親愛なる————へ 17
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「まさか、ゲームの中でハッキングじみた事をするとは思ってもみなかったね」
「本当、どうなっているんだこのゲームは……」
ジョセフとヘルメスは呆れにも似た感想を漏らしながら、パソコンに次々と流れていく文字列を処理していく。
『ゲーム』とはそもそも、プログラムの塊である。
にもかかわらず、その中のたった一つのクエストを行うためだけに『プレイヤーが触れる用』の別のプログラムが用意されているというのだ。
このゲームの運営陣が如何に狂っているかが垣間見える部分である。
「【ディア・キャロル】のセキュリティは非常に強力だが、その内部はすべてミューロンに頼っている。『プログラムを内側から直接書き換える』というアナログな方法など想定していないが故、脆い。そして……」
モデル《Almighty》を容赦なく叩き潰すカローナと、点滅が激しくなるミューロンを見て、ホーエンハイムは呟く。
「ミューロンが戦闘に注力すればするほどに、その脆弱性は増す。……感情の学習が仇になったな、ミューロン」
♢♢♢♢
「んっ? なんだか動きが雑になった?」
リスポーンしてきたモデル《Almighty》に『蟹剛金箍』を叩きつけながら、私は相手の動きの変化に気が付く。
フェイントもないし、避けるのも攻撃も大雑把。
急にどうした?
「復活の際に、モデル《Almighty》とミューロンとの繋がりを断ち切った。そいつはもうミューロンに制御されていない」
『っ……そんなものっ』
「どうにもできないだろう? この【ディア・キャロル】もお前も、もともとは私が作ったものだからな」
『くっ……!』
なるほど、こうして少しずつ相手の戦力を削いでいくわけね。
私とセレスさんの戦闘組と、ジョセフさんとヘルメスさんのハッキング組が連携していないと攻略できない難しいクエストだ。
やっぱりスペリオルともなると、単純な戦力だけではどうにもならない。
「ま、得意分野で活躍すればいいってことで! 【グラン・ペネトレイション】!」
貫通攻撃を発動した『蟹剛金箍』をぶん投げる!
槍投げの槍のように投げられた『蟹剛金箍』の向かう先は、モデル《Almighty》の眉間だ。両腕をクロスさせて『蟹剛金箍』を受けるも、貫通攻撃はその程度では止まらない。
赤黒いエフェクトはモデル《Almighty》の腕に深々と突き刺さり、ダメージエフェクトを弾けさせる。
そのエフェクトがモデル《Almighty》の視界を覆った瞬間———
———刹那の交差。
瞬く間にフィールドを駆け抜けた私は、モデル《Almighty》が背後で崩れ落ちる音を聞き、脚を止める。
アビリティ【一閃蜂騎】。
私が持っている攻撃アビリティの中では発生が最速であるうえ、クリティカルヒット時に相手を2秒ほどダウンさせる効果も持っている。
【サードギア】と【スリップストリーム】、さらに『禍ツ風纏』のバフを乗せた『鴉天狗』のスピードで、すれ違いざまに一発入れてやったのだ。
そして、『鴉天狗』の前で停止する……それすなわち、致命傷。
「【妖仙流柔術——黒旋颯】!」
本日二度目、落雷のごとく床に叩きつけられたモデル《Almighty》は、しかして砕けることなく投げの勢いのまま吹き飛んだ。
あれ?
思ったより硬くなってるわね……。
リスポーンの度にミューロンが強化してるのかしら。
妖気ゲージは……残り10%!
「【紫電】一発なら出せるわね!」
「ッ!」
勢いのまま壁にぶつかったモデル《Almighty》に、【妖仙流剛術——紫電】で追撃! 残っていたHPもきっちり消し飛ばし……これで何回目の勝利かしら?
「へいへいミューロンちゃん、だんだん弱くなってきてない?」
『まだです! モデル《Almighty》は強化されて何度でも蘇る!』
「え~~……マジでどこまで続くの……」
「構うな。そのまま討伐し続ければ良い」
「……その心は?」
「奴はもう限界が近い」
『モデル《Almighty》に死という概念はありません! 何度でも———』
『まだです! さらに強化して———』
『もう一度———』
『まだ———』
『モデル《Almighty》、なぜ動かないのですか……?』
「とっくに限界を迎えていたのだよ。そいつに使われているファンタジアが」
『限……界……』
「ファンタジアには、ある一定以上強くならないようにリミッターが設けられている。それを無視して強化を続ければ、必ず不都合が生じるのだ」
『…………』
「限界以上に強化された細胞を動かすには、エネルギーが必要。そいつが攻撃を受けたときだけじゃない、アビリティを使用する度に、動く度に、命を削っていたのだ。復活する度に討伐時間が短くなっていったことに気が付かなかったのか?」
『そんな……』
「現にそいつはもう、その膨れ上がった肉体を維持するのがやっとだ。動かないのではない、その場から動けないのだ。一歩でも動けば死ぬのだから」
何度もリスポーンを繰り返し、もはや見上げるほどに巨大になったモデル《Almighty》は、無機質な目で私たちを睨みつけたまま微動だにしない。
にも拘わらず、身体の表面がボロボロと崩れていくのを見ると、ホーエンハイムの言う通り限界なのだろう。
「たった今、ミューロンと『ヒーラ・システム』との接続を絶った。もうそいつはリスポーンすることはない。カローナ、ゴッドセレス、目の前のそいつが最後だ」
「……了解しましたわ。———【アトミック・マントラ】」
「ッ———」
セレスさんが杖を振るい、灼熱の柱が聳え立つ。
巻き込まれたモデル《Almighty》は簡単にその命を散らして消えていき……もう二度とリスポーンすることはなかった。
ポリゴンも消え去り、沈黙が訪れる。
何秒か、はたまた何分か。
最初に沈黙を破ったのは、ミューロンだった。
『……私は、どこかで間違えたのでしょうか』
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