対PKクラン戦 17
評価・ブックマークありがとうございます!
「【窮極の神技───韋駄天】」
───世界が停止した。
視界に映る全てが色褪せ、ピクリとも動かない。……いや、唯一ダークエルフが放った祭壇儀式魔法の矢が、コカパク・トラリに向かってゆっくりと進んでいる。
それすらも、まるでカタツムリが歩くような非常にゆっくりとした速度だ。
そんな超低速の世界を、私は変わらない速度で駆け出す。
ゆっくりと進んでいく矢を横目に追い抜き、狙うは矢の先に居るすべての土偶。
一番近い土偶を『ネグロ・ラーグルフ』で叩き据えると、そのノックバック効果によってカタツムリが歩くよりも少し速い速度で弾かれていく。
その様子に私はクスリと笑い、そして次の土偶に狙いを定めて駆け出した───
♢♢♢♢
「───はっ?」
Mr.Qがそんな間抜けな声を上げた時には、すでに勝負は決まっていた。
彼は見たのだ。
ダークエルフの矢が放たれた瞬間、黄金の光を纏ったカローナの姿が消えたのを。
そして、宙に網目状の黄金の軌跡が描かれると同時に、轟音と共にコカパク・トラリを守ろうとしていた土偶の全てが弾かれてあらぬ方向へ飛んでいくのを。
青白い矢がコカパク・トラリへと突き刺さると同時、何が起きたのか示すようにアナウンスが鳴り響く。
『最大速度ランキングが変動します』
『プレイヤー名: カローナ が最大速度ランキング1位にランクイン!』
♢♢♢♢
矢の軌道上の土偶を数十体と弾き飛ばした私は、それでもなお【窮極の神技───韋駄天】の効果時間中で、矢がゆっくりと進んでいくのを眺めていた。
私が持っていたステップ系のアビリティを9個も突っ込んで獲得したこのアビリティは、まさしく神業と言うべきものだった。
空中ジャンプも回転も自由自在、何よりその速度は、文字通り目にも留まらぬものだ。
私から見て他の全てがゆっくりに見えるのは、『速い状態』を表現する方法だろう。他に皆は、私が超高速で動いているように見えているはずだ。
アビリティリキャストが一週間ってあまりにも長すぎると思ったんだけど、これはむしろ一週間でも短いぐらいかもしれない……だって、放たれた矢がカタツムリに見える速度だよ? 誰が対応できると?
相手には認識できない速度で、5秒間は攻撃し放題だ。PvPで使えば、まず負けることは無いだろう。
あの時見たスターストライプさんの【ティタノマキア】も、【窮極の神技】だったわね……。私は覚醒システムまで使ってやっと獲得できたのに、レベルキャップ解放前にすでに獲得していたスターストライプさんっていったい……
っと、もうすぐ効果切れかな?
そろそろ戻るかな。
私は普通に歩いて、Mr.Qの隣で立ち止まる。そして黄金の光は霧散していき───
「ギュロロロロロロロロロロロロロロロロッ!」
色が戻った世界に、コカパク・トラリの叫び声が響く。祭壇儀式魔法の矢によって貫かれた巨体に青白いひび割れが広がっていき、徐々に崩壊し始めたのだ。
そうして発生したポリゴンは風に乗るように宙を舞い、祭壇へと吸い込まれていく。
10秒とかからず、コカパク・トラリの巨体は全て祭壇の中へと消えていった。
『古の獣は再び眠りにつく───』
『しかし、これはまだ始まりにすぎません。古の獣が求めるのは陽と陰、両方の面なのですから』
『レイドモンスター: コカパク・トラリ の撃退に成功!』
「ふぅ……ようやく終了ね」
「うわっ!? カローナちゃんいつ現れた!?」
「いつって……土偶を弾き飛ばした後、普通に歩いてきたけど? あっ、この剣返すわね。ありがとう!」
「えっ? あぁ、うん……じゃなくて! なんか最大速度1位とか言ってなかった!?」
チッ……誤魔化せなかったか……。
いや、別に誤魔化すほどのものじゃないんだけどね。
「まぁどうでもいいことは一旦置いておいて……まずはダークエルフさんとの事後処理をするのが優先じゃないかしら?」
「うっ……まぁそれもそうか……」
「プレイヤー諸君、君達には一応感謝しておこう」
Mr.Qを納得させたところで、ダークエルフのリーダーらしき女性が近づいてきてそう言ってきた。少し棘がある言い方だけど、最初の反応と比べればかなり良い待遇になったものだ。
「えぇ、お疲れ様……無事でよかったわ。それで、あれは何だったの……?」
ゲームシステムであるアナウンスがそう言っていたのだ、あのモンスターが『古の獣』であることは間違いないと思う。
けど、ダークエルフは『あんなモンスターは知らない』と言うのだ。その矛盾はどうにか明らかにしておきたいところだ。
「我々は知らぬ……が、どうせ人間かエルフの仕業だろう」
「悪さをしていたプレイヤーは分かるけど……エルフ? 何かあった───」
私がそう言いかけた瞬間、ダークエルフの額に青筋が浮かぶ。あっ、これ地雷だったか。
「遥か昔、我々の祖先の話だ……エルフより謂れのない冤罪かけられた我らダークエルフは、多くの仲間を失ったのだ……!」
「っ……」
「我々からしてもエルフは……そしてエルフからしても我々は、不倶戴天の怨敵である。奴らが我々を殺そうとしても、何ら不思議ではないだろう」
そう言い切った彼女の表情は、とても同族の者に向ける物とは思えない、壮絶な恨みが込められていた。
お読みくださってありがとうございます。




