世界に放り出された俺の出来ることは、剣を振るうことだけだった。


襲ってくる魔物を倒すこと、食事の代わりになりそうな魔物を狩ること、武器や道具の素材になる魔物を倒してお金にすること。出来ることは何でもした。目標も目的もない俺には、目の前にいる”誰か”を助けることしか自分の存在意義はなかったし、召喚前の生活を贅沢さの後ろめたさや両親への郷愁を掻き消す方法は他に分からなかった。


ある時、クレイジーワームと呼ばれる化け物が蹂躙している村で、土の中に潜るモンスターと戦った。

勝利した際に、異世界特典の【鑑定】を使うと『クレイジーワーム:製作者 魔王センセ』と出てきた。


「魔王って、ホントにいるんだ……」


魔王センセが生み出すモンスターがこの地の異変に違いなかった。

土をクレイジーワームが荒らし、真っ赤な怪鳥が獲物を探すように空を舞ったり荒地を駆け巡っており、人間たちを困らせているのだ。

その怪鳥の【鑑定】にも『ブラッディマラード:製作者 魔王センセ』と出てきた。


都市部ではスラムの子どもたちが次々と姿を消した。目撃者によると、魔王センセの眷属であるダークエルフが舌なめずりをしながら小さな子どもたちを攫っていったという。

農村でも妊婦がダークエルフに連れて行かれたという話を聞いた。特に貧しい地区にダークエルフが現れるとの噂を聞きつけ、山間の小さな村を巡った。やはり荒れた土地をクレイジーワームが蹂躙し怪鳥が土を突き回していた。

農作物も少なく、食べ物の足りない村ではやはり子どもたちがスラムのようなところで暮らしていた。隣の村に現れたダークエルフが子どもたちを攫っていったと聞いて、自分も服を汚し土に塗れてスラムでダークエルフを待った。潜伏は一ヶ月以上であった。

ある日、見慣れない女が熱心に子どもたちに話しかけていた。優しい声とスープやパンの配給で、最初はシスターだと思っていたが、ケープが外れた際に見えた褐色の肌と赤い瞳がこの辺りの人種とは違っており珍しかった。

ある程度近づかないと【鑑定】がかけられず、近づくのに数日を要した。やっとのことでかけた【鑑定】で『魔王センセの眷属:闇エルフ』と言うところまで読むことができた。しかしすぐに気づかれて、撒かれてしまった。それだけではない、子どもたちと一緒に女は消えたのだ。

目の前で起きた誘拐に敗北感を感じた。あのダークエルフは格上の存在だ。魔王はもっと強いのだろう。修行が必要だ。勝つためには強くなければならない。


こうして“魔王討伐“という目標を得た俺はレベルをあげ、各地を廻り、魔王の動向と所在を探った。苦労した結果深い山の中に魔王城があることを突き止めたのだ。そこにたどり着くまで数年かかるほどだが、俺は辿り着いた。


「―――魔王センセ、覚悟しろ!!」


俺がやたらと小綺麗な魔王城のエントランスを抜けた広場に駆け込むと、紅魔の剣の鋒がひとりの女を捕らえた。

近くに居たダークエルフが魔王を庇うように立つ。あの時のダークエルフである。その後ろで、ダークドワーフと思しき魔物がその場にいた子どもたちを奥の部屋に連れて行くのが見えた。あれは攫われた子どもたちなのだろうか。ギリリと奥歯を噛む。

そちらに視線をやりたいが、ダークエルフからの殺気が俺を油断させてはくれない。ピリッとした空気がこの場を支配している。

その空気を破ったのは魔王の声だった。


「佐々木さん、ちょっと待って。まずはお話を聞かせてもらいましょう?」

「―――ですが、センセ様。この者は剣の(きっさき)をこちらに向けております。」

「ん? ……佐々木さんって??」


魔王がダークエルフに呼ぶ名前が、あまりにも日本的で剣の先が揺れる。魔王の声も拍子抜けするくらい柔らかなものだった。

魔王はダークエルフの腕をそっと降ろさせて、笑みを浮かべながら俺にゆっくりと近づいてくる。

今まで出会ったどの魔物よりも、殺気が感じられない。むしろ親しみのある空気感を纏っており、困惑した。剣を握り直す手が、震えている。


「あらあら、日本人みたいな顔をしてるわねえ」

「―――!! お前は何者だ!!」

「あら、やっぱり日本人なのね。嬉しいわ、私以外の日本人に会うのは初めてなの。同郷の好でどうか、剣を納めてくれない? 子どもたちが怯えているから。―――島田さんは子どもたちを落ちつかせてくれるかしら」

「わかりました。―――さあ、みんな、向こうでおやつにしましょうね」


ダークドワーフが残りの子どもたちを奥の部屋に連れて行く。子どもたちの洋服も小綺麗で身体もふっくらしており、攫われていったスラムの孤児とは様相が違う。

魔王やダークドワーフに懐いているようにも見えた。


「……どういう、事だ?」


俺が剣を下げると、褐色の肌の女は手を広げて笑った。敵意はまるで見えない。罠だろうか。

近づく女に緊張して、ゆっくり後退りした。


「はじめまして、わたしはセンセ。元の名前は思い出せないんだけど、元教師だったから”センセ”なの。日本人から生まれ変わって魔王になったんだけど、魔王が何をするのかわからないからとりあえず孤児を集めて学校を作ってみたの。ただそれだけよ。」

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