”恋人”は、花の香りに誘われて 4
評価・ブックマークありがとうございます!
超高機動で空中を翔ける私とのすれ違いざま、ブリリアンドール・ナイフの2連撃を受けて斬り裂かれた花弁は、もう二度と再生することはなかった。
「攻略法見つけた!」
・やっぱそこかぁ
・これ普通に戦ったらとんでもなくキツイよな
・カローナ様みたいに空中を走れたら別だけど
確かに、臭気を吸うと催眠状態になるし、周りにはモンスターが大量にいるから、遠距離攻撃が定石だけど……遠距離攻撃は蔦に邪魔されて届かないし、モンスターに殺到されたら後衛職だと終わりだ。
たとえ優秀なタンクで固めても、無尽蔵に湧いてくるモブに物量で負ける。結局最適なのは、今の私みたいに超速のヒットアンドアウェイだと思う。
「っと、悠長にしてる場合じゃないわね。カルラ、また風で臭気を飛ばして!」
「ッ———!」
私がカルラから離れて地面へ降りると同時に、カルラによる風魔法が"恋人"を包み込み、臭気の蔓延を防いでくれる。
やっぱり意思の疎通がしっかりできている仲間がいると、格段にやりやすい。
「とはいえ、ね……」
"恋人"の花部の高さは、地上から10mは離れている。
モンスターを避けながらその高さまで攻撃を届かせるには、空中ジャンプの【グラン・ジュテ】、と大ジャンプの【グラン・カブリオール】の組み合わせは必須。
若しくは【無重力機動】と【グリッサード・プレシピテ】の組み合わせか。
それぞれの組み合わせのリキャストが回復次第使って花弁を落としていくとして、【無重力機動】のリキャストは結構長いから時間を稼ぐ必要がある。
んで、"恋人"の花はバラっぽいんだけど、どう見ても八重咲き……つまり、花弁は20枚以上あるんだよね。
高機動を保ったまま長期戦かぁ……かなりキツイけど仕方がない!
「ふっ……!」
着地後、【マキシーフォード】を起動してモンスター達の間を抜け、"恋人"へと接近。
攻略法が分かった以上、他は一旦無視だ。
とりあえず元凶を絶つことに専念する!
殺到する何匹ものモンスターを置き去りに、小さく息を吐いて止め、カルラに合図。風の魔法が止んだ瞬間、阿吽の呼吸で【グリッサード・プレシピテ】を発動した私は、直線移動の方向を【無重力機動】によって斜め上へと変更し、一気に接近。
一番外側の花弁を一枚斬り落とし、さらに【トゥール・アン・レール】の回転によってベクトルを変更!
壁で跳ね返るスーパーボールのように鋭角に反転した私は、"恋人"のすぐ側を掠めてさらにもう一枚を斬り落とす。
3秒と経たない攻防の後、私の身体が"恋人"から離れた直後にはカルラの風が"恋人"を包み込み、臭気を上空へ吹き飛ばす。
いや、今のタイミング完璧!
私が接近する瞬間だけ風の障壁を解くとか、ちょっと上手すぎる!
着地した私は、周囲のモンスターの動きを確認しつつ、アビリティの時間稼ぎを開始する。リキャストの関係で、5分で1~2枚のペース……すべての花弁を落とすには1時間以上の耐久戦だ。
当然、ミスればそれだけで時間が伸びる。
だからこそ、一回のミスもなくリキャスト回復の度に花弁を落としていかなければならない。
どうすれば効率よく"恋人"に攻撃を当たられるか……要するに、"恋人"はどうやって私の存在を感知しているか、という話だ。
目も耳もなく、自分で強い匂いを放っている以上、匂いでもない。
何度も死んで見当をつけたそれは、『脅威度』とも言うべきもの。ステータスが高いほど脅威度が増し、"恋人"はそれを感じ取って、襲いかかって来るわけだ。
強い脅威度は排除対象となり、弱い脅威度は捕食対象となる。生死を見分けるのも、脅威度の有無で判断できる。
それを欺くにはどうするか。
正解は……
「こうよ」
・っ!?
・エッッッッッッ!
・何してるの!?
・生脚! 生脚!
私は全身装備を全て解除し、『ヴィルトゥオーソ』とアクセサリーだけを身に付けた状態となる。
初期装備ですらなく、『無装備』状態……一応タンクトップとホットパンツという、セクシャル判定に引っ掛からない最低限の服は着ているけどね。
装備を外した私のステータスはガクッと下がり、それに伴って脅威度も下がる。周囲にいるモンスター達に紛れ───"恋人"は私の姿を見失った。
「っ……!」
『ヴィルトゥオーソ』が"恋人"の花弁を切り落とす。私の身体はその勢いのまま"恋人"から離れていき、それを補助するようにカルラの風が吹き荒れる。
このコンビネーションもかなり様になったものだ。
とはいえ"恋人"の目は欺けても、普通のモンスターは容赦なく襲ってくる。だから着地前に装備を変更し直し、"恋人"の花弁を落とす時だけ装備を外して……
UI操作が忙しいなぁ!
誰か早着替えできるアイテム作ってぇ!
【クロワゼ・デリエール】によって横にずれた私の残像を貫き、蔦が地面へと突き刺さる。一瞬遅ければ直撃だったけど、私は瞬きすらせずにただ一点を見つめて突き進む。
【グラン・カブリオール】の大ジャンプに続き、【グラン・ジュテ】で空中を駆け抜ける。襲い掛かるモンスターと蔦は私のスピードに追い付くことができず、一瞬前までいた場所を貫いていく。
躱し、弾き、斬り裂き……手が届くほどまで肉薄した私の刃は、宙を裂いて"恋人"の雌蕊へと———
「【ウェーブスラッシュ】!」
私が放つ渾身の一撃は向かってくる何本もの蔦を切り裂き、それでもなお勢いが衰えぬまま、剥き出しになった"恋人"の雌蕊を斬り落とす。
"恋人"は雷に打たれたように一瞬硬直し、直後、とても鳴き声には聞こえない、金属を締めるような音が響き渡った。
「っ……」
鼓膜を突き刺すようなそれに顔をしかめつつ、私は両手で耳を塞ぎながらバックステップを踏む。
その音は周囲一帯に響き渡り、それに呼応したのは、操られていたモンスター達。赤く妖しい光を灯していたモンスター達の目は黒く染まり、ただ一点を目指して駆け出した。
———私ではなく、"恋人"の元へ。
「なっ、何……!?」
「カローナ!」
・え、何これ
・仲間割れ?
・花落としたから洗脳解けたのかも
・食われ始めた!?
何が起こった!?
モンスター達が文字通り目の色を変えたと思ったら、私を無視して"恋人"を狙い始めるなんて。
私はカルラに空中へと避難させてもらいつつ、その光景を呆然と眺めた。
壮絶な光景だ。
殺到したモンスター達は、五体満足の個体も満身創痍の個体も、互いに押し退けあって"恋人"へ、その牙を突き立てた。
切り裂き、引きちぎり、一心不乱に"恋人"の身体を引き裂いていく。茎を、蔦を、果てには根にまで齧り付き……次第に、モンスター達は踵を返してその場を離れ始める。
そして数分後───"恋人"の姿は跡形もなく消え去り、まるで波が引くようにモンスター達も姿を消してしまったのだった。
『恋に焦がれてその身を窶し、心酔の果てに朽ち果てん———』
『アナザーモンスター: ネペンテス・アグロー——“恋人” を討伐しました!』
お読みくださってありがとうございます。




