猜疑に満ちた仮面舞踏会 6
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「お兄さん……?」
「っ!? き、君か……」
偏屈爺さんとの話を終え、また別の人と一曲踊ってきた私は、最初に私をダンスに誘ってきた青年に静かに近づき、声をかけた。
青年は私の接近に全く気がついていなかったようで、驚いて身体を跳ねさせていた。
「声をあげるのをよく我慢しましたね?」
「胆力には自身があってね……って、結構ビックリしたけどね」
「ふふ、面白い方……♪︎」
「仮面舞踏会を楽しんでいるかい?」
「えぇ、とっても……あなたに教えていただいたあのおじ様も、とても面白い方でしたわ♪︎」
「それは良かった。普段の抑圧から解放されて、存分に羽を伸ばすと良い」
「はい……♪︎ ところで、あのおじ様があなたを呼んでいましたよ?」
「本当かい?」
「えぇ、何か急いでいる様子でしたけど……」
嘘だけど。
私と偏屈爺さんとで悪巧みをしただけで、別に彼を呼んだわけではない。
ただ、少し利用させて貰うけどね。
……マジでごめん!
「分かった、すぐに行ってくるよ。そのあとにでも、また一曲どうかな?」
「えぇ、では隅でお待ちしておりますわ」
再び私を誘った彼は、『わざわざ呼ぶなんて、なんだろう……』と呟きながら、偏屈爺さんの元へと向かう。
私は会場の隅……全体を見渡せる場所へと移動し、タイミングを図る。青年と偏屈爺さんがあと1、2歩の距離までくる、その瞬間を。
そして───
(今……!)
私はごく自然に……何気ない僅かな動きでダイハード・メガランチュラの糸を引っ張る。
これは私のドレスを少し解いて用意したものだ。そして、糸の反対側……床を這い、机の下を通って糸が繋がっている先は、青年の身体だった。
一緒にダンスを踊ったときに、内緒で仕掛けておいたんだよね。バレないように。ただでさえ暗い会場で、床を這う細い糸を見つけられる人なんていない。
そして、たとえ1ミリに満たない太さだとしても、ダイハード・メガランチュラの糸は人一人を支えるには十分すぎる強度だ。
「ぅわっ……!?」
足を取られ、バランスを崩した青年は、目の前の……偏屈爺さんの胸へと、豪快に頭突きを叩き込んだ。
「……ほう、小僧……この儂にケンカを売るとは良い度胸だなっ!」
「ひぃっ! 違いますっ! これはっ、すみません!」
わざとらしく張り上げた偏屈爺さんの声が会場に響く。そして、青年の情けない声も……
静かな会場でそんな声がすれば、当然注目を集める。周囲の人々の目が、一斉に彼らの方を向き───
「……見つけた」
私は思わず、小さくそう呟いた。
私も彼らの方を向くように見せかけ、実際に見ていたのは周囲の視線の動き。
周囲の人々の目が一斉に青年らへと向けられる中、2人だけ……視線が私に固定されていた人が居たねぇ?
オッケー、姿や背格好は覚えたわ。本当は声も聞ければ良いんだけど……まぁ立ち居振舞いの癖で見分けはつくでしょ。
……とはいえ、まだウェルブラート辺境伯を発見できていない。作戦を決行しようにもできない状態だ。
今のうちに、あの二人の視線を掻い潜る作戦でも考えておきましょうか……。
偏屈爺さんにこってりと絞られる青年を遠目に見つつ、私は一人思考を巡らせた。
「はぁ……散々な目に遭ったよ、本当……」
「お怪我はありませんでしたか?」
「あぁ、怪我はない。大丈夫だよ」
しばらく経った後、少しげっそりした様子の青年が戻ってきた。
いや、ごめん……実はそれ、全部私のせいなんよ……。バレてはなさそうだけど。
周囲の人達は、この青年を見てなにやらヒソヒソと話している様子。よしよし、良い感じに青年が視線を集めているようだ。
……私にも視線が来ないように気を付けようかな。壁を背に、【クロワゼ・デリエール】を使って視線を外し、青年の影に隠れる。
これで大丈夫でしょ。
「しかし、こんな失礼なミスを……恥ずかしい……」
「ふふ、私はあなたの慌てた姿が見られて面白かったですが……」
「勘弁してくれ……男ってのは、レディの前ではカッコつけたいものなのさ」
「あら、レディって私のことですの?」
「あぁ、もちろんだ」
わぁ、イッケメーン……。
「だとしたら、何も問題はありませんわね」
「え? どうして───」
「だって私は、ダンスをご一緒した時からもう……」
頬を赤らめ、おずおずとした様子で、そして言い切る前に羞恥心が限界に達したように目を逸らす。
まさに生娘のように!
……いや、実際生娘なんだけどさ。
もしこの場にMr.Qがいたら、『あざとww』と笑っていただろう。
だが、如何にも純情そうなこの青年には、間違いなくクリティカル! おらっ、現代日本の『あざと可愛い』を食らえっ!
「も、もしよければ、次回もまた私と一緒に踊ってくれないだろうか……!」
……勝ったな。
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