1.ゲームの世界? 異世界転生?
目覚めるとそこは、ゲームの世界でした。
「え?」
「おお、起きたか。こんなところで寝ていると風邪をひいてしまうぞ」
唐突な覚醒に目の前でこちらをのぞき込んでいる男の顔がすこしぼやける。男の背後にある空は抜けるように青く、空気は少し冷たいが暖かな太陽の日差しでそれほど肌寒いというわけではない。
どこだここ?
ちらりと辺りを見渡すが見知らぬ場所だ。広がる芝生に一本の大きな木があり、ちょっとした広場のようになっていた。
「いくら暖かくなったとはいっても油断は大敵じゃよ」
ようやくあってきた焦点に、目の前の男性が白髪の見事な老人だとわかる。
「えっと?」
「わしはドルド。みつば村の村長をしておる。君の名前は?」
ピコン
名前を入力してください。
_ _ _ _ _ _
「え?」
な、なんだこれ?
電子音と一緒に突然目の前に現れた画面。最初ゲームを始めた時に主人公の名前を決める時にでてくる画面まんまだ。
しかも奇妙なことに目の前の老人は名前を聞いた状態で止まっている。風に吹かれてさわさわと動いていた木の枝も一時停止したようにまったく動かない。試しに老人の顔の前で手を振ってみたが反応なしである。
……名前を決めないと、ずっとこのままか?
とりあえず、『ラキ』と入力してみる。ゲームではいつもこの名前を使っていたのでそのまま使ったかたちだ。
「おお、君がラキくんか! 待っておったよ」
何事もなかったように動き出す老人。軽く恐怖である。
「……俺のこと、知ってるんですか?」
「もちろんじゃ。前に君が住んでいた街の町長と君のお父上から手紙がきておったよ。ラキくんは牧場主としてはとても優秀だと」
牧場主? ってことはほのぼの牧場生活のゲームか? ゲームを始めた記憶は一切ないのだが……。
「ただ……」
ただ? なんだ? 急に影を背負い込んで。
「女誑しが過ぎて街中の女の子を誑し込み、刃傷沙汰になり前の街にいられなくなったと」
「ほのぼの牧場ゲームじゃねーのかよ!」
なんだその設定! めっちゃ殺伐としてるじゃねーか!!
「そのせいでラキくんは女性恐怖症になり特に同じ年頃の女の子が苦手になったらしいな」
「全然違いますけど!」
「恋愛感情を持たれると困るので自ら女装することで回避することにしたと、お父上の手紙には書いてあったよ」
「ひどい内容だな!」
「なにはともあれ、この村で心機一転、頑張るがええ。歓迎するでな」
「じーさん、俺の話聞けや!」
なんて言ってるがゲームならこんなこと言っても無駄である。NPCは決まったセリフしか言わない。技術が進み昨今のVRは本物と見間違うくらいの技術になってきたがさすがに生身の人間のような対応まではまだ真似できない。はずなのだが……。
「じーさんではない。村長、もしくはドルドさんとよべ」
「あいた!」
老人にしてはなかなかいいチョップを繰り出してきた。
ここはゲームの世界か否か。実に謎である。
あの後、村長に村を軽く案内され、俺の自宅である牧場まで連れてこられた。ゲームのチュートリアルよろしく農具と野菜の種を少々分けてもらい、畑の耕し方をレクチャーされたのだが、まんまゲームだ。クワを振ればサクッと畑は耕されるし種まきも水やりも一瞬で終わる。いや水やりはちょっと時間がかかったか。
そして何よりカバンだ。小さい肩から下げるカバンをもらったのだが、クワも種もなにもかもこの中に入る。そして重さは一切ない。一応容量は30とあるから、30個までなら入るのだろう。……カバン拡張クエとかありそうだな。
ただログアウトができない。どこにもないんだよなぁ。
もう一つの可能性は異世界転生だ。ラノベによくあるやつ。トラックにひかれた記憶も神様にチートをもらった記憶もないが……。
今のところこれが一番可能性が高いと思っている。というのも現世の記憶が少しあいまいなのだ。日本という島国で暮らす、母と父がいた普通の家庭であったと思うのだが自分のフルネーム等の詳細が思い出せない。かといって今の人生の記憶があるわけでもないのだが。なんだ女誑しが過ぎて刃傷沙汰とか。モテなかった記憶がうっすらあるのでちょっとうらやましいとか思ってしまった。
わからないことだらけだがとりあえず住む場所はあるのだから最低限生きていけるようにしといたほうがいいだろう。
ということで俺は今、畑を充実させるべくクワを片手にザクザク耕している。生活するうえで金は必要だ。とりあえず野菜をたくさん作って売ろう。
「おおーい、ラキくん」
時刻は昼過ぎ。あらかた畑を耕し終わったころに村長のドルドがやってきた。
「村長? どうしたんですか?」
「ああ、君に借金の話をするのを忘れていてな」
「借金!?」
なんだ!? 借金って! 借金あるの!?
「うむ、この牧場の購入金額と前の街での刃傷沙汰の件での慰謝料じゃ」
「い、慰謝料!?」
牧場の購入はわかるが慰謝料ってなんだ!?
「君が誑かした女性達は君を殺して自分も死ぬといっていたからな。それをやめさせるために専門のセラピストやら施設やらを手配したり、見張ってないと君を追いかけてこようとしたりするからご家族の方に協力してもらうため仕事ができなくなったりしたための費用じゃな。しめて10億じゃ」
「じゅっ……!」
内容がひどすぎてどこから突っ込んでいいのかもはやわからない。
「まあラキくんなら数年で返せるじゃろ。前の街での牧場も結構繁盛してたようじゃし」
返せる金額じゃないと思うのだが、この世界の牧場ってそんなに儲けられるのだろうか?
「それでじゃが、売り上げの1割は強制的に借金返済にあてさせてもらう。そんで毎月月末に追加で返済をするかどうかを聞きに来るでな。返済する場合はその金額を用意しておいてくれ」
1割って結構とるなって思ったけど、考えてみれば所得税とか厚生年金とかで取られる金額よりは断然安いから税金だと思えばまあ許容範囲か。……そう考えると税金ってぼったくりだよな。いや、その前にここって税金ってあるのか?
脳内会議で一人えらいことになってたがそんな中、新たな声がかかった。
「おじいちゃん!」
え、だれ?
可愛い子だった。肩で切りそろえた黒髪に赤いヘアバンド。大きな釜を持って牧場の入り口から手を振っていた。
「おお、リーナ。釜はあったようじゃな」
村長の知り合いのようだ。この流れで行けば孫だろうか?
「紹介する。孫娘のリーナじゃ。かわいかろう。手を出すなよ?」
ださねーよ。なんでそんな疑わしそうな眼をするんだ。いや、確かに前の街の話を聞いたら俺だって警戒するが。
「まあ、その様子だと大丈夫そうじゃが」
俺もそう思う。
今の俺の状態、リーナと自分との間に村長を挟み、その村長の腕にしがみついている。しがみついている手は若干プルプル震えていた。
なんでだ? なんでかわからんが体が震えるほどにリーナ嬢が怖い。
「おじいちゃん?」
リーナ嬢も困惑顔である。一番困惑しているのは間違いなく俺なのだが。
「すまんな、リーナ。前の街でいろいろあったせいで同年代の女の子が苦手になってしまってての。悪気はないはずじゃから許してやってくれ」
うん、本当になんでだろうな? こんなに可愛い子ならお近づきになりたいところなのだが。
「そんなことより釜じゃよ、釜」
「か、釜?」
そんなことってなんだと思いながらもプルプルしているだけではいられないので聞き返す。
大きな釜ではあるがいたって普通の釜である。両側に取っ手がついてあり、外側には飾りなのか赤い宝石みたいなのが埋め込まれている。料理には使えなさそうである。
「ふっふっふ」
なにやらドヤ顔をさらす村長。
「聞いて驚け! なんとこれは錬金釜じゃ!!」
「れ、錬金釜!? 錬金釜っていうと某超有名RPG御用達のあの!?」
「いやちょっと何言ってるのかわからんのじゃが」
急に村長がスンとなった。いや本当に急だな? でも錬金釜といったらド○クエだろ?
「ほれ、この釜に作物を入れるじゃろ」
どっこらしょと釜を地面に置くと村長は懐からジャガイモを取り出した。その服どうなってんのとは突っ込まない。
「ほいで蓋をしてしばらく待つんじゃが今日は特別じゃ。この時短薬を特別に使ってやろう。特別じゃぞ?」
再び懐から取り出した青色の液体が入った瓶を錬金釜に振りかけた。どういう原理かはわからないが、青い液体は釜につくと濡れた形跡を見せず霧散した。そして錬金釜についた赤い宝石が何やらキラキラと輝き出した。
「ほれ、この石が光りだしたら完成じゃ。中を確認してみい」
言われてドキドキしながら錬金釜の蓋をあける。
「こ、これは!!」
「どうじゃ、驚いたか!」
仰け反るように村長がドヤるが俺はそれどころではない。なにしろ中に入っていたのはーーー
「種……?」
「じゃがいもの種じゃ! この錬金釜は中に入れた作物の種を作ることができる! これで作物を増やすことが出来るぞい」
それってただの種○ーカーじゃねーか!! えええー、思ってたのと違う……。
「……なんじゃ? 不服そうじゃな?」
俺のテンションが低いことに気づいたのか村長が口を尖らせる。
「いや、薬草とかポーションとかが出来るのかと思ったから……」
錬金釜といったらやっぱりこれだろ?
「ふむ。この錬金釜は作物の種を作るための釜じゃからな。そっちを作りたかったら別の錬金釜を用意せにゃならん」
「え!? あるの!??」
「実はみつば村には錬金術師がおってな。頼めば作ってくれるじゃろう。もちろんタダでとはいかんじゃろうが」
れ、錬金術師! 急にファンタジーチックになってきたな!!
「なんならリーナに案内してもらうか? リーナは錬金術師に弟子入りしておってな。実は錬金術師の卵なんじゃよ」
なんと! 可愛いだけの女の子ではなかったのか!
にこりと笑いかけてくれるリーナ嬢は可愛いがやっぱり俺の体は震えるのだった。