親愛なる————へ 14
カプセルの向こう側では、ここを見つけたらしいモデル《Almighty》とヘルメスさんが激突していた。
どうしてもホーエンハイムが欲しいのだろう。モデル《Almighty》は一心不乱に装置の上に鎮座しているホーエンハイムへと襲いかかろうとし、ヘルメスさんとジョセフさんがそれを止めているようだ。
それでも、生粋の戦闘職のプレイヤー2人を合わせた性能を持つモデル《Almighty》を止めるには、非戦闘職のヘルメスさんとジョセフさんでは不利。
押し込まれているのは明白だった。
とりあえずUIを開いて、すぐにでも『冥蟲皇姫』シリーズに換装できるようにしておいて……
緑の液体が完全に抜けるまであと数秒……早くしてぇっ!
ヘルメスさん特製の理不尽武器の性能で、なんとか猛攻を防いではいるものの、モデル《Almighty》のスピードでは有効だが入らない。
徐々にヘルメスさんが押し込まれ始め───
もう少し、もう少しで……
「っ!」
GOッ!
私に繋がっていたらしい管が外れ、カプセルが開くと同時、私はその隙間を抜けるように飛び出した。
瞬時に『冥蟲皇姫』シリーズを装備して、【変転】、【アンシェヌマン・カトリエール】、【メタバース・ビジョン】起動!
【スーパー・ビジョン】よりもさらに性能が上がった動体視力が、バックステップを踏もうとしているモデル《Almighty》の動きを正確に捉えている。
まだ下がりきっていない脚へ、薙刀を一振り───さすがに避けられたか。
目の前にいたはずのモデル《Almighty》の姿が掻き消え、4色の軌跡を宙に残しながら、天井で、左右の壁で……跳ね回る音が部屋中から響き渡る。
「ヘルメスさん! ホーエンハイムさんを守っ……っ!」
「ぅおっ!」
空中を跳ね、私をスルーして直接ホーエンハイムを狙ったモデル《Almighty》へと薙刀を振るう。
薙刀の切っ先が掠り、モデル《Almighty》からダメージエフェクトが漏れる。
見えてるわよ!
目の前の私をスルーだなんて、いい度胸じゃない。
……それにしても、これが超越した視界か……。
すごい……これだけ高速で動いているモデル《Almighty》の、微細な筋肉の動きでさえ見える。
次の行動が読める。
レベル100越えアビリティの強さは伊達ではないようだ。これなら、使っても問題ない。
部屋中を跳ね回るモデル《Almighty》の行く先に薙刀の刃を置いて牽制しつつ、私は次のアビリティの名前を口遊む。
それは、人の身に神を宿す極技。『速さ』を磨き続けてきたその者は、人を越えて神の領域へと一歩を踏み込む。
神技───
「───【韋駄天】」
♢♢♢♢
『なっ……モデル《Almighty》が死んだ……?』
突如としてモデル《Almighty》との繋がりが断たれ、ミューロンは驚愕の声を上げた。
データでは、モデル《Almighty》の戦闘力はカローナとゴッドセレスの戦闘力を超えていたはず。ヘルメスの強さを読み切れなかったが、それも問題なく対応できていた。
彼女らが【座標転移】してから、それほど時間は経っていない。
その僅かな時間に、いったい何があった?
『……記憶を見ればわかることです。私の兵は、何度殺されても死にませんから』
ミューロンの目の前にある円筒状の装置の中の球体が、急速に分裂を始める。モデル《Almighty》を形作っていたファンタジアが、再び活動を始めたのだ。
何度でも蘇る。
それも、データを取り入れてさらに強くなりながら。
想い人を手に入れるまで、決して止まることはないのだ。
『あぁ、ホーエンハイム様。あなたはどうすれば、私のものになってくれますか?』
「随分ご執心ですのね」
『っ!』
ミューロンの目の前の空間がグニャリと歪み、そこから現れたのはカローナ、ゴッドセレス、ヘルメス、ジョセフ、そしてホーエンハイムの5人だった。
『【座標転移】……いえ、違いますね。ここまで正確でスムーズな転移ができるほど、あなたの実力はなかったはずです』
「そうですわね。少なくとも、ほんの数十分前まではそうでした」
事実、ゴッドセレスはレベル100到達に伴い、【座標転移】が進化していたのだ。当然他のアビリティも軒並みパワーアップしており、今ならMr.Qにすら負けないという自身があった。
『その間に何があったのです?』
「それに答えるとお思いで?」
『……単なる知的好奇心です。答えぬのなら、殺してから記憶を奪えばいい。そして、たとえ強くなっていても、死ぬまで殺しにかかればよいのですから』
円筒状の装置が音を立てて開き、中からモデル《Almighty》が歩み出る。
身体が一回り大きくなり、硬そうな装甲が備わっているのを見ると、すでに斬撃に対する対策を立ててきたのだろう。
「カローナ様、私がモデル《Almighty》の相手をします。カローナ様はヘルメス様とジョセフ様のサポートを」
無言で薙刀を構えた私を制止し、セレスさんがそう声をかけてくる。
「……一人で大丈夫? 私が言うのもなんだけど、あいつ速いわよ?」
「お気遣いありがとうございます。でも、心配いりませんわ。私、今とってもテンション高いので!」
「ふふっ、何それ。セレスさんっていつもそんな感じでしょ?」
「うぐっ、否定できませんわ……でも今回は特別なのです! 何しろ、さっきまで使えなかったアビリティが使えるようになったのですから!」
「それって……」
『私の目の前で談笑とは、ずいぶん余裕の様子ですね。行きなさい、モデル《Almighty》』
「おっと、集中しなければいけませんわね」
動き出すモデル《Almighty》を前に、セレスさんは瞑目し杖を床に突く。
そして、魔法の呪文を唱えるでもなく、バフをかけるでもなく……ただ静かに、アビリティの名前を呟いた。
「【進化の因子——“隠者”】」




