対PKクラン戦 13
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樹々をなぎ倒しながら徐々に見え始めたのは、禍々しく黒い巨体を持つコカパク・トラリ。巨大である分移動速度が早く、もうここまで到着してしまったようだ。
「あぁ、そんなっ……」
「ギュロロロロロロロロロロロッ!」
地の底から響くその慟哭が、誰かが漏らした絶望の声を飲み込む。あまりに禍々しい姿に気圧されてか、ダークエルフ達が纏っていた殺気が、急速に小さくなっていく。
「ごめん、カローナちゃん! 結局止められなかった!」
「いや、仕方ないわよ。私もダークエルフ達を説得できなかったし」
駆け寄ってきてそう言うMr.Qに、私は素直に返す。そりゃ、こんな短時間で攻撃も何も聞かない相手を何とかするなんてほぼ不可能だからね。
「初のスペリオルクエストで戦った堕龍と同じものを感じるよな……」
「攻撃がまともに通らないところとかね……」
「あとは、『俺らを殺す』以外の、何か別の目的を持ってるところとかな」
確かにそうだ。
堕龍はドラゴンの力を欲して暴れ回っていたし、コカパク・トラリも脇目も振らずにダークエルフの集落を目指してきたのだ。
何らかの目的があるのだろう。
「し、知らない……こんな……こんな禍々しい魔物が『古の獣』なんかでは……」
「「「えっ……?」」」
ダークエルフの一人の呟きに、私達の視線が集まる。
コカパク・トラリは『古の魔物』じゃない? じゃあこいつはいったい……PKの連中は何を復活させたの……?
「ギュロロロロ……」
「っ! まずいですわっ!」
セレスさんの悲鳴じみた叫び声に、ハッと我に返る。見れば、ダークエルフの集落を眼下に見下ろしたコカパク・トラリはガパリと口を大きく開いており、その奥に眩いばかりのエネルギーが輝いている。
ちょっ、またあのブレスを……!
「【進化の因子──"隠者"】!」
『因子とファンタジアが混ざり、覚醒する!』
『バイオファンタジア計画が進行───』
『プレイヤー名: ゴッドセレス の種族が、一時的に ランパード・カメレオン に変化します』
セレスは、迷わず切り札を切った。【進化の因子──"隠者"】は、彼女がよく知る他のプレイヤーやモンスターに変身する能力を持つ。
そしてその対象が使えるアビリティすらも、変身中は自由に使うことができるのだ。
コカパク・トラリの視線の先に躍り出たセレスさんは、ダークエルフの集落との間に立ち塞がり───お非~リアさんの姿となって、両手を合わせた。
「ギュロロロロッ!」
「【ブレイザブリク】!」
再び、放たれたブレスと白い聖域がぶつかり合う。
他のパラメータすら防御力に変える【ブレイザブリク】には、VITやSPの低さは関係ない。
むしろ【進化の因子】の発動によってステータスが上がっている彼女の【ブレイザブリク】であれば、再びコカパク・トラリのブレスを受け止められるのは必然だった。
あまりの衝撃波に私やMr.Qもたたらを踏みながら後退する中、数十秒に及ぶその攻撃を、セレスさんは一人で受けきってしまった。
「くっ……ふぅ……」
「セレスさん!」
眩い光が宙に溶けて消え、ドサッと音を立てて膝から崩れ落ちるセレスさん。私は慌てて彼女を支える。
「し、知ってはいましたが……いざ自分でやって見るとなかなか辛いものですわね……」
「いやっ、マジでどうなるかと思ったけど本当に助かった! ありがとうセレスさん!」
「あぁ、だんだん意識が……カローナ様……最後に私に口付けを───」
「よし、ひとまず大丈夫そうね」
今世の別れでもあるまいに……私に抱きかかえられながら、目を閉じてキス待ちしているセレスさんをとりあえず隅っこにペイッとしておく。
そんな二人を眺めながら、Mr.Qは頭の中で考えを纏める。
(やっぱり、セレスちゃんも【進化の因子】を持ってたか……カローナちゃんが以前言ってた【隠者】だね。『ランパード・カメレオン』って言ってたから、他のプレイヤーに変身する……ってところか)
そんな場合ではないと分かっていても、相手の戦力を分析してしまうのは、PvPを住処としているプレイヤーの性だ。しかも相手が、ランキング5位につけるトップランカーであるならなおさらだ。
(って、今はそんな場合じゃないか)
ざわめきが広がるダークエルフ達に視線を向けたMr.Qは、諭すように声をかける。
「見ての通り、俺達は君達ダークエルフを守りたいと思っているんだ。じゃなきゃ、今みたいに身を挺して攻撃を防ぐ理由がない」
「っ……」
「けど、コカパク・トラリはあまりにも強力……俺達の攻撃ではびくともしないほどに。だから、君達の力を借りたい」
真っすぐな目を向けるMr.Qを見て、ダークエルフ達の心が揺らぐ。人間は全く信用していないが、己の身を犠牲にして集落を守った彼女の行動は嘘ではない。
その行動をないがしろにできるほど、ダークエルフは落ちぶれていないのだ。
神妙な表情を浮かべた一人のダークエルフの女性が、Mr.Qの前に歩みを進める。すらりとした長身に、腰まで届く銀色の髪。芸術品のように素晴らしいスタイルは、おそらくダークエルフの民族衣装であろう布に包まれているものの、目のやりどころに困る。
そんな彼女はMr.Qの目を見据え、ゆっくりと口を開いた。
「我々は人間を信用していない……が、我々を守った人間に不義理はできない。あくまで我々の身を守るためだ、勘違いするなよ」
「あぁ、それでも助かるさ」
「全員武器を持て! この化け物を封印するのだ!」
「「「「「おぉぉぉぉぉぉぉっ!」」」」」
コカパク・トラリに向け、大勢のダークエルフが一斉に蜂起した。
初めて聞くような言葉で呪文が紡がれたと思えば、見たこともない魔法陣がコカパク・トラリの足元に出現し、鎖のようなものが飛び出してコカパク・トラリの脚に絡みついていく。
その鎖はコカパク・トラリの自由を奪い、その場に縛り付けることに成功した。
「……あれ? 攻撃が効いてる?」
そんな光景を見たMr.Qの呟きは、私達の驚きをよく表していた。
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