対PKクラン戦 6
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その姿はあまりに歪で、冒涜的で……まさに悪魔の化身だった。
骨格さえ不要なほどに高密度な筋肉で全身を覆い、外骨格も持たず、自由に動く8本の脚をうねらせる。
ざわざわと蠢く無数の脚を背中から生やすその姿は、まるで形容しがたい神のようであった。
【進化の因子──"悪魔"】……3分間、使用者の種族を『パンドラウス・クラーケ』に変更し、特殊バフ『侵出鬼咬』効果を付与する。
その効果は、『自身の身体の一部または全部を、視界に映る任意の場所に転移する』という、チートじみたものであった。
この効果で、逃げるカローナの目の前にタコの脚を転移させ、攻撃を叩き込んだのだった。
当然そんなことは知らない私は、混乱の最中にいた。
『反響定位』で、周囲に障害物がないことは確認していたはずなのだ。しかし、今の一撃は……どう考えても、何もない場所から突然現れたとしか思えない。
あり得ない。
分からない。
焦る内心をルーティーンで無理やり落ち着け、体勢を立て直してレグラッドへと目を向ける。
彼は自身の身長の倍はありそうな長いタコ脚を背中から伸ばし、逃走する途中だったカサブランカさんを吹き飛ばしたところだった。
まさか、あいつが【進化の因子】を持っていたなんて……
私とレグラッドとの距離は20m強、一撃受けたけど、距離を取れたのは僥倖だった。
レグラッドは、円形を横長に潰したような不気味な瞳を私へと向け───
「んぐっ……!?」
遥か20m先で彼が無造作に放ったアッパーが、突如として私の懐に現れ、私の顎を捉えた。HPが一気にデッドゾーンへと差し掛かり、視界が揺れるなか、レグラッドが次なる攻撃を───
あっ、ヤバッ──
「フッ……!」
ガキィィインッ!
私に届いたのはレグラッドの攻撃による衝撃ではなく、けたたましい金属音だった。
目の前には、重厚そうな白銀の鎧に包まれた男の背中。身の丈ほどの大盾でレグラッドの攻撃を受け止めたのは、『銀竜聖騎士団』のお非~リアさんだった。
「お非~リアさん!」
「……やはり、どこにでも攻撃が届くわけではないようですね。おそらく、『視認できる場所に身体の一部を転移させる』という能力なのでは?」
「…………」
大盾を隔てて睨むお非~リアさんの言葉に、沈黙を以て返答するレグラッド。
背中から生えた8本のタコの脚をうねらせ、お非~リアさんへと狙いを定める。
私はとりあえずポーションを口に流し込みHPを回復、お非~リアさんの言葉を頭の中で反芻し、【"悪魔"】への考察を巡らせる。
……相手が【進化の因子】を使った瞬間、私も【"恋人"】を使おうと思ったのだけど……お非~リアさんの言葉を踏まえると、使わなくて正解だったようだ。
【"恋人"】と専用武器『ネペンテス・シナプス』の組み合わせなら、【"悪魔"】以上の手数で攻められるだろう。
けど【"恋人"】発動中、私の頭の上には最大の弱点であるバラの花が咲くのだ。
蔦はいくらでも再生できても、バラの花はそうもいかない。そして、【"悪魔"】が転移を自在に操る能力であれば、無数の蔦も無視して弱点を直撃されることになる。
(相性は最悪……か。お非~リアさんには悪いけど、上手く盾にするしかないわね)
「……まぁ、確かに【"悪魔"】は、視認している範囲でしか転移できない」
「やはり───」
「だが……認識が甘ぇよ」
「っ!?」
お非~リアがその言葉を聞いたのは、自身のすぐ横から。
魔法陣もエフェクトも、予兆すらなくお非~リアの視界からスッと消えたレグラッドは、次の瞬間にはお非~リアの真横に現れたのだ。
2本の脚を捩り合わせ、貫通攻撃アビリティ【穿空拳】の赤黒いエフェクトがその表面を覆い、放たれる───
「【タクティカル・パリィ】!」
その刹那の時間に、高難易度のパリィを合わせたお非~リアのPSは、まさに神業であった。
───相手が【悪魔】でなければ。
「ぐぅっ……!?」
【穿空拳】が突き刺さったのは、お非~リアが掲げた大盾ではなく、その動きによってがら空きになった脇腹。
大盾で受けるはずだった攻撃が、突然懐に現れるなど、いくらトッププレイヤーのお非~リアであっても対応不可能。
貫通攻撃ゆえに鎧を貫かれ、少なくないダメージエフェクトを弾けさせるお非~リアさんは……しかし揺らぐことなく、さらに間合いを詰める。
「チッ……生身でも硬ぇのかよっ」
「ナイス、お非~リアさん!」
自由に転移できるという破格の能力を持っていても、アビリティ発動後の硬直はみな平等。
その一瞬の隙に、空中を蹴ってレグラッドの背後へと回り込んだ私は、すでに赤と白の巫女服に身を包み、黒い翼を纏っている!
【妖仙流剛術】───
「【紫電】!」
紫色の閃光が弾け、一瞬遅れて炸裂音を響かせる。常人なら破壊されて然るべきその一撃は、しかし───
「はぁっ……!?」
被弾予想部位だけどこかに転移したレグラッドには当たることなく、彼の身体を貫くように虚しく空を貫いた。
「そんなのあり!?」
「人間の常識を当てはめようとするのが間違ってるぜ?」
次の瞬間、四方八方から襲いかかるタコ脚が、私の姿を貫く……が、それは【バニシング・ステップ】によって作り出したデコイ。
本物の私はすでにその場から離脱し、レグラッドの死角に回らんと加速している。
「チッ……」
あまりの速さに、まともに視界にすら入らない私に舌打ちを一つ。
フッと消えるように全身転移したレグラッドは、カローナとお非~リアを俯瞰して見える位置へ───
「!?」
次の瞬間、レグラッドの視界は薄い緑色の何かに覆われた。
「視界に映らなければ転移できない、だったな?」
「てめぇっ……!」
レグラッドの視界を覆ったのは、『幻影のコート』。そしてその持ち主……カサブランカが構えるは、両手に握った拳銃だ。
狙いは当然、レグラッドの目だ。
容赦なく銃口を突きつけるカサブランカは、一切の躊躇いなく、引き金を引いた。
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