その翼に誇りを、その瞳に覇天の輝きを 41
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連続で繰り出される堕龍の技。
それはかつて、空を支配した竜王の御業。
たった一度でも受ける手を違えれば即座に戦線が崩壊する、必殺の神罰である。
———【執念ク空ノ常闇】———
それは、厄災により具現化された闇そのもの。
闇に抱かれし者は、悉くその命を差し出す。
あまりにも自然だったからか逃げ遅れたプレイヤーが多数おり、龍の力を得たカローナやMr.Qはともかく、MDFが少ないプレイヤーの多くは強力なデバフを受けて行動不能に陥っていた。
闇を祓える龍は居らず。
しかし、龍と同等の者であればあるいは———
“妖仙流抜刀術”———
「【冥邈一㔃】……!」
黒一色だった世界に響き渡る、澄んだ金属音。
続いて世界に一条の光が差し込み、闇が崩れて世界が開かれた。
『百鬼夜行』序列1位、十六夜の実力は、ドラゴンにも匹敵するということだ。
「今の、十六夜さんの……」
「カローナちゃん!」
「っ! しまっ———」
『オエ・シメテオク!』
【叫ブ空ノ慟哭】———!
空が叫ぶ。
轟音が辺りを支配する。
眩いばかりの閃光が世界を包み込み、数えきれないほどの雷が容赦なく破壊を齎した。
ほんの10秒にも満たない時間のうちにゆうに100を超える雷が地表を穿つ。
夥しいダメージエフェクトと火災の煙が辺りに充満し、阿鼻叫喚が木霊する。
「っぶねぇ!」
「ベレトちゃんありがとう!」
正直あの一瞬で回避は不可能だったから、私も死んだと思ったけど……雷系の攻撃に強いテーラベレトが他のみんなの身代わりになることで無傷でやり過ごしたのだ。
とはいえ、対応をミスればこうなるのか……。
【アストロスコープ】によって遠視力が強化された私の目には、地上の地獄絵図がはっきり見えていた。
しかし、ほんの数秒で数百を超えるキルスコアを叩き出した堕龍の攻撃はまだ終わらない。
『GyuoooooooooO!』
堕龍の髭が天を衝き、オーラが深い藍に染まる。
それは、堕龍が齎す厄災の『雨』。
———【沈ム空ノ悲歎】———
「ぬぅぅぉぉぉぉぉおああああっ!」
ミカツキちゃんが乗るドラグアグニが咆哮を一発。
放たれた熱波が藍色のオーラをかき消し、堕龍の攻撃をキャンセルさせる。
「ホント、いつまで続くのこれ」
「うーん……経験上は、『全ての技を乗り越えるまで』とかだろうな」
「アグちゃん達がやればいいじゃん? 私たちは何すればいいの?」
「クランリーダー的にはどうだ?」
私、ヘルメスさん、ミカツキちゃんの視線がMr.Qに集中する。
Mr.Qはというと、顎に手を当てて少し逡巡したのち、パンッと手を叩いた。
「とりあえず、頑張って堕龍の攻撃を防ぎ続けてみようか」
Mr.Qの意図としては、堕龍の技の順番にはある程度の法則があるというのだ。
例えば、【叫ブ空ノ慟哭】によって雷を降らせた後、次に発動したのは【沈ム空ノ悲歎】。
どちらも分厚い雨雲を利用した技だ。
そして私達が話している間に発動し、アルルヴィオーネがキャンセルしたのは【燻ル空ノ憤懣】。強い日照りで地表を焼き尽くす技だけど、ドラグアグニによって雲が消え、空が晴れたことによって誘発していると考えられる。
「ってことで、堕龍の行動に対してこっちがどう行動するかによって、ある程度次の行動を制限できるんじゃないかな?」
「はー……さすがプロ。そんなところに気が付くものかね」
「ゲームが唯一の取り柄なだけあるね……」
「これでもプロなんで。というわけで……今誰の番だっけ」
「我だ! 【ヴィントホーゼ・インフォース】!」
ボレちゃんの口から放たれたレーザーが夜空を貫く。
そのまま横薙ぎに振り回せば、空から地上に向かって伸び始めていた幾陣もの竜巻がレーザーに貫かれ、消滅した。
【燻ル空ノ憤懣】をアルルヴィオーネが対応したため、雨雲が再び発生していたようだ。
「っし、じゃあまた雨雲ができてるし、次は【雹】か【雨】だろ。ドラグアグニは準備、他は堕龍削りで!」
「「「了解!」」」
「っと、セレスちゃんにも連絡しとこうかな」
内容としては、またさっきみたいな【闇】を使ってきたときに、十六夜さんに解除をお願いしたいから伝えてほしい、といったものだ。
一発目が対応できなかったわけだし、地上からでも十六夜さんの抜刀術なら届くみたいだしね。
……マジで十六夜さん強すぎんかなぁ。
というか、NPCありきの攻略になってる気がするけど、これ本当に運営側が想定した挙動なんだろうか。
うーん……よしっ!
「考えるのを止めよう! 突撃ぃ!」
「我に命令するな!」
・勢いで草
・結局脳筋なのよ
加速した私とボレちゃんが狙うのは、堕龍の頭部。
その途中、目の前で堕龍のオーラが、水色へと変化し始めた。
「【雹】だって、アグちゃんお願い!」
「任せろ! 【ヴォルカニック・インフォース】!」
ドラグアグニから放たれた緋色のレーザーが、空を縦に割る。凄まじい熱量が冷気を吹き飛ばし、堕龍の水色のオーラを消し去ったのだ。
「って、雲は消えてないけど?」
「ふんっ、それも奴の作戦なのだろう。それより、来るぞ!」
「分かってる!」
無造作に振り回されこちらに向かってくるのは、堕龍の腕だ。
魔法すら帯びていないそれは『技』とも言えないものだけど、ただ巨大なため単純な質量攻撃としても脅威だ。
「でも、そんなの当たらないわよ!」
「ふんっ!」
脚に翡翠色を纏った私はボレちゃんの背中を蹴り、空中へ飛び出す。
直後、旋風を纏って一回り大きくなった翼を振り回し、ボレちゃんが堕龍の腕へと勢いよくぶつける。
大質量と嵐を纏う翼撃、奇しくもその二つは拮抗し、動きを止めた巨大な腕へ———
「【兜割かち】!」
宙を踏んで急速に落下した私の薙刀が堕龍の腕へと振り下ろされ、その表面へと刃が食い込む。
「けど硬い……これ攻撃で何とかできるものじゃないわよ」
となると、Mr.Qが言ってたことが現実味を帯びてきたなぁ。
「おっと、また黄色ね。ボレちゃん!」
「ふん、何度やってもこの我の前では———」
「待った! テーラベレトに対応してもらう!」
ボレちゃんがブレスを放つ直前に飛び込んできたのは、アルルヴィオーネとMr.Qであった。
「どうせ地属性の技もあるだろうし、そっちを先に回収したいんだよね」
「あぁ、そういう……」
「ボレアバラムはその後でよろしく! というわけで、テーラベレト!」
「任せよ……!」
テーラベレトが茶色のオーラを放つと同時、地響きと共に何本もの土の柱が聳え立つ。
これが避雷針となり、【雷】を受け流すというつもりだろう。
世界が閃光に包まれる。
空が叫んでいると紛うばかりの轟音と共に、数えきれないほどの雷が猛威を振るい、それら全てがテーラベレトが作り出した避雷針に吸い込まれていく。
時間にして10秒弱、あまりの威力にサラサラと砂になって崩れていく土の柱は、次第に渦を巻き……巨大な奔流となって世界を包み込む。
【□エル空ノ暴虐】———それは、厄災の『砂嵐』。
触れた者を跡形もなく引き裂く暴虐の嵐は、しかし翡翠の嵐がそれを許さない。
灰色に包まれる世界に、翡翠色の旋風が弾ける。内側から食い破るように翡翠が灰色を塗り潰し、再び夜の闇へと戻す。
「オッケー、予想通り【砂嵐】回収! 次は……」
「【闇】でしょ。十六夜さん、お願い……!」
一回攻撃を受けているというのもあるけど、私がいち早く堕龍の【闇】に気付いたのは、音だとか光がなくなる現象がカグラ様の『鏡花水月』とどこか似ているからだ。
私がここで祈っても十六夜さんには届かないけど、こればっかりは祈るしかない。
結局行きつく先はお祈りゲー……!
「っ!!」
キィンッ———と澄んだ音が響くと同時に一瞬だけ閃光が宙を走り、塗り潰されたような黒が払われ、澄んだ夜の闇へと戻る。
どうやら期待通り、十六夜さんが【闇】を斬り裂いてくれたようだ。
「あぁもう、十六夜さん最高っ……!」
「惚けてる時間はないぞ! 次は……【晴】!」
闇を祓った空に、眩いばかりの太陽が出現する。
それを打ち破るのは、もちろん水だ。
アルルヴィオーネが咆哮を上げる。
純粋な青のオーラが空を包み、灼熱の陽光を受け止めた。
水は音を立てながら蒸発していき、相殺する形で再び空に夜を齎した。
ただし、分厚い雲と共に。
「次、【雹】!」
ガクッと下がった気温に反応し、Mr.Qが声を上げる。
それに反応したのはドラグアグニだ。
「【コロナルマス・バーン】!」
ブレスではなく、自分を中心に全方位へと熱波を放つ全体攻撃技である。
気温すら操作するその熱波は冷気を相殺し、冷たい空気は温かく熱せられていく。
「また【雹】ってことは、さっき解除したのはカウントされてない?」
「いや、たぶんこれ連続で解除する必要があるんだと思う。ほら、さっき【雷】発動させたじゃんね」
「あー、ありそう」
「ってことを考えると、【砂嵐】と【闇】、【晴】、【雹】が解除済み。次は……」
「【竜巻】ね。ボレちゃんいける?」
「ふん、我を誰だと———」
「いや、ボレアバラムは【雷】の解除まで待機していてほしい。ってことで、アルルヴィオーネ」
「任せて、冷やせばいいのでしょう? 【シルバー・アウト】」
出鼻を挫かれたボレちゃんが心なしか肩を落とし、代わりにアルルさんが白いオーラを放つ。強力な上昇気流によって積乱雲ができるのであれば、空気を冷やせば竜巻にはなりえない。
アルルさんの冷気を受けた雲は勢いを失い、竜巻を発生することなくおとなしくなった。
「【雹】は解除済み……ってことは、次は【雨】だな。これはドラグアグニで」
「だってさ、アグちゃんまた出番だよっ」
「また俺か! 行くぜ、【プロミネンス・バースト】!」
灼熱のブレスが雲の中へと叩き込まれ、再びその温度が上昇する。
水滴になりかかっていた水分は瞬時に蒸発し、代わりに黄色の閃光が雲の間を走り抜ける。
「次【雷】!?」
「【雨】の解除は成功だな。次、ボレアバラム!」
「ふん、今だけは我の名を呼ぶことも許してやろう。【カタストロフィ・ストーム】ゥゥゥゥッ!!」
ここ一番魔力が籠ったボレアバラムのブレスは、巨大な竜巻となって雲を吹き飛ばす。
放電する間もなく雲は散り散りに分解され……そして完全に消え去った。
「【砂嵐】、【闇】、【晴】、【雹】、【竜巻】、【雨】、【雷】……7種類の連続解除に成功したわけだが、どうなる……?」
堕龍は動きを止め、静けさが周囲を支配する。
ワイバーン型の戦闘から始まった一連のスペリオルクエストの中で、これほどの静けさが訪れたのは初めてだろう。
何かが起こる———
そんな確信を持つ私たちの耳に、威厳のある声が届いた。
『アテオ・キロノ・ズコイ、オヤロ・コヌウル』
言葉にならないそれは、私たちには分からない。
けど、静かに瞑目して語るように声を紡ぐ堕龍は、試練を乗り越えた私達をたたえているようだった。
『ウオイェ・イカヘラ・ヲトガロソノク……アブ・カワゲン、イアネ・キアヘティ・イノコ・カヘラワ』
堕龍が纏うのは、神々しい黄金のオーラ。
堕龍の身体から発せられたそれは、煙が上るように空へと吸い込まれていき———
ビキッ! と、何かが割れる音が世界に響く。
『オリキ・オヤロコヌウル!』
「おい……待て待て待て待てっ!」
「それは流石にやりすぎでしょ……っ!」
「えっ……もしかして空が落ちてきてる?」
ミカツキちゃんの言葉通り、私達が見上げる視線の先には、堕龍の黄金のオーラによって砕けた空そのものが、落下を始めている光景が広がっていた。
それは、龍王が課す最後の試練。
それは、龍王が堕龍に示す、最後の抵抗。
それは———厄災による【崩天】。
空そのものが堕龍の武器。
地上全てを破滅に導く真の厄災は、龍王の手を離れ、地上へと襲い掛かる———
お読みくださってありがとうございます。




